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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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振り向いて立ち止まり 3

 綾人とカティの不仲は結局戻る事はなかった。

 卒業に向けてひたすら勉強に打ち込むカティも随分おかしかったが、綾人も相変わらず勉強もそれ以外も何か頑張っているようでおかしかった。

 相変わらずおかしい二人だなと言うのが俺達の正直な感想で、これだけスルーし続けるお互いに何を拗らせてるんだと言ってやりたい。

 綾人は何か一人で忙しそうにやってるし、綾人がそんな感じなのでたまに遭遇してもカティの方が逃げ回っている間に卒業間近になってしまっていた。

 久しぶりにカティと遭遇した時は綾人は勿論誰がどう見ても疲れ切ったカティの姿に驚く事になり、それはカティの友人の三人もそうだと言う。

 卒業間近になって就職活動もありすれ違っている間のこの変貌はさすがにカティを捕まえて全員で綾人のアパートに当たり前のように集合していた。

 あの一件があったとはいえ見過ごせない変貌に綾人はアパートまでの道のりの間にすぐ食べれる惣菜を山のように買って、ケリー達にもビールを大量に買わせてきたところで吐かせる事にした。


「で、一体何があった。あと卒業するばかりだから学校以外の事だろう?!」

「はい」

 囲まれた真ん中で小さな体を小さくするカティに罪悪感を覚えたが

「家の事か?婚約者の事か?」

 二択の選択をすれば

「両方です」

 しくしくと泣きだすカティをさすがに可哀想と思ってかフェイがカティに洗面所に置いてあるタオルを渡していた。

 カティはそのタオルに顔を埋めて

「で、どうしたんだ。

 クソ親とクソ婚約者から何を言われたんだ?」

 話が進まないので促せばあまりの言い様と俺の態度にカティの友達三人はカティの側に寄り添って俺の言い方に問題があると言う様に睨みつけてきた。

 だけどだ。

「カティ、二十をとっくに過ぎて一人で何も言えないからこう言う結果が産まれた。

 違うと思うのならさっさと白状しろ」

 何て取り調べにジェムはもうちょっと穏やかにと俺をなだめてくれるが、生憎カティは俺がどんな人物かを悔しいほど知っているのでポツリポツリとゆっくりになってしまうも白状した。

「前に言ったと思うけど私の婚約は、うちの両親はお金が目当てで、婚約者は家の歴史が目当てなの。だけどうちは婚約者との結婚が目前だから業績を伸ばす努力をしなくて、膨らんだ借金にさすがの婚約者の家もそこまでは無理だって婚約を解消しようと言いだしたの」

「お前の親父さんどれだけ借金しょってるんだよ」

「大体五百万」

 円ではポンドの単位に誰ともなく吹きだしていた。

 業績は小さくなる一方だが借金の幅は最低限で何年か働けば返済できる金額だったと思っていたが、さすがに大きすぎる金額は誰も見向きもしていない。

 どこぞの大企業となればまだまだ少ない負債かと思うも中小企業に分類されるだけに中々の痛手だと遠い目をしてしまう。

 だけどそこは綾人。何かを考える様に頭をかきむしりながら

「正直に言えばまだ何とかなる金額だろ……」

 綾人が言えばカティは今度こそ涙を落して『ごめんなさい』と謝りだした。

 全員で何事かと思えばカティは一枚の写真を鞄の中から出して俺達に見せてくれた。

 まだ俺達の関係にゆがみもなかった頃の写真。

 冬の寒い時期に我が家に乗り込んできて卒論を仕上げていた日々の一コマ。

 雪かきをして凍えた体を労わりながら家の中に入る、そんな様子。

 カティの震える体を支える様にして家の中に案内する綾人と言う様子を思いだすも、玄関に入る景色を遠くから移す角度は明らかに隠し撮り。

 どう見ても敷地内に侵入しないと取れない角度だった。

 思わずと言う様に眉間を潜めしまう。

「この写真で婚約解消じゃなくって婚約破棄になったの。

 私の不貞が原因だって言って、慰謝料を要求されてるの。

 もちろん私も婚約者と婚約した時の約束の書面があるからって言ったけど、そんな物はないって……

 うちに保管してあったはずの契約書が無くなって証明が出来ないって立証できなかったの」

 しりすぼみになる声に完全にやられたと綾人は天井を見上げ

「たぶんいつも一緒に居た執事だな」

 言えば、心当たりがあるのかカティはうんと小さく頷いた。

 綾人は小さく溜息を零しながら

「まぁ、その件に関しては俺がどうにかできるから悩まなくていい」

 何て心配するなと言えば

「どうにかできるって……

 アヤト、その自信はどこから来るのかい?」

 フェイの疑問に俺はニヤリと笑い

「あの家は俺の家で、俺の家で俺の知らない事があってはいけないんだ。

 ましてや不特定多数がやってくる前提の家だぞ?自分の身を守り、そして不特定多数を守る為の最低限のセキュリティも用意してあるだけの話しだ」

 深山に引きこもる究極の引きこもりが考える防衛策はひたすら自分の証明をする事ぐらい。守る為に自分が自分を切り捨てるのは当然と言う物。その活動の一環が動画配信で、それが最大の攻撃になっているのはきっとどこかで俺の動画を見て俺が不幸になってない事を悔しがってるだろう親戚どもに対する嫌がらせだ。

 俺の事は大丈夫。

 多分今も俺の事を信じ切ってるだろうカティはこの不幸な事件に巻き込まれても問題ない事を理解して安心したかのようにまた涙を流してはタオルに顔を埋めていた。

 とは言えカティをこれだけ泣かす婚約者はいけ好かない。

 そして俺を巻き込んだ事も許さない。

 一生忘れられないだろうこのカレッジ生活を飼い殺しにした親と婚約者にさすがの綾人ももう他人のふりなんてしていられない。

 俺を巻き込んだ事を後悔しろ。

 心の中でどす黒い感情を嵐のように吹き上げながらカティに一つの決断をさせる。


「婚約者と別れさせてやる。そして会社も取り戻してやる。

 その為にはカティの夢を幾つか諦めてもらう事になる。

 選べ。

 カティがこれ以上他人の言いなりにならない未来。

 一生誰かに隷属して生きる人生。

 夢を諦めて一人の自立した人間になるか、だ。

 俺が提案できるのはこの三つだ」


 三本の指を差し出して提案すればカティの瞳は一瞬揺らぎ

「逃げ出す選択はないの?」

 もう疲れ切って弱った戦う事が難しい心に俺は鼻でその提案を吹き飛ばす。

「それはこの三つの提案を受け入れた後の問題だ。

 順番を間違えたら一生エラーを起こしたままの人生になるぞ」

 ここまで来てまだ危機感の薄いカティに止めを刺すように言えば、カティはぼろぼろと涙を零しながら

「夢は諦める。カレッジでプロフェッサーになって沢山の事を生徒に教えるのを諦める代わりに、お願い!

 もうお父様と婚約者に振り回される人生を終わらせたいの!!!」

 泣き叫ぶように未来を選んだカティにもう泣くなと引き寄せて優しく背中に回した手であやしながら

「よく言った。

 だったら目指すは自立したかっこいいカティになろう」

 うん、声は出ずに頷いたカティの涙がシャツを濡らして行き、俺よりも小さな手が懸命に縋る様にしがみ付くも震えている様子に絶対許すわけには行かないと口には出さなくとも決意する綾人だった。





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