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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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めぐる季節の足跡と 7

「ウコが増殖してる」

「兄貴がオスを一羽投入したって言ってたから」

「ウコ、増えすぎだろ」

「ほら、綾人が前にフランス行ってた時に絶滅になりそうになったから、今回は戻ってきた時もふもふ羽毛100%を堪能できるようにって頑張ってた」

「で、一体何羽まで増えた?」

「二十羽超えた所だよ。ちゃんと綾人の好みに合わせて真っ白なウコで統一してあるから」

「リア獣のハーレムか。半数ほど絞めてエサ代を取り戻そう」

「綾人ごめんー!調子乗りすぎました!ちゃんとお金払うからうちにも分けて!!!」

 宮下が大声を出したせいか慌てて逃げ出そうと飛べない鳥の代表なのに羽をばたつかせて止まり木に逃げようとしたり産卵箱に潜り込もうとしたり、残りのチキンは部屋の隅で固まって置物のように動かなくなってしまったものの、三つほど数を数える合間に大丈夫だと言う様にまた藁の上を歩きだす様子にホントどうしようもないトリ頭だなと呆れ半分、チキンだなんて言えない図太さに感心しながら宮下と一緒にウコハウスから脱出をした。

 そして久しぶりの我が家。

 オリオールや飯田さん達のクッキーの大半を残して何とか真冬の怪談を許して貰えた後なので柔らかな陰影で統一される空間に余計にホッとする。

 朝から大和さんがストーブで家の中を温めてくれたおかげで家の中はほんのりと温かく、薪はくべてないけど五右衛門風呂も洗って水を入れて置いたと言うサービスに宮下の家で先にお土産を置いて来て良かったと頼りになる兄貴に感謝をしながらもおみやげはおばさんが持って行ってしまったのを申し訳なく思う。

「ほっとするよな、この埃臭さとロケットストーブの煤の匂い」

「この匂いが綾人の家だって思うよね」

土間を上がって畳の上を歩くも隙間だらけとは言え空気の入れ替えをきちんとしてくれたおかげでじめっとした感覚はなく、部屋の真ん中でトランクを開けて仏壇に土産を持って行く前に

「お水変えなきゃ」

「じゃあ、俺は五右衛門風呂沸かして来るよ。ついでに離れの竈にも薪を置いて燃やして来るから」

「悪い、ありがとう」

 なんて言いながらもいそいそと仏壇のお水を変えて明りをつけて、蝋燭に火を灯してお線香をあげる。そこでようやくお土産を置いて手を合わせる。

「ただいま。またすぐに向こうに行く事になるけど夏にはまた戻って来るから」

 留守の間はよろしくお願いしますと語りかける。他にもやっぱり留学しても入学した大学は学ぶ事が多くて楽しいとか、異文化も新鮮で興味が尽きないとかバアちゃんに語りかける様に話しを聞いて欲しくてしょうがないと言う様に声をかける。

 きっとその為に宮下は風呂に薪をくべに行ってくれたんだと言う時間をありがたく思いながら土産話を語り続ける。

 シンと静かな家の中で俺の声が一人響くのをなんだか懐かしく思いながら仏壇の前から失礼して囲炉裏に火を灯す。

 その横に置かれた荷物を片付けながらまた数週間後に出掛ける為のトランクに詰める予定のリストを見て圭斗の家の受け取りでネットで注文をしておく。勿論圭斗の家にも連絡を入れるのも忘れない。

「綾人ご挨拶終わった?」

「ああ、悪い。なんか結構言いたい事があって長引いた」

「うん、それはきっといい事だと思うよ。弥生ちゃんいつも綾人が学校の事話してくれないの気になってたから、きっと喜んでると思う」

「だったらいいけどね」

 留学を期に契約を辞めたウォーターサーバーの代わりに廊下の一角にはミネラルウォーターのペットボトルのケースが山のように積まれていた中から一本のミネラルウォーターを取り出して口へと運ぶ。

 この山奥の家では冷蔵庫に入れる事で凍らせない理由と言う様に土間の暖気が広がらないように閉めていた廊下ではとにかく寒く、絶対冷蔵庫以下の気温、摂氏が上回ってない室内の場所で置きっぱなしに振動を与えると凍り出すと言う過冷却現象を見せてくれてちょっと楽しい。

