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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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雨のち嵐 3

 朝方は雲が降りてくるように雨の中車に乗りこめば飯田さんが見送りに来てくれた。オリヴィエは一人で広い離れで寝る事に不安なのか夜中なのにヴァイオリンの練習をするから聞いてくれとかなんだかんだ理由をつけて飯田さんの隣で寝ると言う可愛い姿を見せてくれた。

 そんなオリヴィエはまだ夢の中なのが微笑ましいと寝かせたまま俺は車を走らせるのだった。

 昨日はあれから飯田さんの虹鱒の捌く様を飽きもせずずっと見ていたと言う。

 最初こそ頭を落して腹を開いて内臓を取り出す様にショックを受けていたらしいが、飯田さんの手際の良さと狂い無き機械的なまでの繰り返す作業にいつしかそう言う物だと受け入れ魚とはこうやって調理する物だと納得するくらい見続けたそうだ。さすがに自分でやりたいとは言わなかったが、簡単な料理位作れるようになりたいと言ったらしく、その夜はオリヴィエの作るパスタが食卓に上がるのだった。勿論味付けは飯田さん監修なので間違いはなく、初めて野菜を切ったと、包丁ではなくフランスで主流なナイフを使って野菜を洗って切ると言う簡単な動作から教えたのだった。

 オリヴィエはフランスに帰ればきっと一人暮らしになるのだろう。最初こそ師匠のジョルジュさんの家で厄介になるかもしれないが、それは多分長く続く事はないだろうそんな未来を予測して、俺は山を下り、そして別の山を越えた場所へと向かうのだった。

 今回の目的は旅券の取得、つまりパスポートの発行だった。

 受付を済まして俺は何に首を突っ込むつもりだろうと何回も自問を繰り返す。

 別に俺が首を突っ込まなくても守ってくれる人は山ほどいる。その人達にあの神童は大切にされて愛されている。たまたま知り合い一ヶ月ほど世話をする程度の俺がその輪の中にはいる隙なんてないだろうが……これから起きるだろうことを予想すればあの寂しそうな欲しい愛情を得る事の出来ない事を知る瞳の子供と同じ目をした子供を思い出して少しでも早く、周囲の行動なんて待ちきれないと何かしたいと言う衝動的にこのわけのわからない行動に出て今に至っていた。

 オリヴィエの師匠、ジョルジュ・エヴラール。

 オリヴィエと祖父と孫ほどの年の離れた師匠の人物がどのようか好奇心で調べた所で、彼の余命が幾ばくも無いことを知った。

 世間的には疲労からの療養としてひた隠しされている事だが、金に汚い大人を知る綾人はオリヴィエがこれ以上食い物にならないようにと調べた所からオリヴィエがこっちに来た辺りから通院歴が派手になり、それに合わせてかなりの出費が計上されていた。そこからさらに人様には言えないような手で病院のカルテを覗き見て、医学なんてさっぱりだけど今時ググればそれがどのような症状かなんてすぐわかった。


 一つ理解できたのは彼は今年のクリスマスを迎える事はないだろうと言う事だった。


 尊敬する師匠を父と呼べる事を誇らしげに思っている事はチョリさんから聞いた話し。だとしたら何て残酷なのだろうかと、バアちゃんが入院する事になった時を思い出してあの時の俺より小さい子供が、音楽しかない子供がまた一人になるなんてそれだけはダメだと、これがこのわけのわからない行動の原因だ。

 他にも想像から色々な事が続いている。

 治療はどうも高額となる為か出入金の記録に随分と大きな金額が動いているのが分った。今は良いかもしれないが、いずれ底はつくだろうし、彼にはオリヴィエ以外にも二人の実子と五人の孫がいる。

 財産分与があったとしよう。

 オリヴィエが縋る様に抱えるバイオリンはきっとオリヴィエの手に残らない。

 父親がバイオリニストなら子供も孫もバイオリニストで……

 オリヴィエが愛用するストラディバリウスは決して彼らが手放さないのは目に見えている。バイオリニストや収集家の羨望の的と言われるだけあって一挺ウン億と言う高額もさることながら、オークションにもなかなか出てこない代物で、持ち主達が直接的な取引をする為に入手すら困難な物でもある。

 このまま治療が続けられればそれを治療費として売り払うとしかなく……

 どのみち、どうやってもオリヴィエの手もとには残らない事だけは決定的だ。

 パスポートの発行の為の長い待ち時間を利用してどうすれば何て何度も繰り返して考えた結論は直接交渉に行くと言う結果ぐらいしか思い浮かばなく、その為には持ち主のジョルジュ・エヴラールと話が出来ればと考えて、昔の俺とよく似た瞳のオリヴィエに何とかして心の拠り所をと足掻いてみようと決意した。



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