冬の寒さに 8
「心と関係なくトラウマに追い詰められるのは吉野君みたいな子にはよくあってね、かつて私が担当した子供は親の虐待から包丁で刺されちゃって、何年経っても親と会うたびに刺された痛みを繰り返してあの病院に来た時があったの」
「俺は病院には行きませんよ」
すぐさま拒否をすれば
「当然そうね」
穏やかな顔でベットの片隅に座って抱き寄せた俺をまた横にして落ち着くように肩をポンポン叩いてくれる。
「対処療法があるのだからそれに従えば問題ないもの。今までがそうだったのでしょ?」
その言葉に俺は顔を歪めた。
その原因が目の前にあるのだから素直には頷けず、そして俺がやろうと決め込んだ相手に向かってそう言うのが何となく気まずく……
「アレルギー対策にアレルギー物質の除去と言う方法を取る様に、吉野君にはトリガーとなる物の除去をすればいいの。
逃げてないで納得しなさい」
「はいそうですかって納得できるか」
言えば藤原先生は笑う。
「臼井先生から聞いた通り優しいのね。
だけどその優しさは自分の為の優しさであって人を傷つける優しさなの。
見て見なさい、浩志君がそれで喜んでいるように見える?」
ちらりと見たその表情は自分が原因な事を理解してか今にも泣きそうな浩志。この事を教える為に連れて来たのか、そして俺の誓い所の奴らを集めて話を聞かせてる当たり本当に意地が悪いと思うも先生は非接触型の体温計を取り出して俺のおでこに向かってピッと検温をする。
「ね?人を悲しませるのが優しさとは私は思わないの。
それにほら、幾ら大丈夫って言ってももう体温が35℃を切ってるわ。さっきまで39度以上あったはずなのに、こんな事を繰り返してたら良くないのは言わなくても判るでしょ?」
ぎょっとしたように側に居た先生が俺のおでこや首筋を触った後首元まで布団をしっかりとかけてくれた。
「……」
「これじゃあ大丈夫とは言えないわね。
とりあえずこの機会に色々決めちゃいましょう」
と言ってくれるが
「だけど俺は浩志に勉強をおしえて一人前に……」
「それについては俺達が決めた」
言葉をさえぎって圭斗が近くの壁際から難しそうな顔をして俺を見る。
「浩志は俺の家で預かる。生活面の面倒は遠藤に任せる事に決めてある。
俺の所と長谷川さんの所で仕事を教えながら夜、お前がタブレット越しに勉強を教えればいい。うちにはお前が陸斗の為に作ってくれた教材が全部取ってあるから最低限の接触で済ませればそこまで影響はあるかどうかわからないけど、そうやって距離を取りながら馴染ませていけばいいと思う。この方法があってるかどうかわからないが、いきなり一緒に暮らして潰れるよりはまだすぐに引き離せる距離にいる方が綾人の事を思えば安心だ」
「勉強は先生も見てやれるしな。綾人は体調を戻す事に専念しろ、って言っても大人しくするお前じゃないよな。
可愛い従弟の面倒を見たいって目が言ってるぞ」
呆れたように先生は俺を見下ろし
「少しは先生達を頼れ。お前の大切な従弟の面倒位いくらでも見てやる。
そして一日一時間の勉強がてら話をしたり、その内また一緒にご飯食べたりして時間を伸ばせていけばいい。
この方法が可能なのは夏樹達で立証している。
時間をかけてメッセージのやり取りをしていって、少しずつ慣れて行こう。
毒だって時間をかければ体に馴染むって言うじゃないか。まぁ、毒には毒をってね?」
「せんせー、例えが怖いんだけどー」
入口から宮下の援護に俺も結構ヤバくね?なんて体温の低下とはかかわらずにブルってしまう。
「先生、それよりも綾人のお客さんが来たよ?」
言いながらずっと入口の所に居た宮下が廊下の奥に向かって手を振っているので誰が来るんだと顔をゆがめていれば
「綾人倒れたんだって?大丈夫か?」
「柊?
