過密状態にご注意を 8
台所と土間を挟んだ横の部屋から今は塞いである囲炉裏の部屋まで机を並べて勉強の時間が始まった。
開け放たれた障子の外では大工さんが仕事をしている様子が見える。通りすがりに覗いて来たり、破壊音とかトラックにゴミを積む音が響く中勉強は進むのかと思うもそこまで神経質ならこんな所で合宿してまで勉強をする羽目にはならない。俺としては人の気配に敏感になるし、溢れる音に苛立ちも積もる。こう見えてもデリケートなんですと言いたいが誰に言っても鼻で笑われるだけなので口にはしない。
今回の合宿は第二種電気工事士の資格ゲットという大きな目標がある。成績アップ以外で初めて部活動としての実績づくりを目指す事になり、この資格も学校の許可を得ての物になる。既に学校で先生から説明を済ませてもらい、俺も試験問題をネットで拾い上げて対策問題を準備しておいた。解説文も拾い上げているので答え合わせの時に読んで徹底的に頭に叩き込む。問題だけなら中学生レベルで足りる問題なのだ。そもそも百二十分の時間で四択問題を五十問中三十問正解で良いのだ。誰がどう考えてもイージーなのに落とす奴もいる。誰とは言わないが宮下よ、諦めないでリベンジしたいと言って欲しい。
「いいかー、このテストは専門知識なんていらない代わりに過去問にとにかく慣れろ覚えろが攻略の糸口だ。攻略するには計算問題が苦手なら捨てろ。その代わりに他を徹底的に覚える。簡単なひっかけに気付く程度に頭に叩きつけろ。
筆記は六十%前後の合格ラインから分かるように事前に勉強さえすれば合格できる程度の難易度だ。難しく考えるなー。
実技は筆記を合格してから一か月以上の時間がある。そこはまだ考えなくていい。目の前の問題をひたすらこなせ」
「綾人ー。お願いだからそんな身も蓋もないことを教えないでー」
先生の注意が飛ぶものの
「この人数をフォローするのは無理なので、合格を目標にするなら切り捨てる選択もあ理だと思います」
「可能な限りあきらめないで頂戴」
宮下の例を知ってるだけに強くは言わないが、先生本職だからみんな分からないことあったら言ってねと見守る姿勢を取るつもりのようだ。
俺のお手製プリントを配ってよーいスタート。
上島弟は一般枠だけど巻き込んで全員が初見の問題に悪戦苦闘する。もちろんやる気を削がないように一日何回かに分けて問題に慣れせる。ありがたい事に一緒に勉強する仲間がいて、やっぱりやめたと言う環境ではない事がモチベーションにもつながるただの集団心理だが、一人で黙々と勉強するより断然身に付きやすい環境だ。何よりマークシートでの四択問題の上に合格ラインが六十点と言うハードルの低さが子供達のやる気を促すポイントにもなっている。一歩間違えれば勉強をする気を削ぐ条件にもなるが、さっきから見ていればそんな条件でも合格ラインに届かないこいつらをどうするべきか先生は頭を抱えていた。
取り敢えず三十分の時間でどこまで出来たか鳴ったアラーム音でテストを止めさせて各自答え合わせ。
取り敢えず全問たどり着いた上島兄と植田はまだ良い。
他は計算問題を回避してもまだまだ合格ラインには程遠い状況だ。
解答用紙を先生が集めて失笑。
「お前らに一つ大切なことを言っておく。これは四択のマークシート問題だ。分からなくってもとにかくどれかにチェックを入れろ。ひょっとしたら正解するかもしれないんだ。学校のテストも同じだ。分からなくてもとにかくチェックを入れる。この試験の一番大切な姿勢だ」
そう言って俺にもう一度別の問題を配らせて三十分のタイマーをかけて
「始め」
これは教科書を読んで覚えると言うより過去問から類似する問題が出るとわかってる以上問題を繰り返すことで覚えるテストだ。だけど元々が勉強何それ?と言う奴らばかり。再び鳴ったアラーム音で回収するも少しコツを覚えた植田が一人合格ラインに乗った。
ここまで答え合わせの休憩時間を挟んで九十分。初日の初回とすればまあまあだろうか。
先入観もなく受けたテストにぐったりとする様子に休憩を入れるその前に
「水野、悪い。烏骨鶏の位置ずらすから手伝ってくれるー?」
「りょうかいでーす」
言えば「そう言えば烏骨鶏野放ししてないですね」と何故か全員ぞろぞろとついて来た。
いつもはのびのびと好き勝手に庭を闊歩する烏骨鶏達は狭いサークルの中を行ったり来たりとうろうろしている。なんとなく今の俺達も同じだなと苦笑。陸斗の不思議そうな視線を受け止めるも何でもないと次も場所を指定する。そして生えていた植物は総ては筋を残した状態で水野達に手伝ってもらった先で勢いよく突き始めるのだった。
「烏骨鶏のサークルもう一つ作ったらどうです?」
「何度も移動するの面倒だろ」
決して広いとは言えない物の狭いと言われたら反論できない広さに表面は良くても中はまだ怪我の状態だと言われているものの抜糸して引き攣った痛みはないので少し考えてみるも
「だったらお前らがここにいる間にサークル作って烏骨鶏様のお世話をしろ」
先生は縁側でごろんと寝転がりながら何かの本を読みながらの発言。エロ本でない事を祈る。あまりに馴染み過ぎてどこのおっさんだと思うもいつの間に持って来たのか漬物と日本酒片手にちびちびやりながら俺達に目を向けずに
「予定より早く来たんだ。それなりにここの暮らしを体験する機会を得たんだからやってみるのも勉強だ。
都合が良い事に作り方がわからなければ見本もあるし大工の人もいる。話しを聞くのも試行錯誤するのも立派な勉強だ。それに網戸を直すと言うミッションもある。
ありがたい事に廃材も必要な網戸の網もあるし、納屋に金網もある。
言いだしておいて実行しないと言うのは子供の言動だ。まぁ、お前達はまだガキだが、学ぶべき物が多いのも子供だ。
だが、口に出した以上責任が伴い、学ぶ。先生は人生の生涯は勉強だと思うがお前達はどうだ?」
何か言いたげに、でも反論する言葉を持ち合わす事無く沈黙をする。
「言うだけは立派なものだ。先生としてはそれを実行する行動力を見せてほしいと言ってるだけだ。
なに、何でも自力でやれと言ってるわけじゃない。頭を使って今あるこの環境を有効に使えば良い。ただしどこぞのアホみたいに金の力でねじ伏せるのは禁止だ」
ぎろりと睨まれてしまった。何が悪いと思う物のそれだけの事をやった反省はある。今も若いが完全に若気の至りだ。歯止めを知らないガキの暴走はやりすぎたと言うか、父方の親戚が一家離散したのは俺だけのせいじゃないと思うし俺だけが悪いとは思わない。
強いて言えば自業自得だ。
それを全部知ってる先生が毎週のようにやって来るのは、風呂とご飯をたかりに来るだけが全ての理由じゃないのを俺は知っている。




