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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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前向きに突っ走るぐらいがちょうどいい 2

 賑やかな食事の時間はテーブルに食べ物がなくなれば終わりを迎える。

 いくら待ってもおかずは増えない。夜食は用意してくれるけど、その前にオリオールは明日の仕込に入るのだ。

 ご飯の残り香にも余韻を求める様に食堂に全員が動かずにはいられない。

 綾人は少し人の目が多いからどうするべきかと思っていればタイミングよく凛ちゃんがぐずり出した。

「おねむの時間かなー?」

 何気なさを装ってみんなのアイドルを気遣ったふりをすれば

「お兄ちゃんに遊んでもらって疲れたかなー?」

 陸斗のここでのお仕事は凛ちゃんの子守。散歩に連れてったりおやつを食べさしたり、おむつはハードルが高いみたいだからオリオールが変わってくれてるみたいだけど、本を読んであげたり歌を歌ってあげたりと一生懸命子守りをしていたと言う。

 陸斗の記憶では子守と言うのは親から与えられる事のなく、代わりに兄と姉から与えられた物であって、それは手を繋いで歩いたり、学校で覚えた歌を一緒に歌ったり、当時の時代にあっても寂しくも懐かしい温かなお思い出だった。

 姉の香奈に至っては陸斗同様に構って欲しい年で、誰かの面倒を見るよりまだまだお世話をしてほしい年頃。勿論それは圭斗にとっても同じで、だけど面倒を見なかったら香奈所か幼い陸斗がどんなふうになるか子供でも想像できる恐ろしい出来事に一切の我が儘を言わず搾取する親と長兄から守るので必死な日々だった。

 ただ陸斗は本当におさなく、当時の思い出よりも圭斗から教えてもらった歌や何度来り返して読んだか判らないほんのほんの思い出の方が強く、今もそらんじて言えるくらい大好きな物語だった。

 もっともその本はとっくに捨てられてしまったけど。

 そんな懐かしさからゼロ歳児の子守は陸斗も緊張からの疲れを覚えてどこかウトウトとしていた。

「陸も今日は休んでいいぞ」

 慣れない子守りにお疲れ様とみんなからねぎらわれればオリヴィエももう休むと言って陸斗と一緒にみんなで雑魚寝ではないが、折りたたみの簡易ベットが並ぶ部屋へと向かうのだった。

 そうやって人数が減れば浩太さん達も何か察して

「じゃあ、俺達も先に休ませてもらいます」

 なぜかビール数本とどこからか現れたポテトフライを持って去っていくのを俺も食べたいと飯田さんにしがみつくのは当然と言う物だろう。

 ほら、オリオール明日の仕込をやってるからね。

 苦笑しながら色んな野菜を素揚げして塩コショウを振った簡単なおつまみを齧りながら反省会は始まった。


「で、お前な何飯田さんを怒らすような事をした」


 圭斗の言葉に俺は悪くないもんとそっぽを向いて

「オリオールの店で使っていた食器がリサイクルショップで売りに出されてたから買いに走っただけだ」

「綾人さん、リサイクルショップではなく骨董店とかオークションを一緒にしたら失礼ですよ」

「鑑定士が居るか居ないかの差で業務内容は同じなのに格差がある理不尽」

 日本語での会話なのでオリオールは何を言ってるか判りませんと言う顔で骨付きの子羊の肉を煮込み、丁寧にあくを取っていた。

「それで食器を買いに出かけたまでは良いけど、買えたの?」

 しゃくしゃくとアスパラを齧る宮下に

「もちろん。カールの顔の広さに助けられた形だよ」

「ふーん?」

 よくわからないと言うような宮下はパプリカも試すように摘まんで顔をほころばせる。

「まだ倉庫に眠ってる状態だった物をオーナーに無理やり頼んで倉庫から出してもらって、カールと一緒に状態や値段の相場を話し合いながら買い取って来たんだ。もちろん良い物が破損もなく数が揃っているからふっかけられたりもしたけど、一度要らないと判断して手放した物を再度手に入れるんだからそれぐらいはこっちも妥協したさ」

