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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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スケジュールが溢れかえって何よりですって言う奴出手来い! 8

「綾人だ!綾人が本当に来た!!!」

「本当に来たってどういう事だよ」

 夏ももうすぐ終わりそうな気配もない夏の終わり、城のキッチンでオリオールに歓迎のお茶会を開いてもらっていれば事前に今日来る事を聞かされて浮き足立っていたオリヴィエがマイヤーの家で音楽家仲間との練習を終えて自分で運転する車で一目散と言うように帰ってきた。

 アパートの契約とかうっかり購入したアンティークな家とかでちょくちょくこっちには来ていたけど、売れっ子のオリヴィエと中々顔を合わせる事が出来ず、去年の雪が降り出す前に会えたのが最後だった。

 大歓迎と言うテンションに両手を広げて見せれば子犬が飛び込んでくるように飛びついて来た。

 ただし、いつの間にか俺より背の高くなったオリヴィエにあっさりと押しつぶされそうになるけどそこは日々畑で鍛えた体で何とかこらえて見せた。

 農作業、やる気と腰が命です。

 何か判らん一句できた。

「それにしても大きくなったな」

「綾人は小さく…… 可愛くなったね!」

「気を使って言い直さなくても良いんだぞ……」

 遅れてやってきたマイヤー達も久しぶりの再会に浮かれているオリヴィエが俺の背中に張り付いているのを見て笑っていた。

「マイヤーも久しぶりです。春の日本の公演以来ですね」

「ああ、綾人もついに来たか。

 あの時はたくさんの差し入れをありがとう。みんな大喜びだったとイイダにもまた伝えてくれ」

「お店の人全員で頑張ってくれましたからね。美味しく食べてもらえるのが一番の褒め言葉ですね」

 なんて言いながらも俺は鞄をがさごそと漁って

「マイヤーにお土産です。

 チョリさんに聞いて好みの日本酒をもってきました」

 何てその銘柄を見せれば嬉しそうな顔で手を伸ばしてほおずりする始末。

「日本酒はほんと飲みやすくて水の様だと思ったらなんのなんの」

 飲みやすくって気付いたら酩酊状態だったのだろう。一応アルコール度数で言えばワインと似たような物だからね。

「俺も日本酒飲んでみたけど、白ワインに似ているようで独特だね」

 きっと匂いに馴染がないからそう思うのだろう。

「オリヴィエは飲めたんだ?」

「一口貰っただけだよ。だけど飲みなれないから……」

 物によっては俺だって苦手となる日本酒はいくらでもある。だけどその前に

「初心者ならワインと同じように水で薄めて飲めば良かったんだよ」

「は?日本酒はストレートで飲むって聞いたぞ?」

 驚きのオリヴィエの顔に

「日本酒は既に水でアルコール度数を調整してあるんだ。だから水を足しても氷を足しても問題なし!」

 そう言う所じゃワインと一緒だよなーと言えばオリオールを始め子供の頃はそうやって飲ませてもらったと笑い話で言う理由は単にお水の方がワインより高いお国柄事情だろう。高いワインは本当に馬鹿高いけど日常で飲む所謂テーブルワインは本当に安いと思う。ただそこはお国柄事情、水がサービスの国なので幾ら安いワインが出回る様になってもやっぱりサービスには勝てない。

 それはともかくだ。

「さあみんな荷物を置いたら食事にしよう!

 今日は綾人が来てくれたお祝いと大学進学のお祝いのパーティだから楽しみにしていてくれ!」

 リヴェットとオラス夫妻とオリオールの元奥さんを始めマイヤーの家で出会った音楽家達も喜んでテーブルに着いて行く。

 そして全員が席に着いた所で

「ではこの城のオーナーでもあり、我々の永遠の友である綾人の……」

「はい、カンパーイ!」

 オリオールの挨拶を無視して俺はグラスを掲げて乾杯と叫べば皆さん料理が待ちきれなくって乾杯と叫んだ後ナイフとフォークを持つ手を懸命に美しい料理の並ぶプレートへと我先にと伸ばすのだった。

 オリオールはこの光景はわりと毎度の事だからやれやれと言う様に苦笑してマイヤーとお土産の日本酒を楽しみ始めた。


「所で綾人は何を勉強しに行くんだい?」

 初対面の日、マイヤーの台所で料理を振るおうとして飯田さんに場所を奪われた挙句にあの日のご飯の賛辞までかっさらわれた人はもうそんな事気にしないと言う様に取り分けたチキンをナイフでさばきながら口へと運んで聞くので

「得意な数学とコンピュータサイエンスだね。

 プログラミングはそれなりに出来るとは思ってるから、何か便利な機能をプログラムで出来ればいいなって思ってるんだ。とりあえずプログラムの方は問題ないけどその何かを探す為に来たと言っても良い」

