冬が来る前に 9
昼食の時間は夕方になっても終わらなかった。
お母さんは様子を見に来た宮下のおばさんと一緒に待ったりとしだしてしまい戦線離脱。
お父さんはお昼の料理を出しきった所で早速夕飯の準備に取り掛かっていた。
畑で野菜を収穫してハーブも見繕っていた。勿論飯田さん秘蔵(?)のお肉も冷凍庫から発見して美しいボタン鍋を家のどこに在ったのか知らないけど台所のテーブルに並ぶ土鍋にボタン鍋を作ると張り切っていた。勿論鹿肉で昨夜から作り続けていた角煮はぷるんぷるんとした煮凝りくるまれていて、だけど脂肪分の少ない鹿肉で出来るのかと思っていれば味見をさせてくれた。
ほろりと糸のように解れて
「これはまた新しい食感」
「脂肪がほとんどないからな。ハンパに煮ても焼いてもぱさぱさになるだけだからな。それならとことん煮込んでここまで柔らかくしてやると食べれる物になる」
言いながら固まりの一つをとりだしてフォークで削り出せばぽろぽろと崩れ出し、ぷるんぷるんの煮凝りをスプーンで一掬いをしてぽろぽろに崩れた鹿肉と一緒に和える。そして山椒の実を砕いて一つまみ振りかけた。
「さあ、試食だ」
差し出された小皿に箸を取り出して食べれば鹿肉の繊維が煮凝りを上手く絡めて途中でぽろぽろ落とす事なく口に運べた。
口の中でジュワッと蕩ける煮凝りと、鹿肉だけではどこか物足りないビーフジャーキーにも似た食感は旨みをいっぱい凝縮した煮凝りによって口の中で一つになって行く。ぱさぱさなイメージだった鹿肉のしっとりとした食感、そして一滴も無駄にしなかった脂の旨み、さらに鹿肉のくせを消すようにピリリと効いた山椒。
美味しい期待は裏切らない。
解れ得てそこまで咀嚼する必要のない鹿肉だけど、味わう様に何度も噛みしめて、口の中には醤油と酒、みりん、ザラメで整えられた鹿肉のシンプルな味だけが残った。
バアちゃんの焦げ料理とは違うとほっとしたと息を零して余韻に浸っていれば
「もう少し煮凝りがあっても良いな」
言いながらまた鹿肉をほぐしだしてたっぷりと煮凝りを絡めていた。
その盛り付けに申し訳ないけどキャットフードとかああいうのを思い出してしまい、ビジュアル的にはどうなんだよと思いながら
「いっその事解した鹿肉を煮凝りで固めてみたらどうです?どこかの料理で寒天で固めるとか会ったけどあんな感じでもいいんじゃないのですか?」
「ああ、ゼリー寄せか。それも悪くないが、口に入れた時にゼリーと肉が分離する。口の中で絡めて一つにして味わいたい」
「ふーん、フランス勝利にもいいアイディアはないでしょうか」
何て俺の知識から検索するよりも早く飯田さんが
「ないですよ。そもそもソース文化ですから。あってもゼリー寄席がせいぜいです。パテにしたりとか、ああ、でもオードブルでおなじみのテリーヌが一番近いかもしれません。むしろこの状態ではペーストにしてリエットにした方がいいかもしれませんね」
「詰まらんな。
折角の鹿肉なんだ。ペーストにして鹿肉の食感をなくすバカがどこにいる」
ここに居たと言う様に飯田さんを見るも、お父さんの言い分が正しいと言う様に何も言えなくなってしまったが、どこかふてくされた顔はまだまだお父さんの手のひらの上で転がされる気分なのだろうと心の中笑っておく。
「まぁ、おかげでいい案は出来た」
言いながら竈から鹿肉を取り出してどんどん解して行く。
手伝おうかと思うもそんな隙はなくて、飯田さんにこうなると手におえないからと、飯田さんには言われたくないだろう言葉で俺は台所から強制退去させられるのだった。




