小さな恋に花束を 11
就寝前の甘い物と言う背徳感と温かい紅茶で温まった体に眠気が襲いかかってきた。中々に馬鹿にならないこの組み合わせと思いつつ、二つのベットの間に置かれたライトは既に消されている。
ちなみに
「アヤト、このパーテーションどうにかならない?
折角のお泊り会の雰囲気が台無しだよ」
「悪いな。人の気配があると眠りがどうしても浅くなるからその対処だ」
「なんか病院の大部屋って感じなんだけど」
「大部屋の経験あるのか?」
「ないけど、そんなイメージ的な?」
だろうねお嬢様。
因みに俺は経験あるけどほとんど寝てたし六人部屋でぼっちだったので大部屋と言う感覚はなかった。色々と酷い田舎の病院事情に何泊も出来そうにない恐怖を覚えた直感だった。
「せめて顔が見える程度にどけようよ」
「えー?人の視線があると気にならない?」
「いやいやいやいや。それじゃ意味がないでしょ。話をする時は相手の目を見てって奴でしょ?」
「そこは俺の母国では相手の目を見て話をするのは失礼にあたるんだ」
「郷に入っては郷に従えでしょ?!」
「悪いな。ここは俺の家だから治外法権だ」
うっきー!!!
夜中だと言うのに騒ぐカティに
「うるさいぞ。近所迷惑だ」
「近所何てどこにあるの?!」
木に囲まれているとは言え周囲の家の窓所か家自体見えないのはお隣の敷地面積もそれなりにあるし裏はかなりの敷地面積を誇る牧場だからだろう。
かつては何件か家があったらしいがどんどん吸収されて行ったらしい。
イギリスの過疎化もやべぇぇぇ……
何がヤバいって俺は見た事ないが時々ヤギが脱走してうちの庭にいたらしい。
どんぐりの木に登ってどんぐりを食べていたとジェムから連絡を聞いていた。
見つけたらすぐに裏の家の人に連絡を入れる様にしてから判った事だがいつも同じヤギがやって来るらしい。なんて常連だ……
さすがにこの雪の中は食べる物がないせいか来ないらしいが次来たらヤギ乳をもらいなさいとジェムに言って困らせていた。
オスだから乳は出ないし、角を振りかぶって突撃して怖いと言う辺り出会わなくってよかったと思うしかない。
大体ヤギってあの半眼のような目って怖いよね。なんかガン飛ばされてるようだし、寧ろ熊の絶対餌を逃さないって言う目つきの方が分りやすくってまだましだ。
命の度合いに比べたら断然ましだけど、あの目つきは正直逃げ出したくなるし、夜見たら絶対泣くと思う。
ヤギヤバい、ヤギヤバい。
何か隣でカティが騒いでいる気がしたけどヤギの事を思い出してあまりのヤバさに布団をかぶってブルっているうちに……
「で、アヤト!話し聞いてるの?!」
あまりに無反応すぎてパーテーションを退けて布団をめくれば何時の間にだろう。 ぐっすりと眠って寝息を零している綾人がいた。
「まだ十時前なのにありえないんだけど」
横向きで布団をかぶったままの姿勢で丸まって眠る綾人にカティは愕然としていた。
夜はこれからだと言うのに何でこんな早くに寝るのだと問いたい。
最低あと三時間はだべるつもりだったのにどうして爆睡しているのか問いたい。
これは決して綾人の睡眠時間が基本十時四時の約六時間睡眠からの体内リズムのなせる技と言う事を知らないカティは唖然としている。
「ちょっと、アヤト、起きてよ……」
枕もとで呼びかけても聞こえて内容に無視をされ
「ねえ、アヤト、起きてよ。悪戯するよ?」
爆睡してれば聞こえない言葉は当然ガン無視だ。
「アヤト起きてよ!!!
一人にしないでえええ!!!」
朝当り前のように薄暗い時間に目を開いてキッチンに水を飲みに行こうとして俺は固まった。
隣に突如運び込まれたベットの上で枕を抱きかかえ、布団をかぶる何かがいた。
しかも低い声で
「うっ、ううっ、やっと……」
何やら背筋がぞっとするよな声でゾロ理、のっそとしたゆったりとした緩慢な動きで姿を現した。
「え、ええと、カティさん?
ひょっとしてずっと起きてらっしゃったのでしょうか?」
寝てない事もあり、疲れが色濃く出ている顔で
「一晩中お喋りするつもりでお昼寝までばっちりしたのに!
アヤトがいつ目を覚ましても大丈夫なようにずっと起きてたのに!」
ぼろぼろと涙を零し絵抗議してくるけど、申し訳ないが残念だがその程度の抗議は既に慣れてるんだよ。
俺は気にせずにベットから立ち上がり
「だったら今からその時間を有意義に使ってミレニアム懸賞問題を解き明かそう。
なんとなくリーマン予想が名前が面白いで挑戦したいよな。リーマンゼータ関数 ζ(s) の非自明な零点 s は全て、実部が 1/2 の直線上に存在するってやつ。
答えを出そうと思えば出るんだけど、そこに至るまでの過程が証明できないからな。それじゃあ検証が出ないのが問題なんだ」
「秒で寝るわ」
そう言って俺に枕をぶつけてから布団をかぶったカティは暫くなんか泣いていたけど、すぐに静かになった所で俺はとりあえず一階のトイレへと向かった。
その前に水を腹いっぱい飲んで……
「う、うえっ……」
クソ母親の呪と言うのだろう。
死別して何年経ったと言うのだろうかと思っていたのにすぐ側の女性の気配がこれほどストレスになるなんて想像できなかった。
何も知らないカティに気付かれませんように。
カティがこれ以上傷つきませんように。
ぐったりと便器を抱えながら吐き出す物を吐きだしてまともに歩けない足取りで何とか暖炉の前に辿り着くのだった。
結局カティ同様俺も寝たふりをすると言う苦行の疲れに暖炉の前で俺は少しうとうとと時間を過ごし、少し休んだ体で買いだしにいき、帰ってきたお昼頃にお互い顔を合わせた時にはまるで何もなかったかのような顔で食卓に近くの花屋で買ったマーガレットの花束を飾り、温かなジャガイモのポタージュと焼きたてのスコーンを食べるのだった。




