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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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夏の向日葵の如く背筋を伸ばし顔を上げて 6

 そこから屋根裏に上がり茅を回収されて何もない屋根裏を見た。

 がらんとした、こんなに広かったんだと眺めながらまた酷い画面揺れと共に一階に下りる。

 それから挨拶が始まり、内田さんの突きの一発が室内に響いた。

 その後の真っ白な埃と落とされた天井。むき出しの梁に茅葺屋根の裏側。

 ノスタルジック、と思うのかもしれないのだろうが暫く剥がされていく天井を眺める俺を映し出す映像の中では一滴の涙を流し、それを振り払うように背中を向けて埃とカビ臭さに辟易するかのように逃げ出す俺。自分で見ても全く持って不器用な人間だった。追いかけるように宮下がカメラを三脚に立てて定点カメラに変へ陸斗も一緒になってついて来る。

 それからは暫し大工さん達の腕の見せ所だった。

 天井の一部を剥がした後にその穴から二階の天井や畳などを落して行く。こんな便利な方法があったのかと、この一週間必死になってあの急な階段で降ろして片づけていたがお任せすればよかったと後悔。二階の床も張り替えるつもりなのかどんどん木材をばらして下へと降ろして行く。

「内田さん!電気の方は大丈夫ですか?!」

「ああ!ブレーカーも落としてあるし電気器具はみんな外してあるはずだ!

 この冷蔵庫の電源は母屋から引いている。塩ビの配管の中にコードがあるから気を付けろよ!」

「内田の大将が一番足元に気を付けてください!」

「てめえ!」

 笑い声の響く薄暗い埃まるけの室内のはずなのに灯りさえ感じる明るさに思わず笑みを浮かべながら誰もがマイ脚立とマイバールを持って手を止めない様子はまるで事前に仕事の役割分担を決めているような手際によさだった。もっとも得意分野と言う物があって自ら率先して自分の仕事をすればこの人数ならそう見えるのかもしれないが。

 そんな中、井上さんのカメラを覗く視線と目があった。そしてガチャガチャと三脚からカメラを外し持ち出してしまった。

「どこ行くんだろう?」

 宮下の俺のカメラと呟く少し焦った声と共に倍速で流している画面を見ていれば小屋の中から出てジイさんが解体をしていた倉庫に来ていた。

 そこには水道があり絶好の洗い場だと思っているのだろうか、残念な事にここで洗われていたのは野生動物の以下省略。

 今となっては耐性が付いたが子供ながらにショックを覚えて今でもあまり立ち寄らないこのコンクリ部屋は烏骨鶏の小屋の裏側になる。はい。今となっては烏骨鶏ハウスだけど、そのまた昔は立派な作業部屋で肥料として優秀な鶏糞にまみれているも、ここも内田一族に作ってもらったはずの家だったと思います。我が家は内田一族の作品で出来ているので間違い無いでしょう。そんな烏骨鶏ハウスの裏側の洗い場で障子を洗っている人がいた。障子紙を取ってヤニが出るから洗うんだっけ。やらされたよなと思い出とともに振り返って眺めていればすぐに洗浄のシーンは終わり、次はどこからかもってきた板をその場で速攻で作った作業台の上に置いて表面を研磨し始めた。

「木目が綺麗だなぁ!」

「今時こんなの買ったら凄い金額になるぞ!」

「いやまず手に入るかが問題だ。それを下板に使うなんてもったいない」

「合板で十分なのに下板にも細工して釘を使わせないなんて内田の爺様の意地を感じるな!」

 だから樵の家の改築は眼福なんだと綺麗に再生された柱や板が次々に運び込まれてステンレスのテーブルや即席で出来た作業台の上に置かれていく。だからそこは野生動物の、と心の中で突っ込みながらも次々に何人の手によって準備がされて行く光景は見ていても気持ちのいい作業だった。

 暫くその作業を見守るかの後にまた別の場所へと向かう。そこでは窓枠からガラスを外して歪みを直している人がいた。内田さんよりも年上でたぶん最高齢の人だろう。

 細いマイナスドライバーのような物で繋ぎ目を外すように枠を外しそっと曇りガラスを取りだし割れないように毛布に包んで側にいた人にトラックの板と板のの合間に挟むように指示を出して静かな場所で作業をしていた。

