顔を上げる勇気 2
車二台分の荷物を何往復する様に運ぶのを眺めながら陸斗と植田の仕分ける声を聴きながら
「麓の家の事怒ったか?」
「うん?そりゃ怒ったよ」
言いながら笑う。
うん。これは本当に怒ってる顔だとついと視線を反らせ
「話は聞いてたし、映像で何度も見てるからまさかと思ったけどね。
何れこっちに帰って来た時の仕事場をポンと与えられて平常で居られる人いるかな?」
「まぁ。うちはシステムキッチンがポンと来たからな。
アホだろうと思ったけどそんなに俺は頼りないかと思った」
本音が零れ落ちた。
これぐらいの物も買えないだろうと遠回しに言われた気がして悔しくて、でもそれは本当の事で湧いた怒りは言い返せない無力さだけを思い知る事になった。ただでさえ抱えている借金を肩代わりしてもらってる挙句に陸斗の学費も貸してもらう約束をしている。高校の間は意地でも自分で払うと約束したが、学費以外の部分でいろいろ出してもらってるのは悔しくもあり……
陸斗の体形に合った制服。
夏の始まりにぼろぼろになって着れなくなった宮下や俺のお古の制服は成長不良のせいかぶかぶかで人によってはみっともないと言う人もいるくらいのサイズの合ってない姿から無駄に皺の寄らない服装と宮下が丁寧にそろえてくれた髪、勉強を見てもらったおかげで少し自信の付いた顔。誇らしくもあり力のなさを改めて思い知らされた。
そんな俺とは別に陸斗は瞬く間に友達も増えて笑顔を増やして夢を現実にする為に努力をして毎日が楽しそうな顔を正面から見るのは努力が必要だった。
「ああ、ほんと頼りない。ほんと情けない兄貴だ」
項垂れて縁側に上がる為の踏み石に座り込めばすぐ側の縁側に宮下が座って
「だけど綾人が陸斗に手を差し伸ばすのは、圭ちゃんの弟だからだよ。
一生懸命守ろうとして、必死に戦って、陸斗を連れ出してさ、綾人には圭斗の行動すべてが眩しかったんだよ。いつも、今も圭斗と陸斗の事を目を細めて羨ましそうに眺めてる。
綾人があれこれしてくれるのは綾人なりの気の引き方かもしれないけど、そもそも圭ちゃんが綾人を助けた事が総ての行動の起因だから。
一生懸命恩返ししようとしてるだけだから圭ちゃんはありがとうってもらっておけばいいだよ」
「恩返しって高校の冬のあれか?」
口に出したくないくらいの忌々しい位の殺人未遂事件。
親族に殺される恐怖はたぶん俺にはよく判ってないのだろう。飼い殺しにされただけで、命まで脅かされる事はなかったから。
だけど綾人は確実に助けに行かなければ死んでいたと思う。
しかも足を滑らせて川に落ちたと冬場のよくある事故として処理されたのだろう。
あの真っ白な景色が真っ赤に染まるほどの怒りを覚えたくらい俺にとっての恐怖だった。
氷水のような雪解け水に全身浸かりながら雪の斜面を這いずって昇っても蹴落とされる……
たった十分遅くっても綾人はこの世に居なかっただろうあの日の出来事は綾人じゃなくても忘れられない出来事だった。
先生と宮下で綾人を助けて濡れた服を脱がして先生の乾いたコートで包み震える血の気のない顔に向かって声をかけ続け、俺は怒りのまま従弟達を感情のまま殴りつけ、そんな俺を宮下は泣きながら止めてくれて……
綾人よりもガタイの良いのが居たけどそれを一発で仕留めた所で大人達も直ぐに俺に向かって来たけど、その前に先生が病院への連絡より先に宮下の家に救助の電話をしていた。
圭斗の容赦ない喧嘩っぷりにさすがに手を出して来る事はなかったが、宮下の親父さんが連れてきた宮下商店集落に住む元吉野林業関係の人達に後をお願いして朦朧としているのに綾人はかたくなに病院に行きたがらないのに妥協するしかなく、林業関係の人を三人程連れて宮下は家の中から親戚達の荷物を川へと放り投げるのだった。
一応財布と車の鍵だけは捨てずに突き返した物の中々ひどい光景だなと綾人を風呂で温めて解熱剤を無理やり呑ませてベットに押し込んでいる間に決着はついたらしく、どんな話し合いをしたか知らないがそれ以来吉野の一族はここには来る事はなかった。内容は俺達は勿論綾人も教えてもらってない。
いや、従兄が二人あれから何度かきたが、それは綾人が迎え入れたから目を瞑る事にしている。
「あの時の恩は十分返してもらってるんだけどな」
寧ろ俺が独り立ちできるための先払いが正当報酬だと思っているのにそれだけでも綾人は足りないと言う。
「良いじゃない、くれる物は貰っとけよ」
あかるい声の宮下はたぶん笑いながら言っているのだろう。
簡単に想像つく顔になんて言えばいいか判らないけど
「圭斗だってただ貰ってるだけじゃないだろ?
ちゃんと綾人の為にいろいろ手を差し伸ばしているし、綾人は不器用だから。綾人が決めた感謝の形に俺達がどうこう言うのは綾人を困らせるだけだと思うんだ」
その結果が離れの家のリフォーム具合。さすがに遠慮しろと言う物だろうが
「弥生ちゃんが言うには助け合って生きるのに遠慮は要らないんだって」
見透かされたよううな言葉と綾人を育てた人の名前に
「ああ、なるほど」
何も聞かずに俺を助け続けてくれた綾人の祖母を思い出しながら
「弥生さんも遠慮ない優しい人だったな」
綾人に持たせてくれたおにぎりに何度助けられたか、少し塩のきつめのあの味は生涯忘れられない味で
「だから、綾人はこれからも遠慮しないだろうからいちいち気にしてたら大変だよ?」
「慣れるのが怖いだけさ」
慣れてしまった時、綾人に見捨てられたらすべてが終わる、そんな気がしてたまらなくてぶるりと体を震わせてしまえば
「その時は俺が先に怒ってあげる。幼馴染だしね」
謎の自信に満ちた声に俺は酷い安心を覚えながらも振り返って宮下を見上げ
「頼りにしてるぞ、しょーちゃん」
少し驚いたように見開いた目はすぐに笑うように細められて
「まかせとけ、けーちゃん」
酷く懐かしい名前を呼びあった俺達はただくすぐったくて笑いあっていた。