あれ?じゃあ叶野……」
「稜は仕事で留守番してるよ。だから俺が案内役に来たんだ」
「案内?」
不安に思ってしまえば布団の中に潜り込むのを圭斗に阻止されてしまった。
今更ながら気づく。全員グルらしい。
「で、誰だよ。俺にお見舞いに来るような奴っているのか?」
自分で物凄く残念な言葉を吐いてダメージを負うも柊に案内されて現した姿を見てさすがに言葉をなくした。
『アヤト、だいじょぶ?』
「アイヴィー……」
なんでここに?と思考が追いつかない。
ポカンとしながら宮下に案内されて俺のすぐそばまでくれば
『良くここまで来れたな?一人?』
『みんなが行って来いって言ってくれたから。空港まではオリヴィエが送ってくれたしついてからはヒイラギが迎えに来てくれたから迷子いならなかったよ』
言いながらもガサガサと鞄を漁り
『オリオールからのお見舞い。綾人が好きだからってフィナンシェいっぱい焼いてくれたんだ』
ふわりと漂うバターと甘い砂糖の匂い。
食欲はなかったものの記憶が美味しい、食べたいと言う様に急かされて手を伸ばして口へと運ぶ。
サクッとした食感からのしっとりとした味わい。
濃厚なバターの甘みが下の上で優しく溶けて行って……
「美味しい……」
すごく久しぶりに固形物を食べた気がした。
『あとイイダからも預かって来たよ。
いっぱい食べれないだろうからって、綾人の大好物だよ』
取り出したのはポテトグラタンパイ。
『だけどご飯が食べれてないから無理しないようにって……』
見せてくれた箱の中に手を突っ込んで両手でつかんでかぶりついていた。
「あ、綾人!まともにご飯食べれなかったくせに独り占めしちゃだめだって!」
「おま、先生箱を取り上げろよ!」
「綾人ベットの上でパイは汚れるからよこしなさ、痛っ!綾人引っ掻くとかないだろ!」
「ガルルルル……」
「誰だよ!綾人に最終兵器を持たせた奴は!」
「シェフに決まってるだろ!あの野郎、絶対俺様に嫌がらせする気満々だな!」
「ええ、綾ちゃんが何か変なんだけど……」
「あ、これ正常だから。ポテトグラタン食べてる時は手を出しちゃだめだよ」
「宮下慣れるな!正常じゃないから!」
あっという間に半分ほど箱を抱えてがっつく綾人に病み上がりはほどほどにしろと取り上げようとする先生と圭斗に喉につっかえるからとポカリを差し出す宮下。
おろおろとするのは浩志とカティ。
色々と体験した柊はまだ序の口と言って冷静さを務める横で
「明日にでも退院させて大丈夫そうですね」
「担当に言っておきます。こんな患者追い出せって。
それよりももう面会時間終了してるから騒ぐなら解散しなさい!」
そんな臼井の一喝にペットボトルとウィダーを置いた宮下は先生を担いで
「また明日迎えに来るから。食べたら大人しく寝るんだよ!」
強制的に退場すればその姿を見て圭斗も大人しくなる。
おろおろとしながらも浩志も出口の所でちょこんと頭を下げて何か言いたそうでも圭斗達を追いかけて行き、臼井先生も藤原先生も静かにしなさいと言いながら見送る様子からもう少し話をしたいようだ。
その中アイヴィーと柊が残っていて
「今日は何処かに泊まるつもりか?」
「近くの旅館を予約したから。
俺は明日にでも帰るつもりだけど明日退院するならアイヴィーを頼むな。一週間ぐらいは居る予定らしい。もっとももっと居たいっぽいけど、仕事舐めるなってエドガーに言われてるから」
「あー……気を使わせたみたいだな」
「金払いのスポンサー様には元気でいて欲しい位に考えればいいよ。
じゃあ、また明日帰る前に寄るから、病院から追い出されないようにしろよ」
「悪いな、ありがとう」
素直な官舎に柊は何故か予想外の言葉を聞いたと言わんばかりに顔を赤くして逃げて行くのをなんとなく笑って見送りながら
『アイヴィーもありがとう。バタバタしたけど、また明日。暫くこっちにいるなら家に泊まりに来ると言い。動画で見た家を体験して帰ってオリヴィエに自慢すると言いよ』
『うん。凄く楽しみにしてた。
今日はヒイラギが取ってくれた『宿』って奴に泊まるから、また明日』
そう言って手を振ってのお別れ。
なんとなく変わった空気に
「青春だね」
「若いって素敵ね」
ウザい二人がニヤニヤしていたのを忘れたわけではないが、その二人は椅子を持って俺のそばに座り
「さて、明日退院する為の簡単なカウンセリングをしよう。
なに、これは正規のカウンセリングじゃないから何も記録残さないから安心して話していいよ」
ふくよかな体を揺らしながらも真剣な目で見る瞳は、病院で俺達を観察していた目と何ら変わりなく、少しだけ逃げ出したい物の膝の上に置かれたポテトグラタンパイを犠牲するにはできなくって溜息を吐いて大人しくいくつかのに問診を受けるのだった。




