行動力ある引きこもり程面倒でしょうがない 6
二日酔いもなく朝食も食べて、昨日のフロントの人にさよならの挨拶が言えたのは幸運だろう。タクシーに乗って電車に乗って目的のコッツウォルズに向かう電車に乗る。リアル世界の車窓からは色鮮やかと言うかイギリスらしい曇った空でも体感と言う感動はやってくる。そう言えば前に深夜テレビで『世界●車窓だけ』って言う番組があったがあれからもう見ないなと、ナレーションもなく雑音を拾いながらの外の風景を眺めるそれは今俺も体感していて感慨深い。
ボーっと景色を見ている間に到着。とりあえず予約したホテルはチェックインの前でも荷物を預かってくれると言う事で早速ホテルに直行。
モーニングを着たフロントの人に予約を確認してもらえば泊まる予定の部屋は開いていたのでそのままチェックイン。荷物も置いて、貴重品をリュックに押し込んでうきうきと街の探索に行ってきますと挨拶をすれば孫を見るような微笑ましい笑顔で送り出してくれた。それからはカメラを回しっぱなしでずっと街の探索。
ハニーストーンの色で染められた町は観光客であふれかえり、昼からパブでビールをたしなむ姿もあふれかえっていた。観光の町なんだなと思いながらも俺も喉が渇いたのもあって立ったまま一杯だけ頂いておとぎ話のような街の探索。ふらふらと言う様に足を運び、くたくたになっても街を歩き続ければ一見の懐かしいような家を見つけた。だけどそこは運が悪い事に普通の民家で観光客が足を入れる事は出来ない家。俺はその家の前で足を止めて、俺が壊して作り変えた家によく似た家を眺めていれば
「どうしたの?道に迷ったのかい?」
髪も真っ白、瞳も白内障で白く濁った淡いブルーの瞳の品の良い女性がいつの間にか目の前に立っていた。
「いえ、ただ、すごく懐かしくて」
言えばその女性はハンカチを取出し俺の目元をぬぐってくれて、そこで俺が泣いていた事を知る事が出来た。
「良かったら今からお茶にするの。良かったらお相手をお願いできないかしら」
言いながらも躊躇う俺の手を引っ張って家の中に招いてくれた。
室内は明るく、その色合いから重厚さはあまり感じ取れない。
柔らかなカーテンのドレープが風に揺れて、古くから受け継いできただろう家具は今はあまり見かけないような装飾が施された繊細な彫刻がほられていた。何百年とか年月を重ねているんだろうなと思うのは表面のニスが剥げているのですら良い風合いを醸し出している。壁際のチェストの上には庭先で見た薔薇が飾られてあったり優しい部屋作りにこの家は彼女一人なのかと考えた所で今更ながらお邪魔してよかったのかと反省をした。
「おまちどう様。今日はレモンのケーキを作ったの。良かったら食べて行って」
「いただきます」
砂糖がかかった素朴なケーキはびっくりするほど甘くどく、レモンのさっぱりした部分を探さなくてはいけない砂糖爆弾のようなケーキに飲み込めなくなる前に食べつくして一気に紅茶を飲み込めば上品に歳を重ねた女性アビゲイルはまあまあと言う様に驚きながらも紅茶をもう一杯入れてくれた。
「若い子って食欲まで元気がいいのねぇ」
コロコロと笑って喜ばれて紅茶のおかわりを貰えたと思ったらケーキのおかわりまで頂いてしまった……砂糖で逝けると思いながらも二度目は少し渋めになった紅茶で一口一口ゆっくりと流しこむように心がける。更におかわりとかは無理だからと品よく食べている間にどこから来たとかここには観光だとかそう言った話を一通り済ませ
「ドライストーン・ウォールを見に来たのね?とってもラブリーでしょ?」
チャーミングなウインクをするアビゲイルはアビーと呼んでと中々に精神的な年齢が若い様子に俺はたじたじだ。
「色合いも明るくて、コンクリートで接着してないって言うのにあんなふうに壁が出来ててどうなってるか気になって」
「そうなのよ。とってもエコなのよ?
コッツウォルズストーンって呼ばれてて石灰岩なのよ。 性質からパイ生地のように平べったく割れてね。納まりが良いから積み重ねるだけであんなにもラブリーな花壇が出来るのよ」
「はい、とても素敵な花壇、重かったでしょう?」
聞けばアビーはチェシャネコのように目を細めて
「村の若い衆が喜んで手伝ってくれるわ」
訂正。中々の魔女のようだった。
「平らに割る技術もあれば崩れないように真っ直ぐ積み上げる技術もいる。父親が息子に教える様に技術を学び、この村の男なら困ってるレディには喜んで手を貸すのがジェントルマンって言う物よ」
そう言ってる間に彼女はあの砂糖の詰まったレモンケーキを二切れをぺろりと食べてしまった。
納得の体形……なんて口にも顔にも出さないけどじっと見ていたせいかケーキのおかわりの催促をしえ居ると思ったアビーに気に入ったのならもっと食べていいのよと三切れ目を頂くのだった。
「折角だから作り方を覚えて行きなさい。簡単だからすぐできるわよ」
言いながら案内されたのは竈オーブンのあるキッチン。飯田さんが居たら舞い上がりそうなこれぞ本場と言うこのまま展示物になってもおかしくないキッチンだった。手押しポンプの水場があって、何百年使って来たのか表面もでこぼこになり、周囲もどれだけの人の手に触れられてきたと言うような風合いに驚いていれば
「あまりにも古くって汚いでしょ?」
コロコロと笑うアビーに
「いえ、俺の家も同じように古くて、汚くて、でも歴史が残されてて……」
俺のコミュ力のなさからの語尾の少なさになんて言えばアビーを作ったような笑いをさせずにいられるのか言葉を探すも、満足そうな笑みを浮かべて俺の頭を引き寄せたかと思えばそっと頬を寄せて
「ずいぶん大変な思いをして来たみたいね?
私でもこのキッチンは未だに使いこなせないのに。こんなにも若い子が受け継いでくれるお家は何て幸せなのでしょう」
逆に慰められてしまった。よくわからないこみ上げる感情をなだめるようにアビーは頭を何度かなでた後
「さあ、このケーキを作る時はしみったれた顔より笑顔で作るのが一番のスパイスなのよ!」
年齢を感じさせないキュートなウインクと共に材料を並べるのだった。




