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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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袖擦り合った縁はどこまで許すべきかなんて考えてはいけない 2

 モグモグする俺のタイミングを見計らう様に出会った時の秘書さんから新しい秘書さんに変っていたのはそれだけ時間が経った事の証拠。

 何でも前の人はちゃんと取締役役員の一人に昇格をしていたと言う嬉しいお知らせ。

 俺対応の引継ぎもきちんとしていてくれたらしく、こうやって美味しいお茶と羊羹を用意してくれていたのは嬉しい心配りだ。

 もともとどこかの知り合いの会社の社長さんの息子さんで、その会社は長兄が引き継いだらしいので次男だった彼はここに修行に出て来ていたけど居心地がよくって居座ってしまったと言う顛末。

 まあ、天職を得たのなら良かったよねともうコーヒーを奢る事がないのかと少しだけ寂しさを覚えた物の新しい秘書君が居るじゃないかとこれからも飛行機で会ったら絡む事を決意した。

 お茶のおかわりも貰って一口口をつけたところで


「吉野君に是非ともお願いがある」


 そんな見た事もない位に慎重になって言葉を選びながらの丁寧な口調。

 吉野君何て今まで言われた事がなくってさむぼろが一瞬に湧き出た俺の防衛本能は正しかったと証明する様に


「この家を見てどう思うだろうか」

 

 お願いと言いつつこの振りに俺の警戒心はもうMAXになっている。


「買いませんよ!」

「そこを是非!」

「無理無理!東京の一等地でこんな広い敷地面積の邸を買い取れって頭おかしいでしょ?!

 この好立地なら俺じゃなくってどこかの不動産屋に売り払えばいいじゃん!」

 

 正気かと叫びながらおののいた拍子にお茶を零してしまったのはしょうがない。

 こうなると俺達の間にはもういつもの掛け合いの口調に戻っていた。


「だいたい年間の税金幾らよ? 

 おまけにこの坪数だと二十億は超えるよな?三十まで行かないだろうけどそれをポンと買えって言うなんて、他に友達居ないの?」

「まぁ、ごろごろいるんだがそれだと具合が悪いんだ……」

 

 何てそっと目を反らされてしまった。

 まあ、いつも人を振り回す爺さんのしおらしい姿にとりあえず入れ直してもらったお茶に口をつけながら


「体調が悪いのかよ」


 記憶よりも小さくなった姿にそう言えばそろそろ九十かと思い出す。何かが起きても問題ないお年頃だけどそんな年齢でも飛行機に乗ってフランスの知人に会ったり買い物したり、元気な爺さんだよなと感心をしてしまう。

「体調は前から悪い。だが婆さんにも先立たれた事もあるから体が動くうちにそろそろ終活をしておかないとなと思う様になってな、こうやって少しずつ身辺整理をしてるんだが」

「あと十年はいけそうな癖に何言ってるんです」 

 何て軽口を叩けば楽しそうな笑い声をあげてくれた。

「そんな事でこの家を息子達に相続と言う話になったんだが、この面積と立地だ。当然奪い合いになった。

 だから知り合いの不動産屋に話をしたんだがそうしたらすぐ取り壊してホテルを建てると言う」

 どうやらここを手放すのを手ぐすね引いて待っている人達がいると言う所だろうか。駅近のこれだけの敷地面積ならば複数の不動産屋が狙っててもおかしくないと思う。うちの山は誰も欲しがらないのにねとなんとなくの理不尽さを抱えながらも冷静に

「まぁ、放置すれば住まなくってもそれだけ税金がかかりますしね」

「だからさっさと金に換えてしまえばいいと思ったんだ」

 悲しくもここが一番の悩みどころ。

 家屋そのものもどこのお屋敷って言うくらい立派だけど、築数を考えれば価値はもうないに等しい物だろう。多少はあってもほとんどが土地の金額。相続税も考えれば支払えるのかと思うけど、この爺さんの一族ならきっちりと支払えるのだろう。

 きっとこの家を引き取る事を前提に資産運用位はしていると思う。じゃないとこの家を相続したいなんて言えないだろう。

 立派なのは土地だけじゃないのになと宮下と圭斗に見せたら喜ぶだろうなと思いながらも立派な床の間の掛け軸にぼんやりと視点を合わせて爺さんと視線を合わせない努力を続けた。






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