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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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行動力ある引きこもり程面倒でしょうがない 2

 今時メールなんてと思うも相手は多紀さん。幾つものファイルを添付してあり、ウィルススキャンをかけている間にメッセージの内容を読んですぐにお礼のメッセージを送れば着信音が騒ぎ出した。ああ、待ち伏せされていた……

『やあ綾人君。今日は貴重な経験をありがとう』

「多紀さんもお疲れ様です。俺の我が儘に付き合って下さってありがとうございます」

 圧縮されたファイルを解凍して話しをしながら膨大な撮影時間のファイルが幾つも入っていて、メインだろう一番大きなものを開ける。

「ええと、今確認してますがメインは……あ、ファイル名が名前になってましたか」

 その中にはいつも多紀さんを回収に来てくれた二人組も名前があって今も多紀さんに振りまわされながら元気にしてたかと懐かしさに笑みが浮かぶ。

『一発撮りだからね。ドキュメント動画って久しぶりで楽しかったよ。ただクラッシックの撮影は初めてだから緊張したね。心臓の音まで録音されそうで、凄く集中したよ』

「あざーっす」

 物凄い雑な感謝にも怒る事無く、寧ろそう言われる方が嬉しいと言う様な笑い声が聞こえた所でコホンと咳払いをされた。

『そこで相談なんだが、この編集は僕に任せてもらえないだろうか』

「謝礼は出せませんよ」

 国際的有名監督に謝礼だなんて考えたら恐ろしいだろうとこれからストラドを買い取りに行こうとする俺が言うのも何だと思うが

『チャリティーだからね。

 代わりに最後まで僕が責任を取りたいんだ』

 お金の問題じゃないと言う。

『綾人君だってオリヴィエの為に随分無茶な事をしたじゃないか。

 あのマイヤー・ランドルートに編曲をさせるなんて』

「は?」

 そう言って映像を飛ばし飛ばしで探せばオリヴィエの事を調べて覚えた顔と名前が何故か映像で映し出されていて

「何コレ?」

 思わず俺の方が聞いてしまった。

『最初ジョルジュ・エヴラールに話しを持って行ったんだって?だけど側に居たランドルート氏が映像を見た後楽譜を見てそのまま持って行ってしまったらしい』

 あー……

 耳だけで楽譜にしたあれを持って行かれるなんてとチョリさんの仕事の光景を見ての見よう見まねがなんて人の手に渡ったのかと思うもそれがそのまま沢山の人の手に渡らなくてよかったとほっとしつつ、いや、渡ってる……

『綾人君のサプライズに何も知らない観客も大喜びだし、出演者の人も未発表の曲に喜びと映像越しの指揮に色めきだったり、オリヴィエのソロも凄く大人びた色気があって最高の絵になった。

 大林君もオリヴィエがこんなにも化けるなんて驚いてたし、いい経験をしたと僕は思うんだ。

 だからここは最後まで僕が編集する』

 何かすごく強い決意のように言うけどそこは俺だって拘りに口を出すほど野暮な人間じゃないと言う様に

「最後までやっちゃってください。

 ただし、撮影上げるのは俺達の動画です。広告代が付いたとしたら、それはオリヴィエの生活の支援に回します。それでよければになりますが?」

 それでもやってくれる気になるかと思うも

『えー?みんなで作ったんだから打ち上げ位プレゼントしてくれてもいいと思うんだけど?』

 きっと山の家に来たいのだろう。

「チョリさんみたいに離れで仕事したいとか言わないでくださいよ?」

『どちらかというとオリヴィエの練習していた部屋が良いんだけど?』

「トイレ遠いよ?」

 それは大問題だと唸る多紀さんは中々トイレが近いお人。田舎のトイレ事情に土間を越え行くのは大変だとぼやいていたのは何時だったか。

「あと、俺今東京に居るんですがこれから一ヶ月ほどフランス方面に行く事にしてるので帰って来てからになりますが良いでしょうか?」

『それは随分豪勢な旅だね?』

「はい。周辺国も含めて遊学ではないですが放浪に行ってきます」

『アクティブすぎる引きこもりだなぁ』

「もう引きこもりとは言えませんね」

 確かにと二人して笑った所で

『じゃあ、打ち上げはこの編集が終わって動画を上げる日にみんなで見るって言うのはどうかな?』

「多紀さんのスケジュールに問題なければ」

 言えばそう言えばどうなってるかなーなんてすっとぼける大人に俺も年を取ったらこう言う余裕ある人間になりたいと思ったりもするけど

『フランスに行ってもし何かあったらすぐに連絡してね。綾人君みたいに何が出来るかなんて判らないけど、今回綾人君が頼ってくれたのすごく嬉しかったから』

 あれだけ塩対応していたのに多紀さんっていい人だなぁとほだされそうになるけどどこか予感めいたものがそれを素直に受け取ってはいけないと警笛を鳴らしている。

 こう言った感は経験から発せられる物だから額面通りの言葉だけ受け取って信じてはいけないと最大限の対応策を探してしまう。

「そうだ。飯田さんの勤め先で打ち上げしません?