「へー、すごいんだね。何言ってるか判んないけど」

 学校に通った事のないオリヴィエは今通信教育で勉強をしている。この発言からわかる様に数学にはあまり興味を持って貰えないようだった。

 一応勉強の仕方を教えたりはしているが、社会人としての仕事の合間なのでまとまった時間が取れなくってなかなかはかどらないけど今はやっと高校生ぐらいには成長したと思っている。陸斗の一つ下のオリヴィエだが、それでも空いた時間を使って音大に入学できる程度には音楽特化な知識は与えた。


 ジョルジュ亡き後、奥さんのカーラからオリヴィエの住むこの城にジョルジュの蔵書を贈呈された。

 持って行ってねと言う言い方は処分がめんどくさいのだろうと思ったけど、一応カーラも奏者なのでこの手の本は大切だろうと思うのにオリヴィエに渡した所を見るとやっと勉強する気になったオリヴィエに是非とも目を通して欲しいのだろうと言う意味合いと俺は思うのだった。

 実際この城の書庫に頂いた本を並べた時ぱらぱらと読んでみた物の中々の面白い内容もいくつかあったし、オペラなど理解する為の本もかなりの数があった。

 壁一面の本棚の大半を埋めたジョルジュの蔵書は圧巻な景色を作り出して一気に書庫らしくなってほれぼれと眺めてしまえば

「ふふふ、すごいでしょ?

 あの人天才なんて言われてたけど、努力と勉強を重ねて手に入れた物なのよ。

 簡単に天才なんて言って欲しくはないわ」

 誇らしげにカーラが笑いながら少しだけ目を細めて

「だからオリヴィエみたいな本当の天才を見て、ああ、本物の天才っているのねって神様を呪ったわ。

 だってそうでしょ?何も学ばなくても感性であのレベルになってしまうのですもの。

 時代背景やその土地の空気、作詞家の内面まで理解できるようになったらあの子……」

 本当の孤高の一人ぼっちになってしまうわ。

 声に出せなかった言葉を俺は理解できた。

 とても寂しくて、寒くて、心細くて。それを鎧に平然とした顔をするようになるのだろと想像は容易い。だけど俺は今なら断言できる。

「大丈夫ですよ。ここにいる限り沢山の人がオリヴィエを待っててくれて構うのですから。そう言った面を何も持たなかったオリヴィエはようやく立って歩き出す事が出来たぐらいなのだから、飛んだり走ったりするまでにはまだまだ十分時間が必要です。その頃にはきっと沢山の友人と仲間に支えられて笑える日々になるはずですので俺達はただ信じて見守ってあげましょう」

 悪さを覚えたら叱ってあげればいいですしねと笑いながら言えばカーラは複雑な顔で俺を見て

「綾人も思ったより不憫だったのね」

 腐っても鯛。

 何年も一線から退いていてもジョルジュ同様心の内を覗こうとする視線はすべて見られたと言うようなほどの居心地の悪さをおぼえるものの

「俺の事はもう大丈夫だから問題はありません。

 そしてオリヴィエも、こんなにもジョルジュに大切にしてもらってたのに気付くにはもう少しかかると思いますが、あの子なら必ず気づいてくれるから大丈夫ですよ」

 オリヴィエの未来はまだまだこれからだと言う様に焦らず見守りましょうと言えばカーラの少し怒ったような声。

「そんなにも暢気に待ってられないわよ。

 こっちは残りの人生を数えるばかりなんだから、私もあんなふうに満足した顔で逝きたいわ!」

 きっとあのコンサートの日の事を指しての事だろう。

 同じ血の通わない親子のあのような語らいは生涯どれだけ交わす事が出来るだろうか。

「私だって羨ましいのよ!」

 そんな嫉妬に俺が何で怒られないといけないのか理不尽と思いながらも

「だったらそう努力すればいいでしょう」

「そうよ!その為のこの本なんですからね!

 いい?!私もその城に遊びに行くんだから!」

 えー?なんて思いながらも

「だったらオリヴィエの居る時に来て下さいよ?」

「当然よ!息子と娘は連れて来ずにそこは私とオリヴィエとの語らう場所なんですからね!」

 ふんすと鼻息荒く喚くカーラを見て、またひとりこの城を乗っ取りに来たやつが増えたと迷惑そうな顔とは反対に心の中ではそんな二人のきっとこれから温かい関係になるだろう未来にそっと微笑み……

 

 是非ともそんな謂れのある本を迎え入れた事で正しくこの本を理解できるようにオリヴィエに知識を増やす事を当面の目標とするのだった。





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