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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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春が来る前にできる事 1

 バールを持った集団が待ち構えていた。

 頭にタオルを巻いて軍手をし、ニッカポッカを愛用していた。

 見慣れたスタイルとは言え

「いつみてもガラの悪い集団だよな」

「おかげさまでニッカポッカ着用禁止する会社も増えてきました」

 ちらりと視線を動かした先には圭斗や宮下、蒼さん、実桜さん、園芸部はカーゴパンツを着用している。

「圭斗達に触発されて浩太さんもカーゴパンツ姿見慣れたけど、鉄治さんと長沢さんには生涯ニッカポッカでいてほしい」

「まぁ、今更替えられたらどうしたんですかって俺も聞いちゃいますね」

 あははと俺の隣で笑う森下さんは見上げた先の廃屋、ではなく今回のお題の家を無表情で眺めながら

「レベル的には綾人君の離れよりはましな状態だな」

「うちの街のはずれの家よりはちょっと手ごわそうだけど」

「蒼の家とかカフェになった家の状態がまともだったから油断してたな」

「何とかなります?内田さんはちょっと骨は折れるけど問題ないだろうって言ってたんですけど」

「内田の大将がそう言ったのなら問題ないだろうな。骨は折れるけど」

 目の前で残置物をえっちらおっちらと運び出して坂道を軽トラが上ってきたり下りてきたりと俺と森下さんは俺が仮に作った設計図を見て唸っていた。

「東側に台所と食堂を持ってくるのは良いな」

「あざーっす」

「すぐ近くに風呂と洗面所、トイレも持って来たのも良い」

「なるべくストレートにしてみましたー」

「下水を通す工事が必要になるな」

「水洗トイレ、文明ですよね」

 うんうんと頷くのはうちの離れのトイレ事情を経験したからだろう。

「下の道路まで通ってるのは良かったよ」

 下の家の為にとおってるからね。だけど私有地は自腹ってのが思わぬ出費」

「まぁ、浄化槽だって耐久年数があるからね。下水が通ってるのならお金出して設置する方が長い目で見ると安上がりだからね」

「俺的計算だと十年で元が取れるかと」

「なわけでトイレの設置を急ぎたいんだけど」

 そう言って家を揃って家を見上げる。

 そこに辿り着くまでが長い、と……

「できたら基礎だけでも年内に直して傷んだ柱や屋根も直したいんだけどね」

「これ以上傷む前に割れた窓も何とかしてほしいです」

「それな」

 がたついて歪んだ窓は何とか開かないかと頑張った所でこぎみ良い音を立てて割れた。今時のガラスと違って薄くもろい物なので変に力がかかっていた所に別方向から力がかかれば割れると言う物。

 俺としたらやっぱり割れたかという所だが割った本人でもある宮下は驚いて悲鳴を上げる手皆さまを驚かさし、心配されまくっていた。

 なんてったって宮下と香奈の新居になるのだ。


 朝、圭斗の家で集まった所で真っ先に結婚の報告をした。

 皆さんにおめでとう攻撃と嫁さんになる香奈が圭斗の妹と聞いて独身の皆さんは大層驚いていた。

 まあ、面識はあまりない上に圭斗の妹らしく、都会で垢ぬけてきた姿は美人さんと言っても間違いない。

 本性を知ってる俺としてはそのパワフルさに一歩離れた所で眺めてるのが丁度よい距離だと思ってるけど。

 先週打ち合わせした通り宮下と一緒に一人一人挨拶をして精力的に気配りをして張り切っていた。

 ここから圭斗の家までは歩いて行ける距離とは言え少しばかり遠いので前もって調査した時に見つけた離れの小屋にあった竈を園芸部と浩志に何とか使えるように指示を出した。

 そう、この人数だと買うより作った方が早い。

 有り難い事に大きいお釜が二つ使える物で煙突も付いてる昭和レトロな物で一度試しに使って竈の様子を見たり、ホームセンターで竈を買いに行かせたり、今後の事もあって内田さんにお釜の蓋の作り方を習わせたりと今日の日の為の準備は万端だ。

 猪汁までは作れるものの圧倒的におかずが足りないのでそこは大矢さんにお願いした。解禁された猟で獲れた猪の肉をごろっと居れた煮物やから揚げ、白菜の浅漬けといった簡単に食べれる物を山ほど用意してくれたのだ。

 長沢さんや内田さん、井上さん、山川さんと言ったご高齢チームには虹鱒の塩焼きもご用意してある。

 飯田さん親子が用意してくれたご飯は今思い出しても豪華だったんだなと、大矢さん所の旅館の板さんの腕も悪くないけどやっぱり格が違うのは致し方ない。とは言え高校の時帰るに帰れなかった雪の日にご厄介になった旅館と言う、いつの間にか慣れ親しんだ味は今も食べるたびにホッとする味になっていた。