 撮影してくれた人とチョリさんと波瑠さんも一緒に。あ、奥様もお呼びして内輪だけでどお疲れ様ーって……」

『綾人君、何気に僕がそっちに行こうとするの邪魔してない?』

 邪魔してないと言う事は俺の感が正しかったかとすっとぼけた声で

「気のせいじゃない?

 だってアシスタントの人にも多紀さんスケジュール無視して勝手に移動するから捕まえるの大変なんだって話聞いてるし?」

 うぐっと息を飲んで黙ってしまった様子にやっぱり俺の感の正しさに沈黙してしまう。

「一度アシスタントの人に連絡しておきますね。俺の我が儘に付き合ってくれた感謝の言葉も伝えておきたいし。その時にアシさんからマネージャーの人と連絡取ってもらってスケジュールを調整してもらって……」

『綾人くーん!僕のマネージャーがお金にならないスケジュールを組むわけないじゃないか!』

「そこまでは知りませんよ」

 言いながらも視線はオリヴィエとチョリさんがアイコンタクトを取りながら演奏中でも楽しそうに視線で会話をしている。

 バイオリンが嫌いにならなくってよかった。

 こんな光景を見せられたらそう思うしかないじゃないかと俺と違い大切な思いを諦めなかった様子に安堵の溜息を零してからスマホ越しに何やら騒いでいる多紀さんに

「ごめん。他から電話入ってるから。帰国予定が決まったら連絡するね」

『帰国予定って、待って綾人くー……』

 ぶつっ……

 強制的に通話を終了してかかって来る前にさっさと別の相手に電話をする。通話が通じないからとメッセージがせわしなく届いていて、処理しきれなくなってあたふたしている様子を容易く想像できる宮下にメッセではなく通話で繋げて

「なんかすごい好評だな?」

『そうだよ綾人!このままだと登録者もアッと言うまに40万人達成しちゃう!』

「いいじゃないか。それよりコメントの対応はもう手に負えなくなったから辞めよう。

 概要欄に書いておくからさ」

『だけど!』

「今日のコンサート、多紀さんが張りきりだして編集までやってくれるから。

 俺の帰国後までそっちはお預け。

 だけど録画のファイルは貰ったから。クラウドに入れて置いたから後で見ておいてよ。凄いびっくりな映像があるから」

『うん。今俺も見てる。オリヴィエってば一ヶ月合わなかったぐらいで凄く立派になったなぁ。 

 今までの演奏の時の動画はまだ子供子供してたのに』

「それー」

 言いながらくすくすと笑い

「今回俺ほとんどお世話しなかったから。宮下とみんなのおかげだな」

『綾人も頑張ってたよ。だからオリヴィエも頑張れたんだ』

 どこが頑張ってたんだと思うも

『フランスから帰ったらこの打ち上げをしよう』

「それ、多紀さんにも言われた。何かまた乗っ取り計画立ててるから慎重に行かないといけないけど」

 相変わらずだなあと宮下は笑い

「フランス土産を皆に配らないとな」

『だったら打ち上げの時にビンゴでもしようか』

「そんな適当で良ければ山ほど買って来るよ」

『綾人のそれは油断できないから怖いなぁ』

 普段の買い物が基本箱買いなのだ。何をどれだけ買って来るかとビビる宮下に

「ハズレは空港で買うマカダミアナッツのチョコレートだな」

『スーパーにある奴なんてありがたみがないー』

 抗議する宮下に笑いながら

「じゃあ、明日早いから。動画見て寝たいから切るな?」

『うん。気を付けて行っておいで』

 その挨拶を最後に静かになった室内には目を覚ましたばかりの暖かな日差しと夜の名残を孕むひやりとする澄んだ空気が運ぶバイオリンが奏でる音楽にそっと耳を澄ませるのだった。




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