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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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俺達山の留守番隊 5

 翌日俺と圭斗と宮下は朝っぱらから先生にたたき起こされてパスポートを取りに行く事になった。園田達は良いなと俺達を見送るも

「綾っちまさかそこまではやらないっしょ」

 颯太は言う物の素直に返事を誰もしない辺り言い出した颯太も希望と常識を持っての言葉と言うのは言うまでもない。

「判らんがせんせーの頭の中には圭斗達にパスポート取りに行けって叫ぶ綾人の姿しか想像つかないんだ」

「奇遇っすね、。俺も「ちょっと悪いんだけどパスポート取ってフランスまで来てくれる?」ってすごくどうでもよさ気に言う綾人さんしか想像できないっす」

 水野の言い方に「どうでもよさ気……」何て所に高山は引っかかる物の

「えー?何か綾っちなら何で俺が取った時に取りに行かなかったんだよなんて暴君な事言いそうじゃないっすか」

 なんて植田のお言葉。あまりに当然と言う様に言う姿が想像できてお前ら綾人の思考に染まりすぎてる…… なんて項垂れてしまう。

「まぁ、俺達を育てたのは綾っちだしね。

 それよりも園田達は勉強しろよ。上島達は山側を頼む。俺達は畑側の草取りやってくるわ」

「うぃー。達弥いくぞー」

 言いながら鋸や鎌を持って裏山に上がっていき、植田は水野を連れて草刈り機でガンガン庭の雑草を刈り取っていく。高山は園田達の側に寝転びながらビールを傾け

「綾人が居ないのにお前らマメだなぁ」

「せんせーもぶれないっすね」

 高校生達は素直に夏休みの課題をこなす中、すぐ横で邪魔をする様に流れる高校野球の歓声。

「そりゃあこれが楽しみで来てるんだから」

 座布団を二つに折って頭を乗せてそよそよとそよぐ風の心地よさにテレビからの喧騒はいつの間にか聞こえなくなるこの瞬間が気持ちいいと思えばふわっと柔らかな布がかぶせられた。この静かな足音は下田か。意外と育ちが良いからか陸斗並みにドタバタはしない。

 夏休みになって出校日まで続く補修を終わらせて直ぐこっちに来ればかつて購入した家は何処か輝いているように見えた。外壁を塗り直して屋根を新しくガルバリウム鋼板に葺き替えてあった。ちょうど内田さんと会ったので綺麗になりましたねと褒め称えれば綾人が居ない間にまあみんなでガルバリウム鋼板の勉強会をしたと言う。圭斗の丁寧な説明に四苦八苦しながらも圭斗の手は借りずに何とか葺き替えが出来たと言う。

「これからは茅葺にトタンじゃなくってこっちを使う方が多くなりそうですからね。ただでさえお金のかかる事だから、せめて少しでも安くつくように我々も勉強しなくては、ですね」

 言いながら今では綾人の家を見て回る。

 襖と障子で途切れた部屋が広く開放的になり、欄間も外したせいか明るくなった気がする。そして小さな風呂場も真新しいゆにとっとバスへと変更され、坪庭を望む和室は品の良い花を一輪飾りたくなる部屋へと変貌していた。畳は置かないなんて言ってたが、結局この部屋には畳を敷いて、ある当たりあいつも畳の家で育った田舎の子供だなと笑っておく。

 階段を上れば二階の部屋へと入り、あまり弄らなかったのか俺の記憶と大した差はなかった。多少壁や畳を床にして天井を張り替えたぐらいだが、窓の大きさと開け閉めのしにくい窓に懐かしさがこみ上げる。空中ベンチは残してくれたのかそのまま座って暑い夏の空気を含む風を浴びながらぼうっと通り過ぎる電車を眺める。

 この景色が好きだった。

 この絵が好きだった。

 どこか錆びついたようなノスタルジックな風景。

 絵心があれば油絵の題材にすればマッチするだろうと何度考えた事だか。

 残念な事に綾人同様芸術の神様に見放された俺はただこの景色を目に焼き付ける様にビールを呷るだけの余裕しかないしがない人間。

 今日はビールがないのでいつものようにただ景色を眺めていればなかなか降りてこない俺に内田の大将が上がって来てくれた。

「何だ、起きてたか」

「すみません、ちょっと懐かしくて」

 離れ難くてとは言わなかったが、俺よりはるかに人生経験の豊かな御仁はニヤリと笑う事なく静かに頷いて

「綾人君は本当に良い子だ。

 ここは先生が一番お気に入りの場所だからあまり変えたくないって。けど経年劣化はどうしようもないからそこは手を入れようって事になってな」

「ええ、そうでしょうね。

 高校時代の綾人を知ってますが、けっしてそう言った心づかいの出来る奴じゃなかったのに、どうしたらこんなにも良くしてくれるのか未だに謎です」

 判っているつもりだが本人に聞いた事はないし、そんな些細な事気にもした事ない。結局教師と生徒と言う腐れ縁から一歩踏み込んだ付き合いは時折俺を見る目が誰かを重ねる様に寂しそうに見ていたのを全力で気付かないふりはしていた。