 大矢さんの事はさておき、その小屋では実桜さんと香奈、そして陸斗の三人が竈を前に大騒ぎをしていた。

 この日の為に陸斗まで香奈と一緒に帰って来てくれた。

 香奈の結婚の事は向こうで聞いたらしいけど、大好きなお兄ちゃん(?)の宮下との結婚なのだ。嬉しくってついついこっちに帰って来たと言う流れ。


「どれだけ宮下とお姉ちゃんが好きなんだか」


 みんなにもそうやって弄られたけどにっこにっこの笑顔が止まらない陸斗はどうしようもないってぐらい嬉しさを隠せない顔で

「俺も思った以上に好きだったみたい」

 思わず和んでしまった。

 図体は俺より大きく、今では圭斗よりも背が高くなってしまったのにいつまでたっても初めて会った時の高校一年生の時の姿と重なる。

 ただし、その姿で今の笑顔を浮かべると言う幸せな姿。

 実年齢の時にこう言う笑顔をさせてあげたかったと思うけど、時間はかかったがちゃんと心からの笑みを浮かべる事が出来るようになったので父親として奮闘してきた圭斗を誇らしく思う。

 陸斗が竈の使い方のレクチャーをして実桜さんと香奈がてんやわんやと薪を組んで風を送る。

 今時はハンド扇風機で風を送ると言う暴挙にそれがあったかと感心する俺はそこまで頼る事のない上級者。ふっ…… 何この敗北感。文明を使いこなせなかった事に悲しさを覚えるも、三人はお湯を沸かして一生懸命剥いた野菜を一口大サイズに切っては鍋に入れて行った。

猪の肉に始まって大根、人参、里芋、牛蒡、さつま芋、しめじ、白菜、葱とどんどん野菜を入れていく。むしろどれだけ入れても鍋一杯にならないので野菜を切る事に必死になっているのがご愛嬌だ。

 開けっ放しの入り口から楽しそうな笑い声が響くのを微笑ましそうに眺めながら俺の図面に目を落してそれなりの改造点を森下さんとすり合わせて行く。

 古い家の階段が急すぎる問題点とか、鴨居が低いとか、断熱材問題とかいろいろある。雨漏り問題何て目に見えるだけ可愛い問題だし、避けて通れないシロアリ問題もある。冬場で良かったと思いつつもこれだけの人数にだいぶ減った残置物の撤去に本当に皆さんに感謝をしたい。

 仏間に残されたお仏壇は一応魂抜きはされていると言う。だけど気持ちの問題と言う様に前もって住職の日下さんに頼み、お仏壇も処理してもらった。こういう時お布施をたんまり渡しておいてよかったと思いつつも賑やかな昼食を終えて暫くしてがらんとなった室内を見回した。

 畳も処分した。古い畳だったので様子を見ていた農家さんが肥料代わりに引き取ってくれた。

 処分するつもりの床板なども薪代わりにと貰い受けてもらった。

 どれだけリサイクルできるのかと古い木造家屋に感心しながらもそれでも大半は処分場へと運ばれて行った。

 壊れた窓には速攻で作った板で出来た窓を嵌めて対応する。

 暗い室内には俺のLEDランプをこれでもかと言う様に使って明りを確保し、長谷川さん達によって竹を切り落とし、幸田さん達も手伝ってくれたおかげで山も綺麗に整備してくれた。

「と言っても和泉が住んでいた時の状態に近づけただけだけどな」

 長谷川さんには俺からの依頼で手入れをしてくれていた物の道路から上がる家はこの一軒しかないので敷地内は手を入れず、雑草が側溝を隠したり道路を塞がないように気を配ってくれていた程度。まあ、これは俺の依頼だったからどうしようもなかったけど、昔の知り合いの家がざっそうと森の中に埋もれて行くのは忍びなかったようで、宮下がここを新居にするから雑草の処理を頼んだ所敷地内の山まで綺麗にしてくれたサービスぶり。長谷川さんをこうやって動かす和泉さんにはお会いした事はないけど本当に感謝するしかない。

 配管の確認をして俺の設計図に森下さんの手直しが入って行く。

 やがて生まれるだろう子供部屋問題に宮下希望の香奈の動きやすい動線の確保。


「ねえ綾人、まだ変更聞くなら囲炉裏の部屋が欲しいんだけど?」

「宮下、それは香奈に許可貰ったのか?」

「まだ……」

「許可貰ってから相談に乗るよ」


 職場でも室内で七輪を使えるせいか雨風構わず使用できる囲炉裏の存在をこの家にもと言う宮下に俺と森下さんは苦笑を隠せなくて

「二階の部屋を思い切って一つ潰して吹き抜けにしよう。その下に囲炉裏を作れば問題ないかな?」

 そんな俺の提案に

「だったら一つではなく囲炉裏の上だけを半分ほど潰して部屋は小さくなるけど綾人君の離れみたいに窓を付けると言うのも一つの手だよ」

 暖はそこから取ればいい。

「部屋が減るけどその分階段問題を解決して、下水が通るなら二階にもトイレを設置できる」

「なるほど、二階にトイレって言う発想はなかったな」

 中古住宅のトイレ増設と言う問題も解決が出来た所で森下さんが一階のトイレの上に二階のトイレを持ってくると言う手直しをしていれば

「綾人ー!香奈ちゃんが囲炉裏を作っても良いって言ってくれたよ!」

 嬉しそうな顔で大きな声での報告に俺と森下さん所か話しを聞いていた人たちみんなリア獣……何て考えもせずに

「良かったな」

 誰ももう嫁さんの尻に敷かれて、なんて考えず素直に心の声はこの言葉一つにまとまる奇跡を生み出していた。

 





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