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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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冬の寒さに 9

 寝起きは最悪だった。

 慣れない固いベットだし、枕も固い上に低いし、空調のせいでのどがガラガラだ。

 なにより飯田さんの差し入れの

「ポテトグラタンパイが無くなったー」

 しくしくと泣きながら布団にくるまって起きる気力もなく蹲っていれば

「綾人が全部食べたんでしょ。あんな綾人から誰も取ろうとしないんだから。って言うか箱ごと抱えて食べている綾人にどうやって誰が取ろうとするんだよ」

 宮下が迎えに来てくれていた。圭斗が心配して回収に行けと言ってくれたらしい。

 とは言え幾ら圭斗が社長とは言えかなり私情の入った仕事だなと思いつつもありがたくお願いするのはタクシーで帰ろうとするなら軽く五千円は飛ぶ距離だから。お金があっても地味に嫌だと思うのは当然だと思う。

 しかも途中から立ち入り禁止となるので敷地の入り口で放置されてしまう。

 まあ、そこからはスノーモービルで自力で行くのだが、宮下が居ればタンデムして連れてってもらえるありがたさもあるから。さすがに病み上がりには危険だと判断しての指示らしい。

「とりあえず朝食食べたら検診受けてそこから退院手続。

 今日逃したら土曜日のお支払超待ち時間に参戦になるよ」

「大丈夫。意地でも今日退院する」

 きりっとしたいい顔で言い返しながら味の薄い病院食を頂く。

「ふりかけが欲しい……」

「塩分取りすぎだよ。ただでさえ飯田さんの差し入れで塩分過剰な状態なんだから。我が儘言うと飯田さんの超塩分控えめ料理のフルコースを食べる事になるよ?」

「食材の味しかしないあれか……

 飯田さんの料理であれだけ絶望したのは初めてだったな……」

「だねー。

 絶望のフルコース、最悪だったね」

「うん、あんな美しい見た目でちゃんとした手順で匂いも最高なのに味だけが素材の味しかしないなんて……」

「飯田さんを怒らしちゃいけないって事だね」

「怒らせたつもりじゃないのにね」

 なにがあったかはゴニョゴニョ……

 そのせいでゆく年くる年の恥を捨てた一芸で笑いを取ってもらうのが恒例になったが、陸斗が来て以来それはやっていない。心配させてしまったお詫びにそろそろ笑ってもらうかと思うも二十歳の頃のぴちぴちの綾ちゃんと翔ちゃんではないので逆に見苦しいとキレる可能性もある。少し考えてこの件は闇に葬ろうと味の薄い朝食を食べ終える頃には宮下は少ない荷物を纏めてくれていた。

 主に食べかけのおやつ達のお片付け。 

 この年なのにごめんなさい。お世話おかけします。

 遠のく意識の俺を病院に連れて来てくれたのは先生なのでちゃんと財布とスマホ、充電器と言う最低限な物は持って来てくれていた。

 財布の中に保険証もあるし……

「アヤト、ご飯食べたら歯磨きと顔洗ってね。寝癖も酷いから、何とかしたら先生待ちだよ」

「こう言う時って個室有り難いね」

「好き勝手出来るって意味ならそうかもしれないけどね」 

 何てだべっている間にノックの音。

 病院の先生が来て熱を測ったり、問診したりして直ぐに退院許可を出してくれた。

 ありえないくらいあっさりと出してくれたのは臼井先生のおかげだろう。

 あの後藤原先生と三人でいろいろと話をした。

 俺の口からオフクロの事からオヤジの事、そして先日来た三人の叔父と従弟妹達。

 封じていた記憶からの浩志の事と、あの寒い冬の日の出来事と……

 あまりにも重い過去に二人はすっかり言葉が少なくなってしまっていたが

「吉野君。病院は都合のいい逃げ場所と思ってもらっても良いから。

 家で一人寂しく膝を抱えるくらいなら逃げ込んできていいからね」

 俺の両手を握りしめて藤原先生は言ってくれた。

 温かくてありがたい言葉だけど俺は首を横に振る。

「今となれば過去と向き合う為に俺はあの家にいるんです。あの家があるんです。多分。

 絶対この呪いを解いて見せますよ」

 誰にも言った事のない密かな誓い。

 藤原先生的にはこう言った意気込みこそ危険だと言いたいのだろう。心配げに歪むも今の俺は一人じゃないって事を良く知ってるから笑顔で言える。

「今度浩志と一緒に暮らせる時にはあいつを笑顔にさせる優しさを身に付けますよ」

「何言ってるの、その時は浩志君は一人立ちの時よ」

 気負うなと言ってくれる藤原先生に思わず笑顔を浮かべてしまう。

 こう言う人間になりたい、お袋の関係で会っていた時には欠片も思わなかったけど少し見習いたい人だと思うのだった。

 

