めぐる季節の足跡と 3
暫く動きのなかったLIMEにいきなりメッセージが飛び込んできた。
「ずいぶんと連絡もなしにいきなりですか」
『冬休みなので帰ります』
あっけないほどの短いメッセージに苦笑してしまえば
「薫、何かいい事があったのかい?」
「はい。綾人さんが冬休みなので帰って来るそうです」
「そうだね。もうクリスマスだからね。お正月ぐらいは帰って来たいと言っていたので向こうのクリスマスを楽しんでから帰って来るのかな?」
「やはり一度本格的なクリスマスを楽しんで見るのも醍醐味ですからね。
そうだ、いつごろ帰って来るか聞きますね」
何て返信をすればチャイムが鳴った。お店側ではなく裏の従業員通用口から。
思わず時計を見てこの時間に誰だと思って青山はカメラ付きのインカムで予定のない来客を警戒する様にうかがえば
「え?うそ?なんで、もう?!」
思わずと言う様に通用口へと向かう様子に飯田もその映像を見て驚かずにはいられない。
「綾人さん帰国するなら飛行機に乗る前に連絡ください!!!」
聞こえもしないのにカメラに向かって吠えながら青山同様慌てて迎えに行く姿を見て
「おやおや、皆。綾人君のお昼ごはんの用意しなくちゃね」
高遠が何かもう一品作らないとなとのほほんとした声で冷蔵庫を物色するもクリスマスの予約で手いっぱいの店内にそんな余裕はない。
「しかたがない。青山の目が綾人君に向いている間に青山の部屋の冷蔵庫から物色してくるから少し頼んだよ」
「高遠さん相変らず勇者ですね」
「あとで怒られるの判ってても止めないんだから仲が良いよね」
ふふふと笑いながら何があるかな~と鼻歌交じりに調理場を出て行くのを見送る高遠の手下は既に盛りつけられたサラダを削りながらもう一人分用意して行き、クリスマスチキンは今晩山ほど焼く予定なので豚肉で作るユールシンカを切り分けて食べる事にしている。本日鶏肉は勘弁してほしいとこの調理場全員の無言の訴えだ。まだ切り分ける前なので間に合うと笑っている間に食堂の方が賑やかになって来た。
「圭斗達には家を温めて貰う為に連絡入れてたからすっかり連絡したもんだと思ったんだよ。
クリスマスで忙しいから飯田さんにはこっちに着いてから連絡入れればいいやって思ってたら飛行機の中で木下のじーさんに声をかけられて飛行機降りたらお茶する事になってさ。やっと解放された時にはすっかり忘れてて、店の前でタクシーを降りた時にやっと思い出せれたんだから急いでLIME飛ばしたんだから誉めてくださいよ!」
「俺は忙しい時は忙しいので無理だと常日頃ちゃんとお伝えしているのでそんな所で変に遠慮しないでください!」
「青山さん、飯田さんがおこでかわいいです!」
「そうだね。薫にしては怒っているはずなのに嬉しそうな顔してるから楽しいね」
あははと笑いながら大きなトランクケースを床に傷つけないように飯田が持ってやって来るのを相変らずの馬鹿力に一同感心しながらも食堂の一角に置かれたトランクケースを早速と言う様に開いて
「これ皆さんにお土産です!」
赤と白のワインとウイスキーのお土産だった。
「あとオリオールからのクリスマスクッキーとか」
山ほどのお菓子を缶に詰めてくれた物が机の上でお披露目となっていた。
「山の手下達ならお菓子で十分だけど、青山さん達だと難しいからね。とりあえずオリオールのお菓子以上のものを見つけるのは難しかったからこれで勘弁してくださいと言われて納得。
「確かにね。高遠と薫がいれば大体の物ならなんでも用意できるから難しかったよね」
なんてくすくすと笑う青山だが他の皆さんは早速と言う様にオリオールのクリスマスクッキーを摘まみだす横で空いたスペースに飯田と高遠で代わりにおかしをつめるのだった。
「まぁ、俺達は仕事終わりにみんなでこっちを楽しませてもらうけど、綾人君はせっかくのクリスマスなのに帰って来て良かったのかい?」
聞かれるも
「クリスマスはもういろんな所にお呼ばれされておなかいっぱいだよ。
オリオールの所もオリヴィエ達も一番の繁忙期じゃないけど忙しいし、ロードの所も忙しそうだったからね。とりあえずこの二カ所に顔を出しておいたし、大学のクリスマスイベントも終わったからね。ほら、みんな家族と過ごそうじゃん?飛行機代だってばかにならないから帰らない奴らもいるけど、教授にも挨拶して来たしもう許して欲しいって所だよ」
疲れた様に笑う理由の一番としてここのところずっとクリスマスメニューを食べ続けてお腹が苦しいんだと言う本音。飛行機の中もクリスマスメニューだった。
「まあ、毎日だと結構疲れますからね」
うんうんと頷く皆様は食べる事はなくても作り続けるその労力でお腹いっぱいだと理解する。
「でも、ここに来た以上クリスマス料理を食べてもらうよ」
「高遠さんのお料理は別物なのでどんとお願いします!」
言えば飯田がにっこりと綾人の目の前のプレートにパンを山盛りに盛り付けるのを見て密かに嫉妬してるな、相変わらず大人げないと言う様子に誰もが笑い声を上げるのだった。
お土産を渡して強引に昼食をクリスマスパーティにさせた後綾人は電車の時間があるからとパワフルな事に深山へと帰ると言うのを青山も飯田も止めなかった。
本当は一日だけでも休んで行けと言いたかったが見てしまった物は仕方がない。
トランクケースに沢山詰められたお土産の数々。
きっとあの山の家で待ってるだろう子供達の為に用意されたクリスマスプレゼントをクリスマスの日以外に渡す理由は初めての留学の年ではあるわけがない。
来年からは遅れたりとか空輸とかそう言う言葉も思い浮かぶが、今年ばかりは気合を入れるだろう予測して微笑ましいと見守っておく。
「では、お正月は例年通り山の方に遊びに行かせてもらいますね」
「はい、待ってますから。
その頃にはいろいろ荷物が片づけれると思いますのでゆっくり遊びに来て下さい」
そんな別れ際の約束。忙しい時間を迎えるからと店の前に呼んだタクシーに荷物を入れる間の挨拶を青山は見守りながらのお見送り。
「また向こうに行く前には挨拶に寄りますのでよろしくお願いします」
「うん。ちゃんと日付と時間が決まったら連絡をくれればいいから」
また皆で一緒に食事をしよう。
この店の大口投資をしてくれるパトロンと言うべき綾人からお金を取る事は出来ないし、年に数度しか顔を見せてくれない綾人の一食の食事なんてたかが知れている。いつになったら投資以上の見返りを求めて来るのだろうかと青山は待ち構えているが、きっとお金では計算できないような、例えばこうやってふらりと足を運んだ時にみんなに歓迎されて楽しく一緒に食事をする時間と言うお金に換算できない物を求められていると考えればやる事は一つ。
「さて、来年もまたこの先も綾人君に来てもらえるように頑張らないとな」
去っていくタクシーに向かって手を振っていれば隣に立つ飯田も
「はい。是非とも頑張って行きましょう」
実家ではなくこの店を継ぎたいと言う甥の逞しい言葉に少なからずかかるプレッシャーをどこか心地よく思いながら
「さて、開店までの準備は問題ないだろうな!」
気合を入れて問えばまた料理の下ごしらえに戻るキッチンの賑やかさが返事となり、青山は誇らしい気持ちで『Mon chateau』見上げていた。




