本と嵐と 5
しかも各種手続きが必要な書類の手続きが済んでおり、後は時間が進んで切り替わるだけの状態。むしろよくそこまで気が付かなかったなと言うのが本音だろうか。
ケリーの父は経営者にしてはいけない人物だと思わずにはいられないのは俺と一切情報を得てないのに俺の態度だけで結論したエドガーもだろう。
本を机の上に置いて
「とりあえず弁護士としての助言はこの状況になるまで会社を守りきれなかった弁護士の解雇を。当面落ち着くまでは知り合いの弁護士を……」
「いや、そちらは俺が紹介しよう。こう言う事に強い弁護士を何人か知っている」
何故か二人は無言で視線を合わせて頷き
「そうだな。今後ひょっとしたらそっち方面からの情報が貰えることを期待してレックスの紹介を受けよう。ただしこちらの状態も伝わってしまう事を前提で引き受ける。
向こうもそれが旨みで引き受けるのだろうからお互い様だ」
言えば
「そうなると我々が不利になるのでは……」
兄もちゃんとこの狭い業界でこの噂は一気に広まり信用が地に落ちた状態で援護されるのかと不安な顔を隠せないでいれば
「金的な処理を先に済まそう。
出来るかぎり物を処分しないで、残りの証券とか保険とかそう言った物の処分で進めて行こう。勿論この大きな家も、人数も減って要らなくなった作業場もだ。店は良い所にあるから維持したい。
そこでだ。
ケリーの授業料を俺に預けろ」
ポンと差し出した手を全員が眺めていた。
初対面のケリー兄は盛大に俺を見て何を言ってると言う顔をし、父と母に至っては理解に苦しむ顔をしていた。
そしてレックスはやれやれと頭を振りエドガーは盛大な溜息を吐きだす。
「アヤト、目的を言わないと理解に苦しむ言葉になってるぞ」
やれやれと言うリアクションが様になるエドガーはケリー一家と向き合って
「アヤトはこう見えても私の知る限り指折りのトレーダーでもあり投資家でもあります。
ケリー氏の授業料を資本に借金の金額を与えられる時間の中で増やそうとしています。アヤト予定は?」
エドガーの紹介を当然と言う様に何の反応もないまま
「明日フランスに戻ってそこから学校が始まる前日まで五日間稼ぎまくってやる。失敗してもケリーの授業料の元本は責任を持って保証する。手数料はケリー、懐かしの肉体労働だ。お前もフランスについて来い。こき使うのは当然だがそこで資産運用のやり方を教えてやる。今時の零細企業が利益だけで会社は成り立たない時代になっている。ましてや趣味が高じたような仕事…… 怒るなよ?
会社の運営を顧みてないのがそう言われても仕方がない結果だからそう言われるのも当然だ。
会社の利益だけで会社が回るのが一番の理想だ。だが今時社会貢献をしてなんぼ。と言っても思いつくような手はこれと言ってない。だからその前にせいぜい宝飾と言わなくても社会人になったばかりの子供を相手にネット販売をやって知名度を上げて行こう。ジェームスの世代の目線で少し大人びた辺りのデザインが想定だ。社会人になって手にした労働の対価を正しく搾り取ってやろう」
「アヤト、本音が漏れてるぞ」
エドガーが小声でささやいてくれたけど全員には聞こえている所は気づいてないふりをする。
軽く咳払いをし、少しだけ真剣な目をして
「これを始める前に断っておく。
これはあくまでもエマーソン家の怠慢だ。
俺はケリーとは友達と思ってるからこそ共に勉強すべく相手として手を貸すが、俺の本来の目的はこの国に学問を学ぶべくこの地に居る。
たった五日間でどれだけの成果が上げれるか判らないがとりあえず目標金額三百万ポンド。はっきり言ってこんな短期間じゃ無理だけど出来るだけやるぞ」
エドガーに向かって言う。投資金額を十倍にするぞと気合を入れればレックスが頭を抱える。
「あの悪夢が再び……」
