無垢なる綿に包まれて 4
花嫁衣装はやめてよ。イメージは学校文化祭の先生達のウェディングドレス姿に匹敵する事故だぞと思うも
「薫、帰って来た時ぐらい落ち着いてあいさつに来ないか」
「父さん……」
足音が気になってか顔を出してくれたけどアイヴィーの白無垢姿を見て
「ずいぶんと懐かしい物を引っ張り出して来たな」
「ふふふ。私達の結婚式以来だから懐かしいでしょ?」
お母さんの大切な思い出のようだった。
「まあ、お袋も婆さんもみんな着た着物だからな。
薫がこんなんだからもう二度と見れないと思ったが、やっぱりこうやって見ると綺麗な物だな」
何かとんでもない爆弾を聞いたような気がした。
「あ、あの、そんな由緒ある大切な物を着せてもらって本当に良かったのですか?」
アイヴィーは今一つ良く判ってない顔をしていたけど
「薫も庵もいい年して誰も連れてこないからな。タンスの肥やしにさせておくぐらいなら着てもらう方がいいだろう」
お父さんの発言にお母さんもにっこりと笑い、飯田さんはそっと視線を反らせてしまった。
「そんな、赤の他人に着せただなんてご先祖様に申し訳が……」
代々受け継がれてきた飯田家の女主人の嫁入り衣装をこんなコスプレ大会の如く着させてもらっていいのだろうかと本気で申し訳なく思っていれば
「綾人さん気にしないでください。父さんと母さんが良いと言ってるので体験型アトラクションと思えば問題ありません」
「そう言うもの?」
ひょっとしたら飯田さんの奥さんになる人の為の衣装なのに通りすがりの俺達が引っ張り出していいのかと思うも
「そう言う物よ。実際楓さん達の結婚式の時はウェディングドレスで使わなかったし。いくらいい物でも袖を通してしまった上に年月が経ってしまえば着物としての価値はないのだから。
あるのは思い出だけよ」
それが一番重要ではないのかと思うもいい感じにまとまりそうなので
「代々受け継がれた着物って素敵だと思います」
当たり障りなく纏めてそろそろお時間も迫っていると思いますので着替えて片づけましょうと続けようとした所で
『そう言えば綾人のお着物ってあるの?』
綾人に褒められてご機嫌なアイヴィーは禁断の言葉を発してしまった。
それは受け取る側によって意味が変わる言葉。
例えば俺や飯田さん、お父さんが聞けばまず思うのは紋付き袴だろうか。
しかしここには娘が欲しかったと切望するお母さんがいる。
アイヴィーをアイちゃんと呼んでは自分の大切な思い出の着物を着せまくり、これでもかというくらい写真を撮りまくった人物なのだ。
そんな人物がアイヴィー一人で満足するだろうか。
否、だ。
背筋に寒気を覚えている間にもお母さんはまた着物を持ち出して来て
「アイちゃんのは白無垢だけど色打掛って言うのがあるの。
少し疲れちゃっただろうから代わりに綾人さんにどんなものか着てもらうと判ると思うわ」
ほら、こう言う展開になった。
「お母さん、まだ調子が良くないので横にならせていただきます」
「あらあら大変!」
欠片も大変と思ってない顔で俺の肩を掴んで俺を見る。
あ、これ逃げられない奴。
つんだー……なんて途方に暮れてしまえば飯田さんとお父さんはそっと部屋を出て行っていた。
死んだ目で俺を置いてかないでくださいと何度訴えるも二人は振り向く事なく出て行って、俺はお母さんと仲居さんに掴まって何やら着物を何枚も着せられていくのだった。
コルセットではないがきっとコルセットってこう言う物だろうなと言う様に帯で締められた後、何故かパーンと襖が開いた。
ん?何て視線を向ければ
「折角アイちゃんと綾人も着物に着替えたのだから薫にもな」
『わぁ!これがモンツキハカマって言う正装ですね!』
アイヴィーが興奮しながら写真を撮りまくっていた。
お母さんは凄く満足げな笑顔で
「薫のこの姿を見れる日が来るなんて……」
涙まで流しだす始末。
無言で顔色悪く俯いてる飯田さんの気持ちはよくわかる。無事逃げ出せれたと思ったのに巻き込まれるなんて想像もしてなかったのだろう。俺も合わせれば近しい人を亡くしたのだろうと言う顔をしているかも知れないが着ている物が明らかに場違いなまでにめでたい物。
「もうこの着物を見れないかと思ったのに、薫の晴れ姿で見れるなんて……」
目元にハンカチを押さえるように当てて謎のガチ泣き。
お父さんも目をうるうるとさせて
「こんな日を待っていたのだがな」
さすがに不義理をしている覚えがあるのか無言になって何も言えなくなる飯田さん。
「ほら、折角来たのなら記念写真撮ろう」
その頃には他の板さん達もやってきてかわいそうな子を見るような目で、でも女将さんを刺激しないように襖の陰から見守ってくれていた。
「はい、薫は真中。左右をアイちゃんと綾人さん、ほら座って。まぁ!両手に花ね!」
用意された座布団にアイヴィーがみんなでコスプレって楽しい!と言う様な笑顔を浮かべて……
拒否りたい俺だけど
「綾人すまん。これであいつが今年も年末年始乗りきれるはずだから」
「栄養剤代わりに使わないでください」
もう俺の抵抗虚しく着せられちゃったからとことん諦めるけどねと飯田さんの隣にぺたんと座れば仲居さんと一緒に写真撮影大会。背後が金屏風じゃないのがせめてもの救いだ。
「ふふふ。私ずっと娘も欲しかったの。
この年になって義娘が二人も出来て何て幸せなんでしょうねあなた?」
「そうだね」
問答無用で言わされたお父さんの瞳は情けと言う様に瞼を閉じていた。
『アヤト!着物ってすごく素敵ね!』
ファンタスティック!なんて喜ぶアイヴィーにさっきまでの感動何てもうどこにもない。だけどこんなカオスの中でとことん喜んでくれたアイヴィーの笑顔がせめてもの救いだった。
「さあ、もう満足だろう。着替えたら食事にしよう。
綾人の希望の香箱蟹も用意してあるから楽しんで行ってくれ」
あまりに高くついた代償だったが、旬の香箱蟹は内子がや味噌が濃厚で美味しく、オスのズワイガニと違ってこんなにも小さいのに蟹の旨みが濃縮した感じで一杯でも十分満足でき一品で。
時間をかけながらうっとりと堪能するアイヴィーを眺めながらの食事はここ最近落ちていた食欲を満たしてくれる宝物のような輝きを放っていた。




