繋ぐ縁は確かな財産 1
そんな事があって綾人のヨーロッパ遊学は急きょ予定変更になった。
オリオール達といろいろ話を詰めて結局は入口の門からサッカーコートとその側に立つクラブハウスに向かって伸びる道を利用し、ここで小さなパーティでもしていただろう水道、ガス、電気が通る小屋を改造してレストランを作る事とした。
もちろん俺もオリオールも城でのレストラン運営を諦めていない。俺の目標はイギリスで泊まったロードの城のようにこの広大なサッカーコートを明るい花の咲き乱れる庭に作り変えてやる事だ。
リサーチもしてないし客が来るのだろうかまだわからない状態で着工と言うのは無謀と言う物。クラブハウスのランチタイムの経過を見て考えればいい、何より体力的な問題をクリアして行かなくてはいけない。六十過ぎての再出発。日々のルーティンは内容は同じなれど周りは一新する。このストレスにどれだけ早く適応できるかなんて、あと三週間でどうにかしなくてはいけない問題。動画で料理や風景、店づくりなどをアップしながら当面三人で回せる程度の規模で活動できる範囲から始まって、徐々に欲をかいて行こうと言う所。
とりあえずエドガーには悪いがこれからもつきあって欲しいとお願いして店の開店の為に俺と一緒に奔走してもらうつもりだ。とは言えキッチンなど家庭用から業務用へとシフト変更、トイレの問題もあるし、何より圧倒的に物が足りない。いやその前にだ。
「内装なんとかしたい」
俺の意見には全員が頷く。
前のオーナーの友人達が色々と記念のように落書きをして行ったのだ。放送禁止用語として名高い言葉から愛のメッセージと記念に書かれたにしては第三者には顔をゆがめたくなる言葉達に俺はおなじみのタクシーの運転手に大工の知り合いがいないか聞くも首をひねられるだけ。
大工は当然いるのだがこの国の皆様は基本Do It Yourself。自力で何とかしてしまうのだ。逞しい……
「圭斗達呼んだら来てくれるかな?」
「やめてください……」
まさかこの為に呼び寄せるつもりじゃないですよねと問う飯田さんにそっと視線を背けてしまう。やはり駄目だったかと思うも
「まずパスポートがないでしょう。旅行用のトランクもです。陸斗君の学校もありますし、今ある仕事を優先させなくてはいけないでしょう」
ごもっともで……
内装をああだこうだと動線を考えながら考えているうちに風に乗ってバイオリンの音が聞こえてきた。
オリオールとエドガー、飯田さんと作戦を考えている間にオラスとリヴェットがあの広間の掃除を買って出てくれた。あれだけ広いのにもうと思うもオリヴィエのバイオリンは気持ちよさそうに響いている。人見知りではない子だがそれはそれでなつきすぎじゃね?なんて思うも考えたら小さい頃から大人の世界で育って来たのだ。ほぼ初対面のじいさんを転がすのは得意と言った所だろうか。
むーんとこれもまた考え物だと唸ってしまうも直ぐにおーいと呼ばれる。
「そろそろ昼にしよう!」
いつの間にかそんな時間。オリヴィエとリヴェットが二人でテラスに机を並べて料理を運んでいた。
草原ではなくなった庭を眺めながらこれでも変わった、ここからだと言う様に足を踏み出すのだった。
昼食を食べた後飯田さんにお願いして車を出してもらうのだった。
目的はアンティークの家具を求めて先日足を運んだところにと思ってメトロを使おうと思った物の飯田さんがそれを良しとせずに車での移動となった。なのでオリヴィエは行く時にマイヤーの家に連れて行こうとしたものの、何故かオリオール達と一緒になって掃除に目覚めると言うわけのわからない事になっていた。まぁ、キッチンでリンゴをことことと煮る甘酸っぱい匂いがするので目的はそっちかと理解は出来たが、俺達はリンゴに負けたのかと少しの寂しさを覚える中夕方になっても帰ってこなかったらオリオールが責任を持って家に連れてってくれると言ってくれた。まぁ、家の前の道を真っ直ぐ行った所だから間違えようもないし、一軒だけ妙に新しくて立派なのだ。間違えようがないのでそこはマイヤーも心配するのでお願いする事にした。
