山の日常、これぞ日常 6
植田、水野、そして宮下と圭斗、そして先生を連れて麓の家で無事理科部二期生と嫁さん子供達と再会する事が出来てほっとした。
もちろん二期生もホッとしただろう。
後に上げた動画
『先生を二日ほど放置すると……』
そんなタイトルの動画は視聴者もびっくりな荒れ具合。先生も涙目の不平不満。いや、自業自得。
『こんな場所に最愛の嫁さんと子供を連れて来る所だったのか』
と言う容赦ないコメントを固定すれば同情コメントの雨霰。
めそめそと泣き続ける先生を晩酌に誘い、お酒で笑いものにされてすさんだ心を浄化させる。俺のとっておきの缶詰とかお酒が粗方無くなってたがそれは想定済みなので新たに購入した俗にいう高額酒で持て成せば一瞬だった。チョロイのはどっちかというのは聞かない事。
先生は普段はビール派だからね。
ビール派を差別するわけではないが圧倒的アルコール度数の高い日本酒や焼酎、ウイスキーでもてなせば一瞬だったよ。
うちにたむろうようになった頃はそれなりに何でもイケたはずだが、ここ四年ほど物理的な距離を開けている間にめっきり弱くなったようだ。
まあ、四十過ぎればそろそろ落ち着くよなとその十年以上の付き合いになる先生との歴史にどことなく負けた気がした。
勝敗の定義は全くわからないが。
とりあえず前日の嵐を半日で乗り越えた俺達凄いと誉め立てるしかないだろう。
と言うか、先生よ。一日でどれだけ着替えるのか是非聞きたい。
の前に自ら申告してくれた。
「ほら、先生パジャマ派じゃないからTシャツとハーフパンツじゃん?学校行く時はYシャツとスラックスじゃん?今クールビズ期間だし?
家に帰った後は檜風呂でゆっくりと時間を使って酒を飲みながら入って、出たら着替えるだろ?」
確かにと言う様にうんと頷いて聞いていれば
「その後寝るまでにいろいろ仕事している間にこの季節やっぱり汗ばんでな。着替えてから寝るんだよ。勿論夜トイレに行きたくなって起きると結構汗が出ているから起きた時には着替えてさ。とりあえず朝起きて朝ぶろ浴びる時にまた着替えて飯を作って食べるだろ?そうすると臭い付くし、顔洗う時に水で袖口濡れるから気を使って顔洗ってから着替えるようにしてるんだよ」
どこに何を気を使っているのか問いただしたいが
「先生最近ファブ〇ーズの使用回数減ったんだ」
そんな宮下の報告を思いだした。
洗濯をしてくれる労力を手に入れた先生は今までこまめに洗うではなく購入すると言う選択をしていた。山積みになった自分の匂い沁みついた衣類がない室内に消臭剤は必要ない。
もちろんビールの空き缶も食べたままのスーパーの弁当のプラスチックも毎日きちんと処分されていて食事の匂いも充満していない快適空間。しいて言うなら杉の木の香りが未だ漂ってると言う所だろう。
むしろそれが消臭剤。
廊下伝いのすぐ隣に宮下が毎日来ているから毎日世話をしてくれている。居ない日は圭斗、もしくは浩太さんがお世話しているらしい。
浩太さんにまで……
曰く
「折角新しく直したのにそれを汚されるのは忍びないからな」
腕を組んで困った先生だと言うあたり作り手の意地、いや、やけくそかもしれない。
それだけ一緒にいる時間が過ぎたんだなぁ、なんて、手間のかかる弟が出来たと言う所だろうか。
何はともあれ先生の面倒を俺と圭斗と宮下の三人で見ていた頃に比べたら人手が増えるのは何よりだと四十過ぎた先生を今更矯正するのは無理だ。お世話してもらう事にすっかり慣れてしまったダメな人間に仕上がっているのだ。更に再婚の気配もないし、弟さんも結婚してご両親も一安心してしまったようなのでお見合い地獄からも解放され、出会う女性は未成年ばかりの環境に今更結婚なんて考えもしなくなった先生を増長させたのも俺達なのだ。
だったらうまく付き合って行こうと考えてストレスを減らす方向に向かう事にしてみた。
畑の世話、烏骨鶏の世話、そして先生の世話。
週に一度の資産運用の日と新たなルーティン。
「アイヴィー、そっちの様子は変りない?」
『ええ、もちろん。相変わらずだし、あ、一つ報告。
フェイが今学期で卒業資格取れたから卒業までの間城で働かせてほしいってお願いされてるんだけど』
「フェイが?
