冬の寒さに 6
金曜日。
この日は綾人のルーティンに沿ってこの山奥の家の中で綾人は一人きりで仕事と言う理由をあげて一人きりで過ごす。
この日は宮下一家は勿論先生も夕方以降しかやって来ない。
後輩達もこの日ばかりはやって来ないし、来たとしても宮下の所で撃退してくれるそう言う日だった。
今日は浩志を燈火の所に預けてバイトをさせている。
山奥に居ると人と接する事が無くなるので強制的に世間と接触させる目的でもある。
そう言う建前。
宮下が出勤の時に一緒に連れてってくれる。
一人きりの山でほっとしてしまう俺は見送った足でトイレへと直行した。
虚しさと共にえづきながらも腹の中を空っぽにする。
もうどれだけ上級者ってぐらい慣れてしまったけど、物音しない家で俺はもう一度簡単な料理を作って口にした。
週に一度まともに食事をとる日。
と言っても弱った胃の為にも大概がおかゆに烏骨鶏の卵を落す程度。
何とかいっぱい食べた所ですっかり痩せてしまった頬に手を当てる。
さすがにこれ以上はばれる。
先生の相手を浩志に任せっぱなしにしていたがそろそろ気付かれるか?いや、そんな事に気付く先生じゃないだろう。
正常な判断も出来てないのか俺はそのままベットに向かって眠りについて、次に気が付いた時はすっかり昼を回っていた。
さすがに寝過ぎたと思ってその後の取引だけはきっちりとする。
決してばれないようにとのカモフラージュなわけではない。
適当な所で切り上げて昼ご飯を食べる。
一人で食べる孤食のわびしさよりも今はこの孤独が救いになっていた。
大丈夫だと思ってた。
問題なくやって行けると思ってた。
結果を言えば問題しかなくぜんぜんダメだった。
「なんでこうなるんだ……」
浩志とはまた仲良くやって行けると思っていた。
もともと物静かで大人しかっただけに本を読む俺の隣で一人お絵かきするタイプだったから子供の頃から弟が居ればこう言うのかな?なんて可愛く思っていた。そして浩志も陽菜が怒るたびに綾ちゃん、綾ちゃんと俺を頼ってくれて、なんとなくこそばゆさを感じていた。
だけど総てをダメにしたあの日。
俺は今もあの日を体験する。
記憶だけではなくあの川の冷たさとしがみ付いた凍った雪の危うさを全身で受け止めて、罵倒する言葉一つ一つを間違いなく耳の奥で再現する。視界は冬の空に本気の瞳の数々。
忘れられない記憶なだけに蓋をして奥底に追いやっていたのにここにきて浩志と一緒に生活をする事でその蓋からあの日を思い出してしまう日々になった。
自分の記憶力を見誤っていた。
まさかこんな結果を招くとは想像もしていなく、そして俺も今度こそ向かい合おうと努力を決意したばかりだと言うのにこのざまに聞からなく笑う事しか出来ないでいた。
オヤジを看取ったあの日、二度とこんな悲しい別れだけはしたくない。
そんな後悔に今度こそと言う様に浩志と向き合う事にしていたが
「何でこんな事になるんだよ……」
大切な物ほど手に入らない。
一番欲しかった家族の温もりは二度と手に入らなく、愛した人とも向き合う事が出来ない。
そして今、もう一度やり直そうと向き合うべき相手を守ろうとした結果、今度の代償は俺自身の様だ。
負けてたまるか。
そんなのはただの後付けの感想だと言う様にここまで来たが、体重もフランスから帰ってきてまだひと月なのに五キロ以上落ちた。ありがたい事に停滞期に入った物のそこを抜けたらまた落ちて行くのだろう。
そうやって弱って行くのは体だけではなく心も弱って行く。
健全ではない。
解決方法も判っているが、こんな悔しい結果を付けるにはまだ早いと足掻く俺も居て……
結局のところこの雪に包まれた冬の寂しさに浩志がいる温かさを手放せない俺の弱さが負の連鎖を生み出しているだけだ。
ちらりと時計を見る。
もうすぐ戻って来る時間。
今日はまだ先生も来るからましだろう。
いや、今週も誤魔化せ切れるだろうか。
仕事を理由に部屋に引き籠ればいい。
安易な結論はすぐに看破される、判っていてもまともに働かない思考能力はそれでいいと言う結論で最近ろくに眠れなかった頭が休息を求めるように俺を眠りにいざなって行く。
「ここが限度だ」
誰かが言った言葉を疑問に持つ事なく差し伸ばされた腕に身をゆだねてしまうくらい俺は判断力を落してたなんて、俺だけが思いもしてなかった事だった。