 散々高校生達に見せた現象だが冷凍庫にダンボールのまま放り込んで三日ほどしても真ん中あたりに凍ってないペットボトルが何本かある。

 そのペットボトルで目の前でコップに注いでやると一瞬にして凍り出すと言う現象に喜んでもらえるから止められないでいる。うちに来る高校生辺りはまたやってるなんて言われるけど、原理を知っていてもそれを目の前で見ると面白いと思う。だから先生は化学は楽しいと言うけど、その点は全く持って賛同する。

 過冷却現象を楽しみに何年か前に漬けた飯田さん作梅酒に水を注ぐ。

 急激に動き出した分子が結晶化する接触凍結を楽しみながらグラスの中に小さな柱状の氷を形成してご満悦に眺めながらぺろりと舐める。

 うん。

 冷たい!

 分かっていたけどその冷たさに震えていれば

「あー、もう。早速呑んでる。

 すきっ腹にお酒は良くないから何か作るよ」

「虹鱒食べたい!塩ジョリジョリの皮の塩焼きが良い!」

「ああ、もう時間がかかる物を。とりあえずするめでもあぶって食べて待っててよ」

 なんて言いながら俺を甘やかしてくれる宮下は五徳に金網を置いて一枚のするめを置いて生簀へと向かって行った。

 餌は配合しておいたものを用意しておいたから宮下が毎度ながら餌を上げてる様子は動画で確認してるけど……


「綾人どうぞ」

 そう言って渡されたはらわたを取って串刺しにされた冬眠中の虹鱒なのに脂をたっぷりと蓄えたプリップリの様子にどれだけ餌を上げたんだと思って宮下を睨み上げれば

「あれだよ。

 餌をあげると近寄ってくる烏骨鶏にミルワームをあげちゃうように生簀に人影を見つけると集まってくる虹鱒を見て素通りできないようにね…… ゴニョゴニョ」

 つまりだ。

「強請られるまま餌をあげたと言う奴か」

「うん。綾人あまり餌あげないから…… なんて思ってたけど、結構水汚れるんだね」

「水が汚れると思った時点で餌のやりすぎを疑え」

「兄貴にも言われた……」

 一応反省はしているらしい。

「下の生簀にも汚れた水が流れて行くから注意しろよ」

「うん。おかげでモズクが二美味しかった」

「くそっ!食べごろを逃したっ!」

 言いながら焼けた虹鱒を齧って

「しょっぱうま~」

 日本酒を添えてくれたのでありがたく頂きながら久しぶりの至福の時間を楽しんでしまう。

 はふはふと魚の身と共に飛び込む熱を吐きだしながらこの至福の一瞬を楽しんでいればにこにこと笑う宮下。

「宮下も食べろよ」

「うん。もちろん。だけど今はまだお腹いっぱいだからいいや」

 別に食べて飲んでるわけでもないのに嬉しそうな顔で五徳の上で焼かれるするめを裂いている様子をなんだかずいぶんと久しぶりのような気がして、たかだか四カ月程度。これから何度繰り返すのだろうかと考えながらもそれは止めて、今あるこの至福の時間を楽しむ様に新しい生活の報告をしている間に先生の車の音が聞こえる。

 今年の正月も賑やかで楽しい予感しかなく、この慣れたルーティンのような生活も愛しい時間だと言う事に改めて気づき

「綾人ー、風呂沸いたー?」

「どうだろ?宮下がいれてくれたから先生様子見て来てくれよ」

「ああ、しょうがないな。おや、するめとは珍しい」

「なんか正月って感じだよな」

「よくわからんけど、虹鱒焼くなら先に言ってよ?」

「宮下、とりあえず二匹頼むな」

「もう!二人とも言うだけなんだから!」

 言いながらも甲斐甲斐しく世話をしてくれる宮下にありがたくもぷりぷりと怒りながら虹鱒を捌く姿は先生と笑いあって見守るいつもと何ら変わりのない光景に改めて家に帰って来た実感をする綾人だった。



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