短期滞在の過ごしかた 9
そうこうしている間に廊下が賑やかになってコンサートが終わった事を聞けばすぐにバタバタと賑やかな足音が近づいて来て
「オリヴィエ入っても良いか？！」
なんて確認する前にベルナールとクロードがやってきて、それに続く形でコンマスと指揮者の人が入って来た。
俺達もだがエヴラール夫妻が揃っていた事にも驚いて、皆さん汗だくなので握手だけの挨拶を交わしていた。
「アヤトもイイダも久しぶりだ！
城の方も時々マイヤーと一緒にご飯を食べさせてもらいに行ってるぞ！」
「すっかりオリオールの料理が楽しみで城に入り浸らせてもらってるから欲しい物があればどんどんとは言わないが強請ってくれ！」
そんな挨拶に皆さん「城」と言うワードに驚きを隠せなかったのでそこはベルナールが丁寧に説明をして皆さんを更に驚かせていた。
「ジョルジュ・エヴラール、私のデビューの日に貴方にバイオリンを演奏してもらった喜びは忘れられません。
今は愛弟子のオリヴィエと演奏できる喜び、これからも見守ってください」
「ああ、相変わらずメリハリのない指揮だが、それでも柔軟性と面白みを覚えたみたいだな。クソまじめな優秀なだけの指揮者から脱却できてこれからが楽しみだ」
そんな挨拶。感極まって涙をぬぐうも
「次に私と共に舞台に立つとするのならランドールを超えてこい」
これぞ激励。
どれだけハードルを上げるんだと苦笑するベルナールに遠回しに二度と同じ舞台に立ってやるかって言う嫌味じゃないかと言うのはクロード。あながち次があるかどうかわからないからこれが遺言にならなければいいのにと願いつつも彼の成長を願うのなら重すぎる言葉だなと少しだけ天井を見上げている合間にもどんどんジョルジュに挨拶をしたい人がやって来た。中にはピアノのソロを弾いていた人もいたけど、さすがにドレスは脱いできたようだけどサインをもらって喜んでいたのを見て終わりそうにない挨拶にカーラにそろそろと促してみた。
「そうね。サンドイッチだけじゃお腹すくから何か食べて帰りましょう」
日本とは違いまだまだオーダーを受け付けてくれる店が多いから主催者に挨拶をして
「オリヴィエはこの後の予定は？」
「ホテルに帰って明日の準備に備えるけど？」
ソリストと言う華やかな仕事をしているのに何て質素な生活だと驚くもそれがオリヴィエの今までの生活だった事だった事を思いだせば
「だったら今日は我々のホテルに泊まって行きなさい。
ベットも雑魚寝でも十分だろう。綾人が面倒見ると言ってるぞ」
人使いが荒い爺さんだなと苦笑いしながら俺はスマホを取り出してホテルに連絡を入れて俺達の部屋のエキストラベットを一台入れてもらうのだった。
さあ、もう逃げられないぞとオリヴィエに笑いかければ
「じゃあ、こんばんはジョルジュ達と一緒に帰ります」
「ああ分かった。宿泊先のホテルの方には明日の朝には戻ると連絡を入れておく。朝は私が迎えに行くから待っていて下さい」
「うん。
所で綾人は明日帰国だったよね？」
「残念ながら。帰ったらすぐに呼び出しがかかってるから滞在を伸ばせないのが残念だ」
「仕方がないよ。烏骨鶏も待ってるし、陸斗だってテストがあるとか言ってて忙しいだろうし」
今もLIMEで連絡を取り合ってるのは聞いている。
陸斗の片言のフランス語は主にオリヴィエが教師役をしていて、間違った言葉を教えないようにオリヴィエも演奏の練習の合間に高校卒業の資格を取る為に頑張っていると言う。なんだかんだ良い相乗効果が出来ていて同じ年頃の友達の少ないオリヴィエには希少な存在だろう。
最も陸斗自体友達が少ないから希少な関係性は変わらない物の、一緒に烏骨鶏の世話をした仲間と言う意識は当分続きそうだとその成長ぶりがどんな方向に進むのか楽しみにしておく。
「次は春の終わりから夏ごろには一度来たいからな」
「折角買った城に来ないと俺が貰うからな」
そんな風に声を立てて笑いながらふと思い出す。
「そうだ、ベルナール。さっきのお願いを一つ頼む」
「なんだ？あまり難しい事言わないでくれよ」
笑いながらも顔が引きつるベルナールにジョルジュもどこか楽しそうに目を細め
「オリヴィエが車の免許取れるようになったから演奏会がシーズンオフになったら車の免許取る様に面倒を見てくれ。
城とマイヤーの別荘を自分で移動できる位にはさせたいから」
言えばベルナールの顔がへにょりと歪み
「それを言うとマイヤーがオリオールのご飯を食べる口実が無くなるから取らせるなって言われてるんだけど」
まさかの妨害にみんなで笑ってしまう。
「仕方がないなぁ。とりあえずまだ免許取るタイミングは当分先だし、なんとかマイヤーを説得させるように」
「えー、それを言うと俺が出入り禁止になる」
「頑張れ！」
人任せのエール。
ディーリーから迎えのタクシーが来たと連絡を貰ったので俺達は主催者さんに再度挨拶をしてオリヴィエと共にコンサート会場を後にした。
二台に分かれて乗り込んでそれほど遠くないホテルへと帰る。ロビーで鍵を受け取れば既にエキストラベットは入れてくれたと聞いてオリヴィエの分の追加料金を先に支払い
「さて、ご飯にしよう。正直言っておなかが空いてしょうがない」
「はい、サンドイッチだけじゃ足りませんでしたね」
俺と飯田さんの意見にジョルジュも大賛成をして、ホテルのレストランに足を運び先日オリオールの特別料理を食べた後なので今日はみんなで食べたい物を食べると言うスタイルにすれば皆さんお肉好きな為にテーブルいっぱいに肉料理が並ぶと言う、こんな時間だと言うのに何て罪深い食卓になったのだと後ろめたくもこれ以上とないくらい満足を覚える食事となるのだった。
