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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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震える足が止まらぬように 3

 音楽に関しては綾人は素人だ。

 有名な曲とか学校で覚えた曲と言った有名所はちゃんと知っている。

 そしてこの国の教育水準は高いのか音楽用語などはちゃんと知っていて、有名音楽家の逸話と言った話も寧ろ俺より詳しく

『十歳も違うとこんなにも違うのか』

『八歳だ』

 なぜか拳骨を貰うのだった。

『飯田、何で綾人はこんなにも音楽が詳しいのに演奏家にならなかったんだろう?』

 ふと覚えた疑問を飯田が晩御飯を食べに来ていた圭斗に聞けば

「学校のテストのペーパー問題で一通り覚えたんだろ。

 綾人はバカだから「何が出ても良い様にこう言うのは一度全部覚えておけばいいんだ」って余裕ないのにテスト範囲外も覚えさせられそうになってブチ切れたな」

 日本語なんて何を言っているか判らないけど飯田は圭斗が行ってる事の半分しか通訳してくれなかった。きっと俺には聞かせたくない悪口を言ってるのだろうと想像はできるが、くつくつと笑うマサタカによって総てを教えてもらえばそれは綾人が悪いと俺も思う。 

『俺は学校行かなかったけど、その代わり音楽の勉強ばかりしてたから。

 山ほど楽譜を覚えて、体に覚えさせて、何年もかけて覚えたのに一度全部覚えればいいなんて何で簡単に言えるんだ!』

『そーだ!そーだ!』

 綾人が隣の母屋に食材を取りに行ってる途中だから大声でわめけばマサタカも同じように盛大に頷いてくれた。だけど

『それ、綾人さんの前で言わないでくださいね』

 飯田の厳しい声。

 俺とマサタカは何だ?と言う様に

『綾人さんは気付いてるのか無視しているのかどうかは判りませんが、それも親に嫌われた原因なので。面と向かってではないのですが得体が知れないと、怖がられてたみたいです』

 それはどういう意味だと思うもガラガラと台所の勝手口のドアが開く音に合わせてこの話は強制的に終わった。

「飯田さん、悪いんだけど生姜シロップつけるの手伝ってください!」

 籠の中に山盛りの生姜とホワイトリカーを見た飯田を見てしまったオリヴィエは思わずと言う様に座りながら逃げ去ると言う芸を習得してしまった。 

 何が起きたのか襖の影から見ていれば

「見ててください!弥生さんを越えて見せますよ!」

「今年は氷砂糖の他に甜菜糖と黒糖を用意してみました!

 生姜は売り場にあっただけ全部買って来たので作りたい放題です!」

 ひゃっはー!と二人でハイタッチ。

 何が起きるのかと思ってる間に圭斗も陸斗も台所へと向かうのを見て俺も一緒に見に行けば机の上には生姜と砂糖とキャンディ?とお酒。

 これで一体どんな料理を作るのかと思えば

『日本の保存食ですよ。

 ジンジャーシロップを作ります。これでジンジャーエールも作れます。オリヴィエは好きですか?』

『ジンジャーエール好きだけどこれで作れるの?!』

 驚きの声に綾人が多分圭斗と陸斗に訳したのだろう。

 二人はお互いの顔を見合わせて何やら戸棚をごとごとと漁りだした。

 そうして琥珀色の瓶を取り出して、陸斗が台所の隅に積んであるスパークリングウォーターを持って来た。

「ああ!圭斗君!弥生さんのシロップなのになんて事を!!!」

「飯田さん独り占めしすぎ」

 何か飯田があたふたしているけどそれをまるっきり無視してジンジャーエールを人数分なみなみと作るのだった。

 しゅわしゅわと弾ける炭酸、そして氷の崩れるカランと奏でる音。自家製ジンジャーエールはジョルジュの奥さんがよく出してくれたから何度も飲んだ事あるが……

『うわ、すごい!こんなにも濃厚なジンジャーエールって初めて!』

「美味しい頂きました!」

『くうっ!言葉が分らなくても表情で理解する圭斗君かっこよすぎ!』

 言いながら飯田を他所にみんな笑ってジンジャーエールを飲みながらナイフを手にしていた。

 正直マサタカを含めたこの人達なんだろうと思うも綾人は俺にカミソリにも似た物を差し出して

『ピーラーって言う皮をむく調理器具。いきなり包丁は怖いだろうから覚えてみてもいいぞ』

 言えば飯田がやってきて

『使い方を教えます。リンゴの皮剥きも楽になりますよ』

 そんな紹介に抽斗からもう一個取り出して来てピーラーの持ち方、野菜の持ち方から教えてくれるのだった。

 そんな俺をバカにする事なく綾人達はせっせとジンジャーの皮をむき、一番上手いはずの飯田は真剣に俺に皮の剥き方を教えてくれる。

『野菜には繊維があります。あまり気にならない物もあるし、ジンジャーのようにあからさまな物もあります』

 糸のような物を見せられ

『この流れに沿ってピーラーを滑らせれば綺麗に剥けます』

 シュルリと向けた皮に思わず感嘆の溜息を零してしまえばみんなが俺を見る。何だ?と思うもとてもやわらかい笑みと視線を向けたかと思えばまた作業に戻った。

 何かよくわからない物の飯田のレクチャーはまだまだ続く。

『怖いのはこの繊維に反ってピーラーを動かすと……』

 皮が波のように立ちあがり、ジンジャーを持つ飯田の手を傷つけていた。

『ああっ!!!』

 驚いて声を上げてしまえばまた皆の視線が俺達に集まるも直ぐに飯田の指に視線が集まった。

『このように皮を簡単に切ってしまいます。

 もし引っ掛かりがある時が付いたらそれはピーラーの剥ける方向が間違っている事を覚えてください。

 そしてこれはわざと切ったのでこの程度で済ませましたが、酷いと肉もそぎ落とします。扱いには絶対気を付けてください』

 身を持って教えてくれた飯田の言葉に声もなく頷いて恐る恐ると言う様にジンジャーの皮を剥いて行く。

 その横で飯田はウォーターサーバーの水で傷を綺麗に洗い、陸斗が用意してくれた絆創膏で傷口を塞いでいた。

 何やら綾人に小言を言われて苦笑いをする飯田だったが、飯田はこれと同じ失敗をしてはいけないと身を持って教えてくれたのだ。緊張しながら集中してみんなが大きな塊を二個剥く所小さな塊をやっとというように一個剥き終える。

『初めての人と手慣れた人のスピードは違います。落ち着いて一個一個完成させましょう』

 飯田のアドバイスに沿って時間はかかってしまう物の結局三つのジンジャーを向く事が出来た。みんなが幾つ剥いたかは知らないけど、後はスライサーで薄くスライスしたり、飯田はこれが職人と言う様にスライサーほどではないが薄切りを披露してくれた。

『やっぱり生姜焼き用には少し厚切りの方が良いので』

 なんて言いながらもおろし金と言われる物でもジンジャーをすりおろし

『これでシロップを作りましょう。砂糖はジンジャーに対して同量。ハチミツを混ぜる場合も1:1になる様にして一度殺菌の為にも沸騰させてから弱火で十五分ほどなべ底で焦げ付かないように目を離さずに煮詰めます。粗熱が取れればすぐに使えます。

 お酒の方はスライスした同等の生姜と氷砂糖を入れてホワイトリカーを淹れて氷砂糖が融けきれば飲めますがホワイトリカー臭さが残りますので寝かせるとさらに美味しくなります。楽しみですね?』

 その言葉にここでの滞在期間が終わりに近い事をオリヴィエは思いだすのだった。







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