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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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嵐の後の空に虹がかかる様に 1

 爆睡してスッキリと目を覚ました頃は向かいの山の稜線が深い青に彩られるような時間帯だった。

 一言で言えばいつもの通りの時間で熱を出そうが大出血サービスしようが繰り返す日常がしっかりと体に刻まれていただけの話し。

「イタタタタタ……でもトイレ、トイレ~」

 傷口が痛んでも目が覚めたらまずトイレ。これを済まさないと落ち着いて水も飲めないとどこかだるい体で足を運んで無事トイレに到着。用が済めばごくごくと水を飲んで台所の勝手口の引き戸から烏骨鶏達の小屋へと向かう。台所の引き戸の音を聞いてこーっこっこっ……烏骨鶏達も俺の気配に目を覚ます。だけどここで直ぐに烏骨鶏を解放しない。

 沢のから引いた水路を開けて畑に水を送り込む。明け方に降りてくる森を包み込む霧の匂いに沢から流れ込んだ水が運んでくる大地の匂いをゆっくりと吸い込む。うん。いつもと変わらない。そんな安心感に包まれてやっと烏骨鶏の小屋の扉を開けた。

 こっこっ……

 扉の中から外を覗き込んで辺りを警戒しながら一羽、また一羽と外に出てきては雑草の方へと向かって歩いていく。羽をふるわし、食いしん坊の奴らは何かないの?と言わんばかりにいつも与える飼料とは別のものを要求する。仕方ないなーと言って業務用の冷蔵庫からキャベツとインコ用の餌を雑草がない辺りにまき、持ってきたキャベツは半分ほどザクザクと切る。もちろん残りの半分はもずくガニの餌だ。 

 その後には鍬を持って烏骨鶏達の遊び場でもある砂場を耕す。週に一度砂ともみ殻を足した砂場の土を掘り返せば何やらうぞうぞと虫達が蠢いている。それを見た烏骨鶏達は全員集合と言わんばかりに集まってきたから俺は撤退し、産卵箱で卵産みたいとモゾモゾとしている烏骨鶏のそばの餌台に高栄養価の高い餌を置いておく。卵産んだ後は体力の消耗が激しいようでよく食べるのだ。産んだ後はしばらく卵を温めたがりそのままいるので、ならば卵を還してもらう為にも産卵箱に少しでも長くいてもらい、その気になってもらわなくてはとのサービスだ。ちなみに今は二羽ほどその気になって卵を温めている。有精卵であって欲しいと切実に願う。それを見て他の奴らも真似してくれればいいのにと、最初烏骨鶏の巣代わりにと買って誰も住み着いてくれなかった中古で落札した猫のゲージが産卵箱として役に立つとは元は取ったと感涙だ。

 そんな事をしていれば肩にタオルを引っ掻けた先生が勝手口から現れて難しそうな顔で俺を見る。

「お前は、けが人だと言う事を理解してるのか?」

「まぁ、いつもと同じ事をしている事が一番体調には良いらしく?」

 言えば厳しい顔のまま伸ばされた手が俺のおでこに触れて

「まだ少し熱があるな」

「朝食食べたら薬飲みます」

「何当り前のことを言ってる。後は他になければお茶漬けでも食べて薬飲んで寝ろ。

 昨晩バイト終わりの宮下が朝食の用意ってご飯だけは炊飯器のタイマーをセットしてインスタントの味噌汁を用意しておいたからこっちの心配はいらない」

「せんせー、三十も過ぎたんだしそろそろ料理を覚えましょう」

「お前が毎日センセーの為に料理を作ってくれるから必要ないだろ?

 それに今は圭斗もいる。覚える隙があると思うか?」

「壊滅的な料理スキルで死人を出すぐらいなら諦めますね」

「うちの子達は良い子ばかりでお父さん嬉しいよ」

 言いながらも家の中に押し込められて傷口を見せろとシャツを脱がされて巨大な絆創膏を剥がされた。

「綺麗な縫い口だな」

「七針だそうです」

「お前の家の包丁はどれも切れ味良さそうだからなぁ」

 怖いんだよと呟く意見には賛成だ。

「先生にもなんつー綺麗な傷口だって呆れられました」

 包丁は使ったら砥ぐと言う人種の為に傷は深くあれど切口が綺麗なのと若さですぐ直るだろうとの事。説得力全然ねー。

 傷薬を絆創膏にぬってからぺたりと貼る。傷口の割には大した事ない物の月曜日の再診まで風呂は入るなとお達し。二十四時間いつでも風呂に入れる環境にいた為にこれが地味に辛い。

「陸斗もまだぐっすりと寝てるから目を覚ますまで寝かせておいてやれ」

「ええ、だけど多分無理」

 ん?といぶかしげに顔をゆがめた瞬間


 コッケコッコー!!!

 そうだ。こいつらがいた……

 並んで視線を向ける先には真っ白な羽毛に空気を含ませるように体を震わせて開かれた山間いの景色に向かう後姿。チキンのくせに勇ましい姿だ。そして、谷に響く烏骨鶏の鳴き声。日も出て朝のご挨拶を一羽、また一羽と雄鳥達が賑やかに山間に向かってご機嫌に鳴き始めればもそもそと奥から足音がして

「ここじゃこいつらの声が目覚まし時計なんだよ」

「おはようございます、すみません遅くまで寝ていて……」

 時間はまだ朝の五時。遅いと言うかまだ寝てる時間だろう。

 既に起きている俺達を見て慌ててこちらに来ておどおどとする陸斗だが

「俺はトイレに起きただけだからもう一度寝るから陸斗ももう一眠りするといいよ。

 先生はたんに朝ぶろに行くだけだからほっとけばいいし、おなかがすいたら宮下がご飯を用意してくれたから食べていいからね。先生も陸斗に食べさせてくださいね!」

 ほーい、と言いながらも薬飲まなくちゃと思い出してご飯をよそって梅干しとお茶だけで軽く胃に納めて薬を飲む。

 居場所がなさそうな陸斗にご飯を用意して食べたら流しにと言ってご飯とみそ汁を用意して食べ終わるのを見てから二階にある本棚の部屋へと案内する。

「好きなのがあれば読んでいいから」

 小さな水筒に麦茶を入れて置いておけば本棚を見上げた後に縁側に座って本を読み始めるのを微笑ましく見てから部屋のベットに潜り込むのだった。




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