フェイなら住み込みで構わないなら良いって言う人格的な保証もあるけど……
何かあったの?」
聞けば
『ほら、フェイって小説家志望でしょ?
働いて小説書ける環境を探したらひょっとしたらここって結構理にかなってるんじゃないかって?って言ってたんだけど……』
「まあね。人手は正直たりてないのは判ってたけど、フェイが名乗りに出て来るとは思わなかった」
彼なら国に帰るかと思っていたが留学して第三国に赴くとは故郷の家族も想像してなかっただろう。俺がそうであるように。
『仕事の内容はバイトに来てくれた時の仕事を中心にして長期休暇にやってくるバイトの指導とかでいいのかな?』
「とりあえず他にやる事が無ければ庭の手入れをさせて、他はエドガーと調節してもらえれば間違いないだろう。
オリヴィエとマイヤーに快適に過ごしてもらう事が城の価値だから。あと最近大広間での演奏会が増えて来てるだろ?その段取りをフェイと二人で出来るようになれれば少しは楽になると思う」
『うん。それは私も思ってた。
タイムスケジュールとか必要な物の購入とかは問題ないけど、出演者の方の前日からの訪問とかそう言うのどうすればいいか判らないから……』
対人関係に大きな躓きを抱えてしまったアイヴィーは本来得意分野だったはずなのに苦手意識と言うか相手が男性だとトラウマと言う様に体調がおかしくなる事が判明。長期にわたって関係を築いたオリオールやオリヴィエ達ならこの人達は絶対傷つけない事を理解して一緒に過ごす事が出来るようになったものの、初対面の、特に奴と近い年齢の男性相手と面向うと拒絶するかのように挙動不審何て可愛い位のパニックになると言う。
その辺はエドガーに病院に連れて行ってもらって診断書を見せてもらったけど、それでも人は生きて行かなくてはならない。
外に出掛けれるようになったとはいえ大半を城の中で過ごすと言う狭い世界に引きこもってしまうアイヴィーの為に穏やかな性格のフェイはサポートするには十分な能力もある。むしろ人材の無駄遣いのような気もするが、働いて給料と居住の提供を受けつつ小説を書く環境を得られると言うのなら十分だろ。
「とりあえず履歴書とエドガーと俺と三人で面談するから二人の都合のいい日を聞いといて。ちなみに俺は日本時間の金曜日以外なら問題ないよ」
『うん。これだけの話しをしただけでもきっと喜ぶよ』
俺と俺がイギリスで出会った人達との懸け橋にもなってくれていて……
「使ってやるから覚悟しとけって伝えておいて」
『もう、嬉しくってはしゃいじゃって、アヤトってほんと子供だね!』
一時期笑えなくなったアイヴィーから弾けんばかりの笑顔の笑い声に俺もつられるように笑い、短いながらも一日一度の報告連絡は少し温かい気持ちを体中に満たせて終わる。
充実してそうで何よりだ。
少しの間俺はマグカップにたっぷりと入れた少し冷えてしまった紅茶をゆっくりと飲み干すまで一時の余韻に浸っていた。
そして俺はきっと油断していたのだろ。
アイヴィーとの連絡の会話をしっかりと扉の向こう側で盗み聞きをするように聞き耳を立てていた存在がいたと言う事を確実に失念していた。




