前向きに突っ走るぐらいがちょうどいい 1
夜、夕食の場になって俺達は再び綾人と再会した。
げっそりとしたその様子と飯田さんの通常モードとのギャップに拉致られていくところを見ただけに飯田さん怖いのレベルが上がった気がした。
だけど陸斗は気にせずに晩ご飯の準備をにこにこと飯田さんの指示のもと手伝う。オリヴィエも手伝う。勿論宮下も手伝う。
俺は綾人のお世話係となったが、何やらしくしくと泣いて俺の背中に張り付いている。お世話係になった理由の全部だ。
「飯田さんのオカンぶりがレベルアップしてさぁ」
しくしくしく。
涙は出てないので背中が濡れる事はないのだが、夢を見そうだなと振りはらいたくてもガッツリと背中に張り付く綾人は意地でも俺に聞かせたいようだ。
「飯田さんのオカンレベルを上げてるのは綾人だろ?いいじゃないか、理想のオカンになりそうで」
「今度やったらポリカーボネイトの波板の上で正座させるって言うんだ」
「それ絶対痛い奴だな」
「痛い奴じゃなくって拷問って言うんだよ。なのに三角じゃないから大丈夫ですって爽やかな笑顔で言うんだぜあのドS」
ああ、本人目の前にして言うかななんて日本語判る人達はみんな冷や汗を流すも
「あの程度で反省しないのならレベルを上げていくだけですよ」
板長の代わりに板場を統括する人間の闇を見たような気をした。
と言うか、オリオールの店から飯田さんが抜けて落ち目になった理由はこう言った人材の流出が原因だと思わずにはいられない。
しくしくと涙を流す綾人を無視しながら並べられたサラダのプチトマトを摘まんでいればやがてご飯のいかんになる。岡野さんの奥さんは働き者で一緒の時間働いているのに足取り軽くご飯の準備を手伝っていた。凛ちゃんはお父さんの腕の中で一足先にご飯を食べてお父さんとご機嫌におしゃべりをしている。会話をしているようだが何を言ってるのか一切不明だ。
そしてテーブルに並べられたシチューとサラダ、盛りだくさんの色とりどりな野菜をグリルしたものにはハーブの香りが漂っていて、とてもシンプルだけどたまらなく食欲がわく。
「これランチだったらいくらでも食べれる奴だな」
泣きまね綾人が泣き止んでへーと目と鼻で堪能してひょいと一欠片の野菜のつまみ食い。
「綾人ーつまみ食い禁止!」
すかさず宮下の教育的指導にもめげずに指先をぺろりと舐めながら野菜を食べて
「これ飯田さんが作ってくれた奴と同じ味がする」
言いながらオリオールに多分同じ事を言えばオリオールは笑いながら綾人と語らっていた。飯田さんの顔がクシュット歪み、オリヴィエは目をキラキラさせてオリオールを見上げていた。
「なんなんだ?」
笑う綾人に聞けば
「これオリオールの店の賄で良く出たメニューなんだって。
前の店で出すには素朴だし、だけど家庭で食べる親しんだ味だからってみんな真似して作ったんだって。勿論飯田さんもだ」
言えば少し顔を赤くしながら
「このニンニクとバジルの香りがまた格別で。後はオリーブオイルと塩コショウだけの凄くシンプルなのにこれだけの野菜が旨みを膨らませてくれるのです。ポイントは野菜の皮つきって言う所ですね」
「シンプルなだけの素材だと微妙な加減が左右すると言う分けか。俺はそこまで気にしないけど」
「我々は料理人ですからね。誰が作っても同じ味に仕立てるのが仕事ですので」
ドヤ顔の飯田さん。だけど綾人は少し顔を曇らせて
「同時に野菜の良しあしも露見する、恐ろしいな」
言いながらつまみ食いは止まらないと言う様にジャガイモをフォークで刺して食べだしていた。
「綾人行儀が悪い」
再びの指導に
「朝から食べてないんだ。飯テロなんてするからこうなるんだ」
きりっとした顔でもう待てないと言うように取り皿まで持ち出して来て一人早く食べだした様子に浩太さんも呆れていたが、朝から食べてないと言う事で温めるだけの状態のパンを温めてくれるのだった。
そんな様子にオリオールは飯田さんに指示を出す。
なんてと聞く前にオリヴィエとマイヤーが嬉しそうにカトラリーを手にした所で食べていいぞと言うGOさいんが出たのを言葉が分らなくてもみんな理解して同じように食事を始めるダメな大人達が居た。呆れたような溜息を零しながら岡野さんの奥さんを始めとするお手伝い組にもテーブルに着いて負けじと食べだす横では飯田さんはシチューの配膳をし、オリオールはメインとなる鶏肉をカリカリに焼いた物をテーブルの真ん中に出してくれるのだった。
香ばしい鶏肉の香りはが室内に一気に広がるものの、見た目は脂っぽさは全く感じられない。
そりゃそうだ。一緒に焼いただろうジャガイモがすべての鶏のスープを吸い取っていたのだ。出来上がりにワインと鶏の皮から出た脂、そしてマスタードをあえて作ったソースをかけた所でどうぞと言う様に両手を広げてくれた。
もうみんな食べだしていた手を止めて一気に鶏肉を奪いに行く。
「食べやすいようにカットしてあるので一人四切れまででお願いします!」
「たったそれだけ?!」
綾人の悲鳴に
「無限に食べ続けられそうだからに決まってますからね!」
なぜかやたらといい笑顔の飯田さんに納得する。飯田さんも虜になるくらいの美味い奴なんだと誰もが察すればどれが大きい奴か目が血走るぐらいに見開いて探してしまう。
「我々はプロなんだから。同じ大きさに切ってるに決まってるでしょ」
何て飯田さんは苦笑するも、もうどれでもいいからと奪いだした綾人はさりげなく肉付きのいい場所を持って行くのを見て出遅れたのを察した。
「あー!ほら、陸!ちゃんととらないとどさくさに紛れて綾人に食べられるぞ!」
なんて言えばかいがいしくオリヴィエもマイヤーの取り皿に鶏肉を取り分けている姿にマイヤーも驚きながらも嬉しそうに目を細めていた。
山での暮らしで鍛え上げられたオリヴィエの成長した姿に泣きださなくてよかったと思いつつも、確保した鶏肉を温かいうちにと口へと運ぶ。
ふわっとしたハーブとワインの香り。鼻を突きぬけて行くのはマスタードの辛み。旨みを感じる鶏の風味を引き立てる塩と胡椒。そしてカリカリの皮と肉汁溢れるスープが食感をどこまでも楽しませてくれる。
うっとりと堪能している間に食べつくしてしまえばあっという間にテーブルからカリカリに焼けた鶏肉を並べたプレートは下げられてしまった。
「美味かった……」
誰もがまだ一品食べただけなのに至福の表情を浮かべ、口の中に残る余韻を楽しむように鶏肉のスープを吸ったジャガイモで物足りなさを慰めるのだった。