 悪いが父親代わり何て俺には無理だ。

 結婚はした物の子供はおらず、ましてや別れた妻のせいで女性恐怖症までとは言わないが結婚願望は見事消えうせた俺に子供なんて生徒で十分だ。こんなにも手間がかかり、世話をかけさせられて、目の離せない生徒何て外に居るだろうか。

 面倒を見てるなんて立派な事は言えない。だけど側で寄りそうと言うよりつかず離れず、そんな距離で見守ってやりたいと思う俺が確かにいて……

「恩には恩に返してくれる子です。吉野は代々そう言う気質なせいか、だからみんな吉野に頼り、尊敬をするのでしょう。綾人君は一郎が生まれ変わったと思わせるぐらいよく似た考え方を持ってるから……

 スケールは全く違い過ぎて心臓が持たなくなって来てるけどな」

 きっとアホほどの金払いの良さを指しての事だろう。確かに俺も頭が痛くなるが

「引退を決めていた長沢も俺の目の黒いうちは吉野の世話をすると張り切り出すし、古民家の若手も綾人君に会社を立ち上げてほしいなんてぼやく始末。アホかと言いたかったけど、横の連携は確かにないと仕事が成り立たないからな」

 言いながら笑い

「浩太の奴が雅治に会いに行ってきた」

 急に厳しい顔になる鉄治に

「何とか向こうの学校にも慣れて、友達も出来た。ただ……」

 ただ何とかなんて判るわけがないだろうと思うも俺の教師経験が微かな警告を放つ。

「やっぱり友人関係が厳しいらしくてな。友達は出来たけどこっちみたいに猿山の大将にはなれなくてな。勉強も遅れがちになりながらも必死に食らいついているけど都会のスピードについていけれないって香から聞いたらしい。

 最初はこんな目にあったのは陸斗君のせいだと言ったらしいが、今は香がちゃんと言い聞かせて反省させたと言う。

 これは自業自得だ。人を馬鹿にするから自分も馬鹿にされる。

 だけどまだ暴力を受けたりお金を奪われた経験をしてない雅治が泣き言を言うなんてふざけるな!と。

 浩太に会って甘えたくなったのだろう。胸にくすぶってた鬱憤は見当違いだと、香は今ちゃんと母親として雅治に向き合ってくれている」

 浩太が夏休みを利用して幸治を連れて久しぶりに家族五人そろって旅行に行った時の出来事だと言う。

 旅先でこのような会話はさぞかしその後が辛いだろうなと子供を持たない俺は考えてみるが

「だけどそうやって旅先で腹を割って浩太も話をするうちに、もっと雅治と話をする時間を作ればよかったって反省してましたよ」

 そうですか……

 何と言えばいいのか判らないが、たぶん答えなんて期待はしてないのだろう。幸治が後を継ぐと言った時のような嬉しそうな顔をして語る鉄治さんは孫を愛する祖父の顔で語るから、他人はただ聞けばいいだけの話しだ。

「またいつか一緒に暮らせると良いですね」

 なんて言うも

「何を言ってる。そんな日は来ない。

 雅治は何時か雅治を受け入れてくれる嫁さんと一緒に暮らすのだから、こんな年寄りが居たら嫁に逃げられるだろう」

 カカカと声を立てて笑い、暗くなる前には吉野の家に向かいなさいと言って下へと降りて行ってしまった背中を見送った後、眼を瞑りながら心地よい夏の風を受け止めて


「やっぱりあの三バカだけで俺様は十分だな」


 ほんの数日前の夢を見た。

 何て穏やかで平和な夢だろうと思うも、そばに置いていたスマホが騒いで意識は覚醒する。

 音を頼りに手探りでスマホを探して画面を見ればメッセージが一件。


『先生、パスポートの期限切れてないでしょ?飛行機のチケット取ったからすぐにフランスまで来て』


 その一文を見て俺は圭斗同様無言で山積みの座布団に向かってスマホを投げつけるのだった。




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