短期滞在の過ごしかた 10
部屋に戻り、三つ並んだベットの真ん中にオリヴィエは飛び込む。ちなみにエキストラベットは窓際のテーブルを退けて置いたので、自然と俺がエキストラベットになった。支払いは俺なのに解せんと思うも、飯田さんがこちらにやってくる事の理由を思い出せば妥協するしかない。オリヴィエはすぐに着替えて隣の部屋のジョルジュの部屋を探索してくると裸足でぺたぺたと出かけて行く間に俺達はシャワーを浴びさせてもらう。
飯田さんはあれだけ食べたのにミニキッチンで何やら簡単なおつまみを作りだしてお酒を注文。まだ飲むんかーいと思うも食事中はお酒を飲まないジョルジュに合わせてワインも飲まなかった。折角のご馳走を前に我慢をさせてしまって申し訳ないとご一緒させていただきますとほぐしたサーモンとマッシュしたジャガイモを混ぜてチーズを乗せて焼くと言う、ちょうどお酒が来るころには出来上がってホテルの人もチーズの焼ける匂いに驚いていたが、何が驚いたってこれをレンジだけで作ってしまった飯田さんだろうか。と言うか何時の間にこれだけを仕入れてきたんだと言う驚きの方が上だが
「え?駅を歩いている時に売っていたので買っちゃいました。ジャガイモは城からもってきましたが、パンがあればもっとおいしいのに、しくじりましたね」
うん。飯田さんの鞄の中身一度全部ひっくり返して見てみたいと思うのは晩酌をしていた所に戻ってきたオリヴィエも同じ意見だったので酔った勢いのまま飯田さんの鞄の中をひっくり返して他にも美味しい物がないかチェックすれば案の定おやつがまだまだ出てきてそれも一緒に美味しく食べる事になった。
無事成人となったオリヴィエも冷蔵庫に入っていたワインを飲みながら飯田さんのおつまみを食べていたけど、やはり演奏後だから疲れたようでいつのまにか寝ていた事に気が付いて俺達も寝る事にしたが次の朝、朝食を誘いに来たカーラにこの食べっぱなしの惨状を見て飽きられるのだった。
「じゃあ帰り道は気を付けて」
「オリヴィエもまだまだ演奏会が続くんだから体には気を付けろよ」
駅の改札口前で俺と飯田さんだけでなくオリヴィエはジョルジュとカーラにもギュッとしがみつくような別れの挨拶のハグを交わす。
「ジョルジュも本当にありがとう。
体きついのに、でも聴きに来てくれて本当にうれしいから」
この先何度こんな経験があるのかわからないけど。
「あれだけ立派に演奏が出来る様になれば今更何も教える事はない。
演奏旅行中でも日々の練習を忘れずに、身体を大切にしなさい」
「それはジョルジュもだよ」
生意気にも言い返せばごしごしと頭を撫でられて悲鳴を上げる様子を皆で笑えばディーリーにそろそろホームに向かった方がいいと言われる。
「じゃあ、俺達はこのままフランスに戻って直接空港に行く事になるから」
「うん。フランスまでジョルジュとカーラを頼むよ。
あと、夏に待ってるから」
誘った手前フランスの駅までジョルジュ達を送り届け、タクシーに乗り込む姿を見送るまでが今回のミッション。
そしてまだまだ素直に心の内を言葉に表すのが恥ずかしいお年頃だけどちゃんと言葉にして伝える事が出来るようになったオリヴィエともう一度ハグをして別れの時間となるのだった。
後は予定通りジョルジュとカーラをフランスの駅で下してタクシーに乗り込ませて見送り、俺達も空港へと向かう。
別れ際に俺と握手を交わし
「アヤトとの出会いはオリヴィエにとってこれからも掛け替えのない宝となるだろう。
今回の旅行はオリヴィエの成長を見る事が出来て本当に良かった。私からも感謝しても感謝しきれない時間をありがとう」
穏やかな瞳は総てを判りきっている言葉で、同じ目をしていた人を知っているからこそ何も言い返せなくただ黙って抱きしめて言葉にならない思いをぶつけるしかなかった。
そんな俺にジョルジュはオリヴィエにしたように俺の頭をくしゃくしゃと撫でての別れとなった。
俺達も直ぐにやって来た電車に乗り、飛行機は空いていたので飯田さんと一緒に隣同士の席を選ぶ。
やっぱりファーストって楽ですねーなんて棒読みの死んだ瞳の飯田さんの感想に俺も盛大に頷きながら止められないよねーとシートを横たえさせてさっさとお昼寝の体勢にはいる。飯田さんはまだ寝るつもりがないのか何やら飲み物を買いに行った様子を最後にきっと二度と会う事はないだろう人の優しさを抱きしめて俺は眠りについた。
東京で飯田さんと別れて真っ直ぐ家に帰る事にした。
寄り道をしようと思ったがそこは沢村さんに任せ、気持ちよさを抱えたまま懐かしの薄暗い町を見下ろす駅へと降り立った。
「よお、お帰り。フランスはどうだった?」
「圭斗ただ今。
飯田さんに待ち伏せさせられる罠にはまったんだけど、先生は家かな?」
「飯田さんが待ち伏せ?って、あー、何だか要らないお節介したとかどうとか言ってたんだけどその事?」
「やってくれたよ。飯田さんを派遣してくださいました張本人です。とりあえず文句は言っておかないとな」
「お手柔らかにだ」
見てる方が可愛そうなくらい頭抱えて悩んでたぞとフォローする様子に俺はとりあえずと言う様に
「まずはお土産。一度圭斗の家に寄っても?」
「陸斗達はお前の家で待機してるけど?」
「だったらまっすぐ帰る」
「ああ、みんな待ってるぞ」
その言葉にじゃあ急ごうかと車に乗り込んで一週間ぶりの我が家に帰れば待っていたと言う様に迎えに来てくれた高校生ズに荷物を渡して沢山のお土産をまず仏壇に!と注意を飛ばしながら、一人何故か正座で待ち構える先生の正面に正座で座った。
「飯田さんをありがとうございました。かなり助けられましたので感謝しますが無茶はしないように」
言いながら綾人はちょっと失礼と断って一度部屋に戻って
「また何かあった時助けてもらいたいので今回のこれはお返しします。とても掛け替えのない時間となったので、ありがとうございました」
高校生達もびっくりな俺の態度に全員が固まってしまった物の
「周りを頼れ。お前は肝心の所で一人で何とかしようとする。困った事に何とかできてしまう力もあるが……
良いか、お前はそれだけの恩をすでに先払いしてるのだから、一人で寂しい思いだけはするな」
あまりにも優しい気遣いに涙が溢れそうになる前に先生の手が頭の上にポンと乗せられてぐりぐりとこの顔を誰にも見せないように押し付けてきた。
「長旅で疲れただろ?圭斗に五右衛門風呂沸かせさせたから入って来い。
先生もさっき試したからちょうどいいはずだぞ」
どうやら一番風呂じゃないようだけど五右衛門風呂に限っては上の部分と下の部分で温度差が発生する為に二番手が一番ありがたく、小さく頷いて風呂へと逃げ込む事にした。
それから一ヶ月した頃ジョルジュが肺炎からそのまま旅だった訃報が届き、そこで初めて一人でそっと涙を流すのだった。




