震える足が止まらぬように 12
陸斗達は綾人がお婆ちゃん化する前してたみたいにタブレットを使ったりしてみんなと時間まで勉強したり、お風呂は今日は既に入ったからと言って夜食を作って食べたりしてはやめに寝る事にした。勿論それが正しい選択かなんて俺には分からないが、それでも予定通り陸斗に起こして貰って準備に入る。
まだ暗い室内を皆半分寝ぼけながら着替えて荷物をまとめる。
撮影したら学校があるのですぐに帰ると言う。上手く編集したら俺にも動画を送るからアプリは消さないでくれと言った事をたどたどしい単語を並べた文に俺は笑みを浮かべて「了解」と応える。あまり多くは覚えれなかったこの国の言葉にみんなも笑みを浮かべて
「綾っちの口癖覚えたんだね」
「まあね」
なんてふふんと笑って見せた。
なんとなく残念な子を見る視線を向けられたけど自慢にならないけど耳だけは良い。母親の腹に居る時から胎教をしてきた俺にとって絶対音感は生まれつきのものとなっていた。と言っても両親に話しかけられる事もなくクラッシックやオペラと言った音源が父親が俺へ施した教育だった。
かつて自分もバイオリンを手に舞台の上でスポットライトを夢見て挫折した人の執念が俺をこう育たせた。三歳ぐらいに始めたバイオリンは父親の気分次第で内容は虐待にも近く、休日は演奏会を見て回り母親はただ俺の生活を整える存在。
そして運がよく六歳で開花した才能は家族の崩壊へと一気に加速して今、立派に崩壊した家庭環境で一人逞しく生きる事を選択せざるを得ない俺に綾人はたくさんの不便さから作られた何もない時間に俺は正面からぶつかる事になって、何もできないただの子供だと言う事を嫌と言うほど見せつけられて潰れる瞬間まで追い詰めさせられた。
家事の一切も出来ない、自分の身の回りの事もこなせない、そしてバイオリン以外の事で何が出来るのかと思うもこの山の中では一切なく居心地だけが悪かった。何より夜更かししようとしても時間を潰す事がなく、綾人もマサタカも自分の事が忙しくて俺をかまっている暇はない。週の半ばに泊まりに来る飯田のご飯と週末にやってくるせんせーが教えてくれる簡単な算数は世界共通なので貴重な勉強を学ぶ場となっていた。ただその隣で綾人の麓の家を作る大工の息子と一緒に学んだり、土間を挟んだとなるの部屋で陸斗と園田、そしてタブレット越しの勉強会ははっきり言って何をしているのか全く不明だ。
ただイングリッシュの勉強をしているのは判って、なんか綾人の発音がポッシュなのでたまたま母屋にやって来たマサタカにその事を話したら勉強しているのにもかかわらず綾人に聞いてくれれば
『俺に英語を教えてくれたアメリカ在住のイギリス人がそう言う風に発音してたから』
真似をして覚えたと言う。
綾人も随分耳が良いなと思うも
『本人は普通の家の出だって言ってたけど、周りは違う違うって言ってたからそう言う事じゃないか?』
なるほど、上流の下はと言わず中流の上と言うそう言うクラスの人間かと納得した。
『発音を聞いて覚えれるとなると、綾人って音楽やってた?』
マサタカも気になったのか日本語でわざわざ翻訳してくれればみんな勉強をする手を止めて綾人を見るも、それよりも先に圭斗がぶふっ!!!と盛大に噴出していた。
あ、これ聞いちゃダメな奴だったかと思うもそれを理解したのは全員で、みんな圭斗に詰め寄る当たり綾人にごめんねと謝るもそれと同時に圭斗がスマホを持ち出して
「これが綾人の音楽レベルだ」
「何でその闇歴史残してんだよ!!!」
なぜかトライアングルを持つ今より少し幼い綾人は顔を緊張させて震える手で何かぶつぶつと言いながら顔面蒼白になって音の響かないトライアングルを棒で叩いていた。
うん。叩いていたと言う以外言いようがない演奏だった。
綾人は両手で顔を隠して泣きだすし、あまりの姿に誰もが言葉を失うし、圭斗は畳に突っ伏して思い出し笑いに泣きだすし、ほんと悪い事を聞いちゃったとマサタカにどうすればいいと思うもマサタカも肩を震わせて背中を向けて手で顔を覆っていた。
気が付けば綾人は座布団をかぶってふて寝してしまう中
「綾人の親の放置教育のたまものでクラッシックのCD垂れ流しの部屋で過ごしててそこそこ絶対音感に近い物はあるみたいだけど、聞かせるだけで演奏の教育は一切した事はなくって学校教育のリコーダーとかオルガン程度しか触った事がないんだとさ。だけど賢い頭が音楽のテスト対策でペーパー的な事は完ぺきに覚えたし、楽譜を覚えるのも当然お手の物。更に耳で聞いた事は絶対音感も重なって完璧なのだが、演奏の教育をしなかったために総てが分るだけに身体が追いつかないんだとよ」
「まぁ、そう言う奴は時々いるな……」
マサタカも何人か知る評論家がそう言う人間だなと思い出すようにフォローするも
「昔アルトリコーダーのテストで必死に練習してる姿見た事あってさ」
どうやらその時の映像もちゃんと録画してたみたいだ。
「圭斗、スマホ中身全部消去されたくないなら全部消せ」
「何言ってる。これは俺とお前の思い出だ。
それにお前の闇歴史は音楽だけじゃなく芸術的な事全般に渡るだろう。そんなお前を支えた宮下にほんと感謝しろよ」
圭斗はそっぽを向いてふて寝をする綾人の知識を再現できない不器用さと言う完璧な綾人の弱点を皆に教えて崇拝にも近い高校生達の尊敬をぶち壊す。これは宮下にも言われてた事だし、これ以上綾人の信者を作るのは良くないと先生もよく言っていた。まぁ、本人も判ってる事なので綾人のスマホの中身全消し命令はただ言ってるだけだからと宮下から話を聞いている。この程度の事で美術系の大学を目指さなければ受験には響かないだろうが、この件に関しては多分その実力を目にした人たちは絶対理解できないくらい目を疑っただろうとおもう。運動神経もそんな悪くないのに、普通よりもいいはずなのにと絶望的なセンスに誰もが記念に写メった事はもはや事故レベルだった。
それはさておきそろそろ綾人の活動時間に差し掛かる。薄っすらと向かいの山の稜線が浮かびだす黎明。
庭からこーっ、こっ、こっ…… と聞こえ出した鶏の声。
その声に頷いて俺達も荷物を持って階段を下りる。土間上がりにすぐに帰れる準備だけはちゃんとして、改めて録画媒体のmicroSDカードも新しいのを用意したし、バッテリーも一晩充電したので大丈夫だろう。
外に出ればすぐに綾人が気付いてくれて早起きだな、合宿の時いつもこれぐらい早起きしてくれと感心するとぼやきながら顔を眺めるも珍しい事に霧も立ち込めていないこの山の早朝はどんどん明るくなっていく。
園田がスマホを見せてくれた。
『さあ、始めよう』
作戦開始だとの合図に俺は綾人の元に向かい、唯一の荷物だと言っても良いバイオリンを抱えて
『明日は忙しいと思うから、この一カ月山で過ごしたお礼に綾人に聞いて欲しいんだ』
『なるほど。それでこいつらが居るのか』
言いながら皆を眺める様子に俺が笑えばみんなもしてやったりと笑って見せた。