少なからず綾人が二十億円無作為にかき集めた時市場は少し荒れたそうだ。絶対安全な株が一人の投資家によって大量に買われたり、それが一瞬で売り払われたり巻き込まれた企業は阿鼻叫喚の悲鳴が止まらなかったらしい。なんの乗っ取りかトレーダー達の間でも話題になり、聞こえた噂では日本のトレーダーが相場を荒らしていると話題になった。
全体を見れば大した金額ではないが、それでもあまりに早い売り買いと決断の躊躇いのなさに誰も予想を付ける事が出来なかった。どれも手当たり次第という様に統一性がなくそれこそ犬にかまれたと言うような傷跡を残してその後何の接触もなく過ぎ去った嵐の如く荒らしに荒らして行った張本人とまさかパブでの投資講座で集まる約束をしていた場で遭遇するとは思わなかった。
まさかな……
それなり稼いでいる投資家だとは思っていたが、その後フランスで城を即金で買ったと噂を聞いたのでバーナードに頼んで彼の懐具合を探ってもらうのだった。
そして解明した錬金術。
「えぐかったな……」
そう、周囲の迷惑なんて一切関係なくただひたすら目標金額に達成する為に駆け抜けたと言っていた。
ただどうやってもその短期間で良くかき集めたなと言う金額は耳を疑うけど、恐ろしいのはちゃんとそれを使い切ったと言う。しかも個人的な買い物ではなくてだ。
裕福な暮らし、贅沢に囲まれたと言うような事を想像したけどどれもこれも自分ではない血縁のない赤の他人に向けて使い込んだと言う。
「俺にはジイちゃんがとバアちゃんが残してくれた家と山があるからいいんだよ。それに自分の為にじゃなく見えるかもしれないけどここに来ればオリオールのご飯が食べ放題だしオリヴィエのバイオリンも聞きたい放題だ。これ以上の贅沢がどこにある」
至極当然と言う様に言い放った言葉に確かになと納得はした。だけどおかげで崩れた相場に翻弄されて大惨事になった人達は確実に居る。資産運用で手堅く進めていた人に取れば悲劇の一言だろう。
だけど綾人は言った。
「本当にその企業の魅力に応援する人には被害はなかったはずだ。その程度は見極めてるよ」
空恐ろしい言葉だけを信じればトレーダーによる金儲けをしている人たちだけが悲劇に巻き込まれただけだと言う。
「もしくはそこまでの価値がないのに、って言うのも何件か通り過ぎたかもしれないけど、それで持ち直せなかったらそれが真の実力って奴だね」
「アヤトは何時か刺されても仕方がないぞ」
思わず言ってしまうも肩をすくめて
「用事が済めば深山の山奥に引っ込んでるから問題ないね」
次はないような事をにおわせていた。
なのにだ。
「頼むからあまり被害を出さないでくれ」
「被害を出しても問題ない所を攻めるから。主にEU圏に手を出すつもりはないから」
その言葉を信じたい。
だけど今の綾人は何故かヤル気になっているのでその言葉は全く持って信じられない。信じ切る事が出来るわけがない言葉に聞こえた。
とりあえず明日フランスに戻るチケットを予約して早々に寝る事にした綾人はケリーの部屋のベットにちゃっかり潜り込んで独占し、翌朝ケリーとエドガーを連れてフランスの城に戻るのだった。
ケリーはとりあえずと言う様に草刈りを押し付けられ、エドガーは見てしまった。綾人の本気を……
レックスが警戒したように綾人が反旗を翻して移動した会社の株を大量に買い、それと同時に契約を止めた会社も買えるだけ買い、周囲の注目が上がった所で総て売り払った鬼畜ぶり。大きいとは言えない会社だけにそれなりの金額にはならなかったもののその影響はかなり引いて、一年を待たずに破たんした結果にエドガーは綾人は裏切りには容赦ないと改めて穏やかな口調と長閑な性格に隠された雇い主の気性の激しさに一度乗った船は降りる事が出来ないと勝手に思い込み、会社を辞めて独立しても綾人との付き合いだけはやめる事が無かった。




