ルーツを思う 8
朝から呼び出されて警察から事情聴衆を受けたのが昨日であまりのダメージの酷さに異例的な速さで叔父達を返却してもらい、今日の夕方にはこんがりとお骨になって小さな骨壺に納まった叔父達を見ても感慨にふける事はなかった。
どこのどいつがどんな親切であいつらに用意したこの世の地獄をこんなあっさりと終わらせやがったのか……
誰にも言った事のない綾人の仄暗い部分が許せないといらだたせていた。
それでも横に立つ圭斗が
「顔、怖いから」
表情的には普段から何も変わらないはずなのに何度落ち着けとどれだけ注意されたかなんてわざわざ数える意味は不必要だ。だけど
「陸斗や凛がその顔を見たらショックを受けるから止めろ」
怒りも苛立ちも彼ら以上の何かがあってはいけないと気づけば何度かの呼吸のうちに普通を取り戻そうと気を配る。何が普通か判らないがあの叔父達に怒りとは言えども一時もぶれる感情なんてありえないと関心を配る価値もない事を自分に言い聞かせる。
とは言え真っ白になった骨は一部がスカスカだったのか灰になって無くなってしまった。骨の状態を見て生活の苦しさを今になって理解できたがそれは自業自得だろうと納得の結果だった。
オヤジがお骨になった時はそれなりにこみ上げる物があったが、オフクロと言い叔父達と言いどうしてなにも感情がぶれないのだろうかと疑問に思いながらも当然かと思うのはそれだけ希薄な関係だからだと言う所だろう。同じく火葬場でお亡くなりになった人達のお骨を拾うご家族を眺めていても涙を流す人とその周りで客観的に立派に残る骨を褒め称えるグループと別れていて……
寧ろ焼かれる前の方が盛大な涙の別れとなっているご家族の方が多かった。
俺は一体何を観察してるのだろうか……
普通の家庭と言う物をここになってまで憧れていたと言うように視線が追っていませんようにと心の中で願っておく。
精進落しも初七日も何もないお葬式なのでお骨を頂いて後は葬儀屋さんと必要な手続きの書類の受け渡し、何かあった時の連絡先交換と言った打ち合わせをしてこれから一週間ほど銀行関係や叔父達が借りていたアパートの退去などお金を掛けたくなければこなさないといけない事にうんざりする様子に俺も頑張ったよと横で話しを聞きながら頷いていた。
宿に帰る頃には誰もが疲れていて、遅くなのに温かなご飯を用意してくれて待ってくれていた大矢さんに感謝を述べる。
陽菜は疲れたから横になりたいと言ってご飯を食べた後シャワーを浴びて一人早く寝てしまったらしい。
突然の父の訃報と弟との再会に肉体的は勿論精神的にも疲れていたのだろう。夏樹も先に寝てろと言う理由は当然だと思う。
この時間になると先生も合流してくれた。
浩志は覚えてないようだったが康隆はしっかりと覚えていたようでまた自分が不利な状況に追い込まれたと言わんばかりに顔を青くしていた。
「で、そのお骨を埋める先は決まったのか?」
なぜか先生も一緒にご飯を食べていた不思議。
宮下が気をきかせて先生の分もお願いしていたらしい。
まあ、大矢さんの所のご飯美味しいからね。雪が酷くて帰れなかった高校時代の時何度このご飯を堪能したかと思い出していれば久しぶりのご飯を満喫していた俺がいた。
「もうちょっと川を下った所の小さなお寺さんにお願いしてもらう事になったよ。そこは葬儀場の人も懇意にしてるらしくって引き取ってくれる事になった。かなり多めのお布施が必要になったけどそれで縁が切れるなら安いもんだね」
「お前がいずれは居る墓にいてほしくない気持ちだけは痛い位に理解できた。
だが、一応聞くのが教師としての立場だが、子供のお前らは親がそんな扱いでそれでいいのか?」
ビールをちびりちびりと飲みながらの質問には
「何か陽菜をどこかに売り飛ばそうとしてた計画だったらしいのでまったく問題ありません」
迷いなく答えた夏樹に思わず拍手して褒め称えれば問答無用で先生に拳骨を落された。さすがに痛いがそれが当然の反応だろうと思って抗議はやめておいた。
「そう言う事なら気持ちは判るが、綾人は少し位自重しろ」
「せんせー、この件に関してはもう無理でーす」
「同じく。色々綾人がご機嫌悪すぎて手に負えませーん」
「そうか。だったら後で一緒に風呂で語ろうか。久しぶりに五右衛門風呂で語り合うのも悪くないな」
「ごめんなさい。今正気に戻りました」
苛立ちを隠せない物の顔はニヤ付くと言う器用な綾人の世話を早々放棄した宮下と圭斗は高山に丸投げした物のまさかの懇談会の条件に一瞬にして綾人の目が死んだ理由はどうして狭い五右衛門風呂の中で男同士背中や膝をくっつけるようにしてはいらなければいけないのかと言うこの世の地獄。うっかり立ち上がれば目の前に……なんて事故も何度多発して来た事か。
おっさんご立派ですね。
そんな下ネタは口にはしない物の決してその景色を自然と笑って受け入れれる年齢ではなかった綾人、圭斗、宮下の少なからずのトラウマにもなっている。
「で、お前らはこれからどうするよ?
康隆だっけ?結婚したけど奥さんに托卵されてざまあねえな」
とても教師の言葉とは思えない口の悪さはやはりそれなりにあの日の事を恨んでいると言う事だろう。
当時担任だった為に受験期の子供を何とかしようと奮闘してくれた先生の努力を見事文字通り水に流してくれた顔ぶれにこの程度は許されると思っているらしい。
何せ今は立派かどうかはわからないも成人しているのだ。なんとでも言ってやると言うように目が剣呑としていたが
「弁護士雇って離婚をしようと思います。
これだけの証拠があれば何とかなるだろうし、弁護士がいると心強いって今回で勉強しましたので」
先生の嫌味に負けじと康隆は言い返す姿はやっと大人になったかという物だった。そして俺を睨みつけてまさかこの為のおぜん立てだったのかと言う様にクチパクで言って来たけど聞こえませーんと無視をした。別に親切でしたわけじゃないし、これで人間不信仲間が一人でも増えればとニヤニヤしている下心は当然隠しておいた。
だけどその反面成長できなかったのも居た。
「俺は、また姉ちゃんと一緒に暮らしたい……」
蚊の鳴く様な声だった。
夏樹も康隆も含めて「ん?」なんて顔で浩志に視線を向けた。
俯く浩志はその光景に全く気付かないと言う様にポツリポツリと言葉を落す。
「もう一人はいや、です。寂しいし、寒くて……
誰も話をしてくれないし、帰っても一人だし、誰も頼れないし、一人は嫌だぁ……」
児童相談所に保護されて以来両親は一回も面会に来ず。その頃には立派に親達からの虐待に引きこもりになってどの高校の受験も失敗し、恐怖もあって家に帰れずに一人暮らしを選択した物のこれだけの傷を心に負えば社会に適合する事も難しく……
中学卒業と言う履歴だけでは今時雇ってくれる所は限られてくる。
何とか成人をして深夜の工場勤務で今は生計を立てているものの友達と呼べる人は未だに居ない。
綾人は調査してもらった結果を見てこんなもんだろうと納得して五右衛門風呂を沸かす時の着火剤にした程度の目を瞑っても想像できた範囲の生活をしていた報告書の経歴の浩志の何も関心を向けず、何の行動もおこさず、ただ黙って受け入れるだけのここまでの生涯に何の同情を向ける事はなかった。




