生まれ変わりは皆様とご一緒に 6
バアちゃんにお土産をお供えして簡単な挨拶をした後早速かたかたと台所で物音を響かせながら下準備を始めたその前に
「本日は飯田をご指名ありがとうございます。ご依頼の要望通り明日の昼食をご用意させていただきます」
二人が揃って手をついて頭を下げた様子はまるでどこかの料亭の主人と板さんのようだったが、考えればそっらの生まれの人たちだった事を思い出した。
料理は約三十人分。
前に集まった大工の人数と高校生達と言う単純計算でも足りない。一斉に休憩は出来ないだろうから足りない分は後から作ればいいからとりあえずそれだけの量を準備しても足りるかどうかわからない。多くて五十人分は考えている。手間のかかる料理なら先に出して手の抜ける物なら後からでも構わない。臨機応変に対応をお願いする。
かつては使用人や雇っていた職人達の昼食を準備した事もあった為にそれだけの鍋も食器も十分に足りている。それ程の人数は無くても人の何倍も食べる肉体を維持する為の食事は人の二倍や三倍を軽く食べていたと聞く。そして女衆はそれを用意していたとバアちゃんは言っていた。子供の頃から手伝わされ、それなのに自分達の食事はいつも後回し。理不尽だと思ったが女や子供の身では人の身長ほどある太い幹をどうこうできる物ではないし、命がけの仕事だ。安全な所で悠長に食事の準備ができる女子供の食事の優先順位は下に決まっている。わかってはいるが美味しい匂いをさせた暖かなご飯が冷え切って、冷たくなった具のない味噌汁をすするのは虚しかった。使用人の娘として生まれたバアちゃんは吉野の家に嫁いで炊事場で義理の母親に料理を教えてもらいながら味見と称したつまみ食いほど感動した事はなかったと笑っていた。
温かな料理がささやかな幸せ。そんな時代は昔の話に思うも下茹でしたいからと薪でたく竃はその当時のもの。五つある竃を普段は一つだけ使い、後は蓋がわりに板を置いてもの置き場にしているが、今日はその板を取り払って全て竃を使えるようにしていた。もちろん薪を焚べて火を点ける。前に見せてくれた信頼から必要な竃に火を入れてどんどんお湯を沸かして行く。
「薫、手伝える事は?」
「邪魔なので取り敢えず先休んでください」
ここは俺の持ち場だと言うようにあしらう姿は見たこともない職人の部分の姿なのだろうか。だけど青山さんはしょうがない子だと言うようにクスリと笑い
「そうしたいのは山々だが小山と山口がくるのがわかっているなら顔を見てからにするよ。段取りもしたいしね」
ジャケットは脱いで埃まるけになるからと靴も革靴からスニーカーへと替えて土間の台所を楽しそうに眺めていた。
青山さんは俺と土間の反対側にいる先生を一緒に見るように立ち
「なかなかこちらを見学する機会がなくてね。薫はここで毎度遊んでいるのか」
うん、薫の好きそうなリアルおままごとセットだと妙な納得をする様子に俺は時間を潰してもらう為にも山口さん同様青山さんにも食器を入れる納戸へと案内した。
「明日のメニューはお任せなので俺も知らないんですが、もし決まっているようなら先にお使いになる食器をこちらで選んでください」
埃っぽい納戸の薄暗い蛍光灯の明かりをつけて
「ああ、これはすごい。大皿がこんなにもあれば五十人分も百人分もいけるな」
大皿をいくつか納戸よりも明るい台所に持ってきて
「九谷かな?良い皿だ。実用的ででもいまの時代使うにはもったいない」
ふむと唸るように見る目は生まれ育った老舗料理屋で培った知識だろうか。
これも良い、あれも良い、どれにしようか迷うなあと皿を並べる様子に先生は呆れながら日本酒と野沢菜、昼の残りの冬瓜を持ち出して
「そんなにも良いものかねえ?」
取り出したぐい呑みを持つ手を青山さんに掴まれた。
「それは……」
「せんせーお気に入りのぐい呑みでーす」
日本酒の時はいくつもあるぐい呑みの中からいつも同じ物を使うのは知っていたがそれがなんだと思えば青山さんは先生の手からゆっくりとぐい呑みから指を外していき
「これは……」
ぐい呑みの底の銘を見ていつも涼やかな顔がだらしなく蕩け切った様子に思わず遠ざかってしまえば逆に近づく足音に気づかなかった。
「これはただのぐい呑みです。
使ってこその道具です」
青山さんからぐい呑みを取り上げて先生の手に渡し、空いた手で青山さんに首根っこを猫のようにつまみあげて土間から追い出すように風呂場へと放り込んでいた。
「小山も山口もまだ来る事はないので先に風呂に入ってて下さい」
「薫、私は叔父なんだよ?犬猫じゃないんだよ?」
細身だから気にした事なかったが飯田さんより低い背の青山さんは酷い!と言いながらも受け取った荷物を持ってそのまま風呂へと入っていくのを見守り
「シェフも大変だなあ」
先生が思わずと言うように呟けば
「衝動買いは叔父の悪い病気ですので。放っておいたらそのぐい呑みを十万で売ってくれっていいだしますよ?」
「はあ?!」
「待って!せんせーが使うまで埃が積もってたやつですよ?!」
言えばぐい呑みの底を見た後俺達をかわいそうな子を見る目で見て
「俺に言わせれば何で国宝になった人のぐい呑みがこんなにも粗末に扱われてるのかそっちの方が疑問でした。
ですが、実用向けな物のようなので大切にして使って頂ければと思います」
言いながらも下湯でしただけの里芋をいくつか皿に取り上げてみりんで溶いた味噌をかける。
「お酒のともにどうぞ」
「ありがとうございます」
なぜかいつもは何だか毛嫌いしているようなのに丁寧に感謝をしていた。
飯田さんはまた料理の下準備の為に台所でまた大量の野菜の皮を剥き始めながら下茹でを始める。
今まで集めた素材とその日の腹の気分で適当にメニューを決めて作ってもらっていたが、ちゃんと準備立てて調理をする様はまさに料理人だった。