「長沢さんどうです?」

「いやぁ、さすがに手直しすると入口と合わなくなるなぁ」

 それだけの歳月が過ぎている事を遠回しに言う言葉に井上さんは長沢さんと呼ばれた建具専門の職人さんだろうかその人を手招きしてジイちゃんが何れと用意していた材木を見せていた。

 長沢さんは色々と触れながらふむと頷き

「内田を呼んで来い」

 そう言って井上さんはビデオを室内が良く見えるように置いたかと思えばすぐに内田さんを呼びに行って戻ってきた。その間長沢さんは何やら聞き取れない声でブツブツ言う物のやってきた内田さんを見て

「これは好きなのを使ってもいいのか?」

「そう聞いてます。ですが太いのは柱に使いたいので……」

「だったらこの木とこの木、それとこれは貰って行く。早い者勝ちだ。あと図面はどうなってる?」

「持ってきます。ついでに人を呼んできます」

 気難しい人なのか思わず見てる方もしゃんとした姿勢になる物のパシリとなった井上さんが居なくなった内田さんと二人きりとなった所で

「今時これだけの樹齢の木ははないぞ」

「そこが吉野さんの山なのでしょう。江戸時代からの樵と聞いてますが……」

「ああ、内田の師匠にはいろいろ作らせてもらったが最後にとんでもない家を持って来たな」

 笑う長沢さんの白く濁った白内障の瞳がこの暗がりでもよくわかる。

「最後とは?」

「さすがにもうすぐ八十だ。そろそろ引退しろと息子達にも言われてる」

「それ五年前にも言ってましたよ」

 二人して静かに苦笑。

「どのみち内田の爺様の家の手伝いをできるならこれを引き際にしようかと今思った所だ。

 十三で伝手をたどって奉公に出されて六十六年。最後に奉公先の家に戻されたならこれも何かの縁だ」

 思わず耳を疑った。奉公先の家?と思うも

「坊っちゃん方は居ないし奥様も居ない。誰も知ってる人は居ない代わりにお孫さんがいて、片づけようとした家にもう一度命を吹き込んでくれると言う。

 山の仕事は今とは比べ物にならないくらい苦労もあってガキだった儂には苦しかった思い出しかなかったが、知り合った内田の爺様のノミを操る手元を見ていた儂を吉野の旦那様はそんなにも面白いのなら修行に行けと話しを通して出してくれてな。それ以来手先の器用さから爺様に建具作りを専門に仕込んでもらって作らされてきたが、鉄治に家づくりを教えているのに俺にはと思ったが今となっては未練も後悔もない」

「今言うのもなんだが爺様の技を直接学んだ兄さんが羨ましい。爺さんは不器用な鉄治には無理だっていつも言われて拗ねてた」

 お互いくつくつと笑って大きく息を吸い込んで

「悪いが後はうちの工場に戻って仕事をさせてもらう。

 ここでは人が多すぎて集中が出来ん」

 そう言った頃井上さんが何人かを連れて来て長沢さんが指定した材木を必要な長さに切り分けてトラックに詰め込んで、荷台からはみ出した木材の先端に赤色の布を打ちつけていた。

 そこで

「すみません!お昼の用意が出来たので手が空いた人から母屋の方に来てください!」

 宮下の張り上げる声に長沢さんが

「なら食べて行こうか。畑に美味しそうなモロコシがあったがあるかなあ」

 のんびりとした声のまま内田さんと共に去って行く姿が映し出された後はただ何もない小屋がずっと映し出され、思い出したかのように井上さんがビデオを撮りに戻って来た所で映像は終わった。

 既に仕事は再開され賑やかな物音がいつもは静かな山奥に響いている。

 ビデオを見終わった俺達も何とも言い難い感想が溢れだそうとするも言葉を見つける事が出来ず、ただ椅子にどっかりと座ってPCのモニターを眺めていた。

 ただ言えるのは一度建てた家には沢山の思いが詰まっていると言う事で、いずれは片づけなくてはならないのだろうがそれまでは面倒が見れるうちは大切にしなくてはと改めて思うのだった。







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