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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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戦う為に 6

 いつまでも謝罪する背中を眺めているのも何なので先に車の所で待っていた。

 いつの間にかやって来た住職が挨拶をしに足を運んでくれたが

「うるさくて悪いね。あれが俺の生みの親。

 檻から出てきて今頃墓に手を合わせに来たらしい」

 肩をすくめての説明に何やら痛ましい目で俺を見るも

「話は噂話で聞いた程度だけど、ああやって謝る事が出来て宜しいではないですか」

 何とか持ち上げる様に言ってくれるが

「親の死に目より不倫相手を優先して、亡くなったら亡くなったで財産探しに家探しして何もないと判ったら一度も手を合わせに来なかった奴に今更謝られても意味はないんですよ。バアちゃんの願いは死に目に一目ででも息子に会いたかったそれだけなんですから。今更墓石に向かって謝っても遅いです」

 あの日の出来事を思い出しては最後に子供の名を嬉しそうに呼ぶバアちゃんの声が何度もリフレインする。それは呪のように俺を追いつめていき、俺が今も許せない理由となる。

「本当に今更なんですよ」

 怒りはあれど肩をすくめて興味はないと言う様に近くの自販機にお茶を買いに行けば住職も申し訳なさそうに一礼して社務所に戻って行った。

 悪いね。今日はおしゃべりできるほど余裕ないんだと言う様に待っていれば

「まだいたのか」

「いて悪い?」

「いや、待ってもらえるとは思ってなかったから」

 確かに待つ必要はなかったかもしれないが

「連れていきたい所がある」

 眉間を寄せる顔を懐かしいと声をかけるのも迷惑がられてるのは理解する表情だがそれすらどうでもいいと車に乗り込んでエンジンをかける。

 どこに連れて行く気だと言う様に乗ったのを見て車を走らせた。

 因みに少し距離があるのでさっき一緒に買ったペットボトルのお茶を渡して後は無言の時間。

 さすが俺に興味を一切持たなかっただけあって会話すら弾まない。話をする内容すら思い浮かばない。

 苦痛すぎる。

 苦痛すぎて車に乗る前に何でお茶を飲んだんだろうかと後悔しながらきりきりと痛む腹を抱えながら約一時間ほど走らせた隣町へとたどり着いた。

 車を降りて見上げた白い建物に眉間を寄せて

「何だここは」

 固い声に

「あんたが合わないといけない人がいる場所」

 言って俺は重い足取りで前回の記憶と同じ道を辿る様に足を運ぶ。

 だけど足音は一向に着いてこないので振り向けば、固まったかのように建物を見上げる男に

「一応面会時間決まってるんだから。ぼさっとしてないで」

 スーパーのビニール袋を手にした俺を不思議そうに見ながらも引きずるように足を運ぶ音を聞きながら受付を済ます。

 そして案内された階へと向かえば初めて見るだろう病院内に目を見開いて驚いていた。

 エレベーターホールの正面に小さな受付があり、そこから先の廊下はしっかりとガラス製の扉が閉まっていた。その扉はその先が良く見える様になっていて、壁ではなく檻が並ぶ廊下に完全に足が動かなくなっていた。

「こんにちは。予約した吉野です。どうです?」

「香苗さんですね。昨日は少し熱が出てますが今日は落ち着いてますよ」

 穏やかな声のふくよかな女性の笑顔に違和感しか感じないのか顔を引き攣らせながら一歩も動けない人を無視して

「じゃあ無理して合わない方がいいですね」

「そんなことないですよー。

 前回の怪我もちゃんと治ったけどまた骨を折ってしまってお部屋からは出れないけどそれでよければどうぞ」

「また折れましたか。仕方がないですよ。薬の副作用でしたね。仕方がないです。

 それより叔父は会いに来てますか?」

 ぱらぱらと面会履歴を調べるようにノートをめくるも

「最近は忙しいようで半年前から会いには来られてませんね」

「ふーん。楓の授業料稼がないといけないから仕方がないか。

 あと差入れ大丈夫です?」

 スーパーの袋を見せれば

「中身だけ預かりますね」

 言われてお願いしますと渡す。

 スーパーの袋の使用方法がえげつないのでそれすらも危険物として取り上げられるのは当然の対策なだけ。

 アルファベットの書かれたチョコレートに濃厚な昔ながらのキャラメル、子供の頃から変らないパッケージのビスケット。古い記憶でもよく食べていた物を用意する俺って親切だよなとチェックを入れてもらう様子を理解できないと言う顔で見ていた男に