因みにエドガーはちゃっかりご飯を食べてから次のクライアントの所へと向かった。ちゃっかりし過ぎだろうと呆れるしかない。
そんな俺達はいつまでも引きずる事はしない飯田さんとどんな家具を買うか頭を悩ませていた。
「大きな大テーブルは一つは欲しいですね」
「あの広間に列を作るようなテーブルっていいよね。なんかの晩さん会みたいな光景作れたら机は十分だよね」
「数で言えば文句なしですがさすがにあれをやるとなると…… 若さが足りませんね」
オリオール達を酷使するのは反対ですとキリッと言うのはいいがちゃんと前を向いて車を走らせてくれと言う物だろう。なんとなくシートベルトにしがみついてしまうのは当然だ。
「若さはあの自称シェフの人達で補おう。さすがに小山さんに来いとは言えないから」
「案外言えば喜んでくると思いますよ。山口夫妻を連れて」
「時差とかあるんだからさすがに悪いって」
そこまで無茶な事はさせませんと俺が飯田さんを説得させる中
「そう言えば綾人さんは時差大丈夫でした?」
「あー、飛行機の中で寝たし、こっちに来てからいろいろやる事いっぱいだったからいろいろしている間にすっかり体内時間が狂っていい感じにこっちに適応したよ」
「また無茶をしたのですか?」
「飯田さんに比べたら可愛い事だよ。こっちに来てから見る物感じる物すべてが好奇心をくすぐるから寝てる暇がないし、ビールやワインが美味しくて寝るタイミングはいくらでもなんとかなった」
「そこはビールとワインと言わずに料理と言ってください」
真面目な顔をして言うので笑わずにいられない。
そうこうしている間に車もふえて渋滞もはじめ、やっと駐車場を見つけて車を置いた所で一軒のアンティークショップの扉を潜った。
前回見た店ではなく全くの初見の店。一度足を運びたいリストに入れていたが、あまりに他の店が好奇心をくすぐられ過ぎて時間と足の疲れに訪問できなかった店へとやっと来れたと言う様に店をぐるりと眺める。
もともとは倉庫なのだろう。だけど倉庫内は古く立派な家具が文字通り山のように並べられ、それだけでもう迷路になりそうな光景だった。
だけどここに足を運びたかった一番の理由は、と言う様に店の奥へと向かう。
少し薄暗い倉庫凪いだが、そこだけはまるで外のような灯がともり、一人の老人が彫刻刀を持って板を少しずつ削っていた。
この店では職人が家具の修復をする光景を見る事が出来るのだ。
何百年前の家具を直し、そしてその家具に使われるニスを再現してぼろぼろだった事が嘘のように予備が選らせる職人が日々修理をしている。それを見たくてやって来たのだが、指先は歪に曲がり、タコも出来ている。事故でもあったのかつぶれたゆびさきはニスで黒く染まり、国も人種も関係なくその働き者の手を見てほっとするのだった。
その溜息に気が付いてか職人は手を止めて
「いらっしゃい。何かお探し物で?」
「はい。机といすを探してます。後他にもいろいろ見たい物だらけなので少し失礼させていただきます」
「ああ、俺はここに居るから、決まったら声をかけてくれ」
なんて挨拶をしていれば先客がいた。二階に続く階段から降りてきた人はこんな熱い季節だと言うのにスーツをしっかりと着た二人組がこちらにやって来た。
「すまないが二階の物を幾つか買わせてもらいたい」
「あと一階の小物も買いたい」
「ああ、いつもありがとう。人を呼ぶからちょっと待っててくれ」
言いながら人を呼ぶようにベルを鳴らして立ち上がる。
だけど俺は二階から降りてきた人を見て
「バーナード?カール?」
名前を呼ばれてか振り向いた二人は驚いたように目を見開き
「アヤトか?」
「やあ!ああ、ここであえるなんてびっくりだ!」
「いや、こちらこそ。まさか覚えて頂けてたなんて」
「なになに。あんな楽しい夜が簡単に忘れるわけないだろう!」
そう言って両手を広げて飯田さんだけが取り残された目の前で親しげに挨拶と言ってハグをするのだった。




