繰り返す変化のない俺の日常 2
飯田さんのマンションを出ていつもとは違う電車に乗って海を眺めていた。
漁港近くの食堂、正直言って汚いけど、すぐ隣の市場で上がった魚をさばいてくれる、鮮度大事なお魚を一番おいしく食べれると言うふれこみに迷わず暖簾をくぐるのだった。
ふれこみ通り市場に出回らない取り立てじゃないと食べれない希少な魚に舌包みを打ちつつ待ち合わせの人物を待つのは有意義な時間だった。
そして食べ終わる頃、俺が予測する通り二人はやって来たのだった。
「綾人、待たせたか?」
「綾ちゃん久しぶり」
ガラリと引き戸を開けて食堂の中にポツンと座る俺をすぐに見つければ俺はすぐに席を立って会計を済ませて
「悪いな、お盆出かけてたから墓参りにかわりにいってもらって」
二人がご飯を食べたか聞く前に店を出るのだった。
そして珍しい深海水族館を目指して歩けば二人も付いて来て
「いや、先生にもご挨拶で来たし仏壇の方にも挨拶が出来てうれしかったよ」
そっと静かに笑う夏樹を
「キッモ……
お参りしたけりゃ仏壇じゃなくて墓に行ければ十分だろう。
仏壇はそもそもしょっちゅう墓参りに行けない代わりにお参りする為にある物だ。
いくら仏壇に手を合わすより、お骨のある墓に手を合わせる方が身近に感じるだろう」
うわーと薄暗い深海水族館の大きいとは言えない水槽を覗きながら引けば
「お前が家に居ると家の中に入れてくれないだろう。
お前の気持ちはともかく、あのバアちゃんの家は俺にとっても思い出の場所だ。仏壇へのお参りぐらいじゃないとあの教師入れてくれないだろ」
「先生留守番も出来ないのか……」
真正面から不満を漏らせば
「でも綾ちゃん、後輩だって言ってたけど親戚でもないのに家の事任せて大丈夫なの?みんな家の中好き勝手に出入りしてるのに冷蔵庫の中身も勝手に食べてるし、本当に大丈夫?」
心の底からの心配してくれる様子に俺は真顔で言う。
「俺の親戚ほど油断ならない奴らはいないから、冷蔵庫の中身と引き換えに留守番をしてくれるのなら家の中でくつろぐぐらい訳もない」
少なくとも殺される心配はない。
そしてあいつらは俺の言う事に忠実なのは既に調教済みだからしんぱいもしていない。
俺の部屋のPCをいじくる事もしないし、そもそも俺の部屋にも入らない。
言葉に出して言った事はないが、うちに来る奴は全員察しているように俺の部屋に猟銃一式があるのでいたずらに入っておもちゃのように弄られても困る。鍵はかけてあってもそれを突破したいのが好奇心と言う物。だけどそんな馬鹿な真似はしない程度にあいつらはちゃんと理解をしているし、その為に猟の資格を取らせた奴、水野もいるぐらいだから。みんなの兄貴、パイセンの言う事はイエス!な単純な奴らには水野はちょうどいいお守りだと俺は思っている。
「夏樹たちが家に来るよりよっぽど安心だ」
言えば水槽のガラスに反射する二人の顔は反省でもするかのような苦しそうな顔。だけど俺の中ではそれはただのポーズでしかないと思っている。
たとえそれが真実反省している顔だとしても、それを覆せないくらい傷ついた俺の心はあの時のままのリアルな瞬間を色鮮やかに思い出せる、俺の記憶力の良すぎる点の悪い所だ。
あんなことはない度とないと判っているのに拭えない二人からの恐怖に俺は手を握りしめながら耐え続け
「そういやフランスに行ってたんだけど、お土産」
そう言って鞄の中から二人にわたすのだった。
今もあの寒さを越えた冷たさを全身で思い出してしまい、凍えるような水の冷たさを今体験しているかのように思い出すのを意識しないようにしながらラッピングした小さな物を二人に渡す。
二人はそんな俺の記憶の事なんて築かずに嬉しそうに受け取れば、
「綾ちゃん手が冷たい……」
「マジか?水族館の冷房で冷えたのなら温かい所に行こう」
夏樹が俺の手を握れば驚いたように俺を見て、入ったばかりの水族館を出て暖かな陽射しの下へと連れ出してくれるのだった。
俺を陽菜が面倒を見ている間に夏樹は近くの自販機でミネラルウォーターを買って渡してくれた。
「長旅で疲れてるのか?
俺達に気を使わずにしっかり休め」
あの時の事を思い出して、凍えた水に切り刻まれた記憶に身体まで思い出している事をまさか知るわけのない夏樹だけど、それでも心配してくれて好みのないミネラルウォーターを俺に渡してくれた。
俺はありがたく頂きながら一口飲んで
「軟水サイコー!」
硬水生活だった為に軟水の水を買って飲んでいたが、夏樹が渡してくれたほどの高度が低い物が手に入らず、久しぶりの飲み慣れた水に歓喜する単純な俺を見て笑う二人のまだ開けてないプレゼントがお揃いの指輪だと知れば二人は純粋に怒るのだろうかとちょっとだけ想像してみて、たぶん困ったようなどこか似ている顔を並べて嬉しいと言う言葉を吐くのだろう想像できる未来に今度はちゃんとした物をお土産にしようとこの水のありがたさの分だけ誓うのだった。