「さあ、もう六年ぶりか?あんたがした事の進行形の過程見ておけよ」

 その手を引っ張ってロックが外れた扉の中へと引っ張って入った。

 拒絶するような足取りは山暮らしでしっかりと鍛えた俺の脚力には敵わなくずるずると一つの部屋の前へと連れてこられた。

 鉄格子の付いた窓と衝立代わりの壁だけのトイレ、そして病院によくある真っ白のベットの上で眠る一人の女性を見て言葉をなくすように立ちすくんでいた。

「あー、今は拒食のタイミングだったか」

 それはなんだと言う様にぎこちない動作で振り返って俺を見る男に

「周期的に拒食と過食を繰り返すんだって。

前見た時はかなりふっくらしてたけど骨を折って身動きできない間に拒食になったのかな?」

「なったのかなって、お前は何を……」

「心配しないで。ここは病院だからそう言った面もケアしてくれるんだ。正直一人暮らしどころか退院何て夢のまた夢だし、叔父さんの家にお世話お願いしますなんて言えないから。ほら、婆ちゃんも施設暮らしだし、前回いろいろあって俺とは一緒に暮らせないから病院にお願いするしかないんだよ。もう躓いて足を踏ん張っただけで骨が耐えれないし、それにすぐにね?」

 すぐになんだと聞きたそうな顔をしていたがそこは俺はぼかして言わない。

 言えるわけない。

 二四時間監視が必要な人間の行動する事なんて言葉にする俺の方が苦しくて口に出せない。

 すー、すーと寝息を零す様子に受付の人に

「良く寝てるけど薬飲んでます?」

「そうよ。良く寝れるからって欲しがるけど飲み過ぎは良くないからね」

 愕然とする男に俺は視線を向けて

「これがあんたが見栄を張った結果だ。

 完全に人一人の人生をぶち壊しておいて前向きに生きるなんて反吐が出る。

 ああ、俺の人生もぶち壊してくれたな。

 だけど俺はバアちゃんとジイちゃんががたくさん助けてくれて今も助けてくれてるから自力で何とかするつもりだ。

 俺の事は忘れてもらっても構わないが、あんたは一生オフクロに謝罪して生きろ。まだこんなんでも懸命に生きてるんだから、自分がしでかした独りよがりの人生の付けをきっちり払えよ」

 一度や二度心を入れ替えただけでは取り戻せないオフクロの人生に愕然とする男の手を引っ張って病院を出ればそこにはオフクロの兄貴の彰夫おじさんがいた。

 俺を痛ましげに見た後隣に立つ男を見て顔を真っ赤からどす黒く変えて掴みかかろうとした瞬間、その場で身体を小さく折りたたみ

「すまない!申し訳ない!こんな事になってるなんて!申し訳ない!!!」

 両手をついて頭を地面にこすり付けていたが、それだけで叔父さんが許せるはずもなく、無理やり掴んで持ち上げたと思ったら思いっきり殴っていた。

 うわぁ……

 優しい面しか知らなかっただけに素直に驚いたけど、止めるつもりは全くない。

 二度、三度と殴りつける音とうめき声が聞こえたけど俺は何の感慨もなくそれを眺めている間に病院から人が出て来て止めに入ってくれた。

 だけどまたすぐに膝を折って両手をついて『すみません、申し訳ない」と謝り続ける姿を何の温度ももたない心で眺めるのだった。





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