 少ない荷物を持ってロビーでだいぶ待たされた後のお支払。

 やっと解放された所で宮下に連れられて……

「なぜに三日月に来たし」

「病院で待ち合わせより健康的じゃん。燈火も心配してたから顔ぐらい見せてあげなよ」

 言いながらも品川ナンバーの車に既に来ている事を目の前にして

「圭ちゃんちに先に挨拶に行こう?」

「圭斗も既に待機済みだよ。先に逃げ道を塞いでおけって先生に言われて実桜さん達も待機済みだから」

「……」

 足も無ければタクシーを拾うのも難しいこの場では逃げても足の速い宮下に掴まってジエンド。

 仕方がないと言う様に宮下に引っ張ってもらって店に入ろうとするところで

「浩志も来てるから。色々謝りたいって言ってたけど謝る必要はないって先生に言われてたけど、多分それでも謝るだろうから怒らないで上げてね」

「怒る理由がわからねーんだけど」

 なんて言えば聞き分けのない子供を見る目で俺を見る宮下にふてくされてしまえば

「だから、自分に怒らないの」

 逃げないように俺の手を繋いで先に入る宮下の背中を見つめながら大人しくついて行けば

「いらっしゃい。待ってたよ」

 カウンターの中からの燈火の声と共にみんなの視線が俺に突き刺さる。

「宮下悪いな。連れて来て貰って」

「うん。ちゃんと連行して来たよ」

 つないだ手のまま俺を引っ張っていくつかのテーブルに分かれて座ってる俺を見て

「綾さん逃げようとしてたんですか?無理っしょ?」

「園芸部よ、そこをどうにかするのが楽しい所だ。

 体力が落ちてなかったらいくらでもあり様があったんだけどね」

「綾人さん逃げる気満々でしたね」

「まぁ、これだけの人数に囲まれたら逃げたくもなるよ」

 実桜さんの困ったわと言う視線とは別に俺の気持ちを理解してくれる蒼さんは数少ないこの場の俺を理解してくれる友だった。

「それよりも噂のアイヴィーさんってかわいい方ね!

 さっき少しお話させてもらったんだけど、フランスの様子も聞かせてもらって懐かしかったわ」

「あー、実桜さん英語イケたんだっけ?」

「片言にね。

 ほら、植物図鑑はほとんど英語表記だったし取り寄せるとなるとみんな英語だから必要にかられて」

 何とか通じてほっとしたわと笑って安心してる実桜さんに

「蒼に何とか英語を教えてやって?」

「んー、それはまた別の話しかな?」

 漢字を読むのも怪しい蒼だけど、蒼もちゃんと遅ればせながらも高卒認定を取ったのだ。どれもこれも絶望的だったけど、何年もかけてコツコツと勉強し続けたのは凛ちゃんの為と言う思いがなせた技だった。

 まあ、仕事の後に陸斗達に教えてもらってたのが微笑ましかったが、それでもちゃんと腐らずに目標を達成したのだからすごいと思う。

 浩志にもぜひ見習ってもらいたいと思えば俺の所に居るより蒼の所に居る方がいいのだろうかと考えてしまえば

「綾ちゃん、退院おめでとう。それと……」

 ごめんなさい。

 言わなくても判るその続きを発する前に俺は浩志の頭の上に手を置いてくしゃくしゃと髪をかき乱す。

 切りたての小ざっぱりした感じを感じるのはきっと宮下が整えてくれたのだろう。

 俺が引き取ってすぐに切らせてからの二回目。

 清潔感を感じるぐらいの短さはこれから働くと言う姿勢としては合格点だ。そして、これから真冬の寒さと対峙するにはちょっとやめておけと言う短さだと思う。

「悪いな、俺が弱かったばかりに心配かけて」

 そうだ。

 認めたくないけど、俺がいつまでも無力だった時の俺にとらわれて居続けてたばかりに面倒を見ると決めた相手に逆に面倒を見てもらったこの結果。

「十年以上時間が過ぎたからな。その倍はかかるだろうって脅されたけど、またお前の部屋にお前がいつでも泊まりにこれるように用意しておくから」

 今はまだ許してくれ、そう伝えるしかない俺の指先は震えていて、それを頭の上に乗せた手の平から理解するも握り返そうとする手を何とか握りしめて

「また山のお家に呼んでね。

 お婆ちゃん達の仏壇に手を合わせたいし、やっと五右衛門風呂に入っていいって言う歳になったんだ。二階にも上がれるようになったし、鶏達のお世話もしないといけないし!」

 ジイちゃん達の孫としての主張に俺は当然だと言うように頷き

「また何度でも頼む時があるからその時は任せるから。とりあえずお墓の方を任せる。後で教えるから、覚えてるか?」

「お寺があるの覚えてるぐらいに」

 そうかと頷きながら

「あと俺の事圭斗達に連絡してくれてありがとう。

 今朝、先生が真っ暗なうちに来て浩志が俺の様子が変だから助けてって連絡してくれたって聞いた」

 この話を先生がばらしたのかと言う顔をしていた圭斗達の視線を気にしないように浩志に向き合っていれば

「今度はちゃんと言えた。今度は綾ちゃんを助けれたかな……」

 不安そうに俺と視線を向きあえずにいる浩志に俺は栄養不足からかまだまだ平均よりも細っこいからだを抱きしめて

「ちゃんと助けられた。

 浩志が居なかったら山の家でまた凍えてたと思うから」

 こんなにも温かいと言う様に泣きだした浩志の背中をさすって慰める。

 救われたのは俺のはずなのになと思えば三度目にして助けを求める事が出来た事に気付いて、まあ、こう言うのも良いなと宮下に案内されるように近くの席へと座った。


 本日古民家カフェ三日月は貸し切りの為ご予約のお客様以外はお断りします。


 そんな看板が掲げられていた理由に納得しながらも一泊とは言え俺の退院祝いとアイヴィーの歓迎会と言う名の打倒飯田さん!な燈火の新メニュー大試食会が繰り広げられる事になった。




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