「まぁ、ここでレストランを開くと言うのはあの時まだ想定もしてなかったでしょうしね」

 飯田さんもビールを取り出して来て素揚げしたジャガイモを齧りながらリンゴの輪切りを始めていた。皮を付けたまま芯だけ取り、そのままなじみ深いホットケーキミックスにくぐらせて揚げ始めた。ふつーに良い匂いだと、想像できる親しみある味に出来上がるのをうっとりと待っていれば、あつあつのリンゴのホットケーキドーナツにシナモンと砂糖をまぶす暴挙をしてくれた。

「あああ、こんな時間なのに止まらない奴を、一人一個は食べれる奴だね」

「そんなにも数はありませんよ」

「いや、俺の計算ならリンゴ四個なら俺達で三個、オリオールと飯田さんで一個で十分なはず!」

 力説して説明すれば飯田さんは鼻で笑ってくれた。

 俺の計算の何が間違ってると言う様に眉間にしわを寄せれば

『綾人、なんかすごい良い匂いしてる~』

「飯田さん、ホットケーキでも焼いたのですか?」

 オリヴィエと陸斗が目をパッチリと開けてやってきた。

 二人が来た、となるとだ。 

「あー、やっぱりいい匂いしてるー!

 シナモン良い匂いだよねー!」

「すみません、こっちに来てから甘い物断ちしてたので」

 岡野さんの嫁さん、実桜さんが疲れた顔でも笑顔を隠せずにやってきて、旦那は平謝り状態だ。どう見ても申し訳なさを一切感じなかったが事情が事情なので笑うしかない。

「女性や子供がいらっしゃるのに甘い物を大人の男性が優先されるわけないでしょ」

 残ったタネでドーナツも揚げてくれているけど

「逆に足りなくて辛い」

「だったらそこの野菜もタネにくぐらせちゃいましょう」

 どんどん揚げますよーと、うきうきと野菜にホットケーキミックスを絡めて揚げ始める様子に岡野旦那はええ?野菜と!と驚いていたが俺はふと思い出してちょっと失礼をし、一つの箱を持って来た。

 部屋の片隅でがさがさとクッション材をかき分けて取り出したのは一枚の皿。

 それを飯田さんに渡し

「これで盛り付けお願いします」

 見せれば顔を顰めながらも一呼吸おいて脱力しながら笑みを浮かべる。

「仕方がないですね、オリオール!」

 そこから先はフランス語の怒涛の会話が繰り広げられていた。

 今度はフランス語が分らない側が全く何が起きているのか知らないと言う様に揚げたての野菜ドーナツを食べまくっていた。

 ただその横で、綾人と飯田、そしてオリオールが三人で綾人が持って来た箱を囲み、一枚一枚丁寧に取り出した皿を見て泣きだしたオリオールに俺達はドーナツと飲み物を持って食堂を後にするのだった。

 きっとここから先は、俺達の知らないフランスでの出来事の話しだろうから。


「あそこでレストラン開くって聞いた時は成功するか判らなかったけど、綾人が本気なら成功確定だよな」


 思わずと言う様にこの企画がまだ何処か綾人の自己満足を満たす為の物だと思っていた。だけどヨーロッパ中を駆け巡り、どこに流れたか判らない思い出をかき集めて持ち主に届けて再生を促す綾人の労力は自己満足だけでは済まされないレベル。

「なんか思ったより大変な事になりそうだね」

 なんて陸斗が言う物の

「大変どころじゃないぞ。離れを直す以上のイベントになってる。

 こうなると資金が幾らとかそう言った次元は越えてるから。

 今回のあれで飯田さんのストッパーは役に立たなくなっただろうから、宮下お前が綾人を上手く転がしてくれ」

 次は何をするんだ、たとえ相手を思う良い事だとしても限度があるとぶるりと体を震わせてしまえば

「判った。そこは任せておけ」

 ニカリと笑う宮下を頼もしく思ってしまったものの、宮下は綾人と全力で楽しむ派だと言うのをすっかり失念していた圭斗だった。





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