星空が広がるように 9
日が昇る前のまだ十分に暗い時間。
薄暗くもなくまだしっかりとしっとりと暗い四時前と言う早朝と言うにも早過ぎる時間。
吉野邸は既に活動を始めていた。
二階で眠る陸斗は流石に降りてこない物の、飯田さんが早めに五右衛門風呂を堪能する物音に山口さんが気が付いて人生初めての五右衛門風呂を楽しんでいたのだった。その間に飯田さんは昨日の残りで朝食を用意する物音で目を覚まし、二人でガタガタと朝食を準備する物音で俺も目を覚ますことになった。
「いやあ、俺も五右衛門風呂初めての体験ですよ」
朝食の準備が出来上がる頃に山口さんが風呂から出てきて簡単に作ったと言う料理人の言葉を信じちゃいけない朝食を先に頂き、小山さんも朝食を食べた後に五右衛門風呂を体験しての満足げな言葉に俺も田舎暮らしも悪いもんじゃ無いだろうと小山さんのにこやかな顔に満足する。
ただ昨日の夜はお酒を飲んでしまった為に堪能する事も出来ず、そして今も出発準備をする飯田さんにのんびりと入る時間もなく慌ただしい物になってしまったのが残念だけど。それは次回来てくれた時にゆっくりと味わって貰えば良いと思ってる。
荷物を詰め込む間に改築中の小屋を見て
「昨日飯田に見せてもらったけど随分と気合入れましたね」
ギャルソン自ら持ち込んだコーヒー豆で淹れてくれたコーヒーを啜りながら体を温める。本当に美味しいコーヒーは砂糖もミルクも要らないとここでもプロの技を堪能する一口は本当に贅沢な瞬間だ。
気温は十九度。
薄らと立ち込める霧に体感温度は二度ほど低いと感じている。
紳士にジャケットを羽織る山口さんを見習って小山さんもパーカーを羽織っているが、これから東京に帰ろうとする飯田さんは白いシャツだけの姿だった。当人は
「車に乗れば関係ないですし」
としれっと言う。
確かにそうかも知れないけど風邪ひくなよーと心の中で注意はしておく。うん。風邪ひいたら笑ってやろうと思いながら意外に体マッチョなんですねと農業で鍛えてる程度の俺とは全く体の作りが違う姿は正直羨ましくないもん!と言うところだろうか。
それはさておき辺りも明るくなってきて霧も少しずつ晴れてきて
「それじゃあ高速が混み出す前に行きます」
「気をつけて。
あと青山さんにもご心配おかけしましたって伝えてください」
言いながら畑の飯田さんのスペースから採れた野菜を積み込むのを小山さんも山口さんも一体それは何だい?と生暖かい目で見つめていた。
その視線を一身に受けた野菜を飯田さんは自慢げに
「帰ったらシェフと一緒に研究の時間です。そしてみんなで試食ですね」
「なるほど。その野菜で賄い料理を作って昼飯になるのか?!楽しそうだな!!」
「羨ましいでしょう?」
ニヤリと笑ってトランクをバタンと閉める。
小山さんは羨ましいと隠せない顔をむき出しにして
「その野菜少し分けろ!」
「みんな楽しみに待ってるんです。分ける分なんてありませんよ」
まるで子供のようなやりとりを俺と山口さんは困ったように眺めて
「後でうちの畑のところから持って行って下さい」
「それはありがたいです。昨日はあんなにも美味しい野菜をご馳走になりましてありがとうございます」
「野菜しかありませんが、今度来るときはゆっくりとして行ってください」
「でしたらこちらのお家ができた時、皆様にお披露目する時はどうぞうちの小山もご指名ください」
「ええと、まあ、飯田さんだけじゃ大変そうな時はお願いします」
そんな約束を当人抜きでするのは正当ではない。だけど仕事となれば話は別だ。彼らとてプロ。依頼があれば調整して来てくれるのも仕事のうちと割り切るぐらいには飯田さんと青山さんとは信頼関係ができているし、俺達の関係に絡みたいと言って来たのは山口さんの方だ。細々とした縁の大口でもない顧客だろうが折角の申し出には是非お願いしますと頭を下げる。
小山さんがベテランという枠を通り越してしまった山口さんを引き抜いた理由はこのスマートな気遣いや気配りができるプロフェッショナルな人柄なんだろうなと気づけば飯田さん達も言い合いを終えて
「ではまた来週」
「夜中も高速が混むんだから無茶しないでくださいよ」
改めての挨拶は苦笑まみれで、走り出した車を谷間の木々で見えなくなるまで見送る。
そして俺と山口さんと当然小山さんもまぜてお土産の野菜を紙袋に詰めて後部座席へと置き、先ほど話した山口さんとの話に承諾をもらって二人共山を降りて行った。
見送る時刻は向かいの山の稜線が藍色に染まるまだそんな時間。
この山奥の家を知る人が増えたにもかかわらず途端に静かになった庭の真ん中で下を向くよりはと空を見上げれば薄い霧越しの東の明るくなりだした夜空に浮かぶ明けの明星を見つけた。




