冬場は雪から家を守る為に動かずにいれば冬眠と言われるなんて知らないと思ったら大間違いだ! 9
「おーい、綾人ー。生きてるかー?
頼まれた物買ってきたぞー」
気力のない声での呼びかけに俺はひょいと視線を落して
「わるいー、ありがとー」
同様の間延びした少し大きめの声で答えた俺に圭斗は顔を上げて
「雪かきかー。せいが出るなー」
「日常の掃除と同じだよー」
こんな日常嫌だけどさぼると家がつぶれるので背に腹はかえれない。
「手伝おうかー」
「お願いしまーす!」
地上とウコハウスの屋根の上の距離なのに意味もなく大声でのやり取り。
街中じゃとてもできないお遊びだ。
俺とて屋根の雪下ろし上級者だけどやっぱり一人でやるより二人でやる方が効率が良いのでお願いできるものならしておくのが今夜の自分の為にもなる。
筋肉痛だけは勘弁してほしいのは今も昔もこれからもだ。
少しして圭斗がよいしょよいしょとシャベルを片手に梯子を伝ってやってきた。
「とりあえず頼まれてた食料台所の冷蔵庫に入れといたぞ」
「いつも悪いな」
「こっちこそだ」
言いながら俺は屋根の上にぺたりと座り、代わりに圭斗が雪を下ろし始めた。
「相変わらず体力無いな」
「同世代からはある方だ。圭斗達がありすぎるんだよ」
「体が資本だからな」
雪かきを始めて少しした時点で着ていた上着を俺に持ってろと渡されてしまった。
「花嫁のお父さんが風邪を引くなよー」
「さすがに結婚式までには治るから」
何バカな事を言ってると笑われてしまったが
「そういや、香奈と宮下の奴。いや、香奈か。
お前が提案した奴やるとか言い出したぞ」
片面の雪を全部下ろした所で圭斗が反対側の屋根の斜面の雪を下ろす為に登りながら言って来たが
「俺、何か提案したっけ?」
素で何かやったかと小首かしげて聞けば、何を言ってると言う様に半眼になって
「うちの家から花嫁衣装を着て街中を練り歩いて新居に向かうってあれだ。
お前から提案されたって聞いたぞ」
言われてしばし考え込む。
そんなこと言ったっけと思いながら唸っていれば……
「そういや一例としてんな事電話で話してた時あったな」
「それ」
言って、俺の隣にぺたりと座る。
「お前の言葉通り宮下と一緒に長沢さんの奥さんに話を聞きに行って、長沢さん達と一緒に大矢さんに話をして、今じゃ宮下の家はみんなやる気になって内装をガッツリリフォームが出来てるぞ。むしろ外壁と屋根さえ考えなければ春から住める状態だ。式の日はもう決めてもっと先だって言うのにな」
「仕事早いなー」
「みんな結婚式に招待してもらう気満々だからな」
「どんだけ仲がいいんだよ」
「うちの事情みんな知ってるから、寂しくないようにってな」
親族席の分を仕事仲間が埋めてくれる気らしい。
篠田の家の事情は宮下の親戚一同も多分知っているはず。いくら実家と縁を切ったとしても警戒されるだろうし、歓迎はまずされないだろう。
だからこその援護ではないが
「正直俺は内々で宮下のおじさんとおばさんとお前に来てもらえば十分だったんだ」
その言葉に俺は肩をすくめて
「それを聞いたら内田さんショックを受けるよ」
うっ、と圭斗は呻いたが
「だけどこちらが被害側とは言えあの家をばらばらにした事もあるし、鉄治さんの奥さんともあったから正直呼んでいいか判らなくってさ」
悩みどころなのだろう。
だからこそみんな大人数でてんやわんやと時間を過ごすうちにどさくさに紛れてその日を乗り越えてしまえばいいだろう、そんな単純な作戦。
「まぁ、失敗するに一票」
人の心はそこまで流される物ではないと忠告しておく。
「もし大矢さんも受け入れてくれたら全力で頑張るしかない懸案」
圭斗が帰って来て約十年。
この間に圭斗がどれだけこの街に貢献して信頼を積み上げてきたかなんてその時間の分だけあるのは知ってる。
「だけど圭斗的にはどう思ってんだよ」
周りが良くても肝心のお父さんが香奈をそうやって送り出して大丈夫なのか。無難に式場でもいいんじゃね?なんて決まりかけている事に対して悪魔のようにささやいてみるが
「出来るだけ香奈のお願いを聞いてやりたい。これで良かったのかの後悔はまた別の話しだ」
「親ばかだなあ」
妙に度胸のある圭斗に俺は笑ながらもうひと踏ん張りがんばる必要があるなとこの後圭斗が帰った後に一本の電話を入れるのだった。




