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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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斬 4

 綾人が免許取ってしばらくした時だっただろうか。

 練習のためにと隣に乗せられれば突如現れた熊に追いかけられ、道も細くスピードが出せなかった為に車で熊と戦った事を同じ車の助手席で体験する事が無ければ綾人の生活が良いと言い切っただろう。納車してたった一ヶ月もしないうちに廃車にした事を思いだしながら

「それもまた山生活の醍醐味だろう」

 そうか?!と素直に突っ込める幸治はまだまだお子様の証拠。その感覚を是非とも忘れないで貰いたいと思う一方でさすがに綾人がおかしい事に気付き始めた三人組だが

「それでもあれから四年、だいぶ丸くなったよな」

 うんうんと頷く高山に園田も頷く。

「俺が初めてここに来た頃は綾っち何か機械的だったからねー。

 今は何か面倒見のいい俺達の兄貴に成長したけど」

「まぁ、あれはシェフの奴が良い感じに餌付けに成功したからな。

 野良猫から家猫になったって言う感じか?」

「す、すごい言われよう……」

 幸治がどんどん引いて行くも

「だけど大体あっている」

 園田は言われたそんな感じだと頷く。

 飯田のご飯の美味しさは時々おこぼれが来る内田家でも好評で、幸治も密かに楽しみにしているイベントな事はまだ素直に言えるほど成長はしてない。そして綾人同様飯田に餌付けされた園田達も同様だ。

「綾人の正しい使い方は頭脳をフル回転させる事だ。大体の本なんて一度読めば丸暗記できるし、計算能力はそれこそ機械並みだ。俺が知る限り計算何てみんな足し算引き算レベルの延長で暗算できる。

 そんなあいつが腐らずにいたのはだいぶ前に亡くなった爺さん婆さんも面倒見のいい人でそんな二人に大切に育てられたからな。何かあったら素直に甘えていいぞ。それが綾人が貰った愛情で大人になった今の仕事だからな。

 そんな生活をやっと手に入れたと言うか、静かな生活を手に入れたあいつに学歴なんて必要あるか?知りたい事は自力で学ぶ方法を見に付けたし社会に出て貢献するのがそんなに素晴らしい事か?呆れるほどの税金をこの村に還元しているだけでも十分だろう」

 頑丈なガードレール、劣化した橋の架け替え工事など隣の町から入って来た所から途端に質が良くなる理由はそれだけのお金を村に入れているからであって、村の役場に巡回で医者や歯医者が週に一度来る資金はその一部だとこの村なら誰もが知っている。

「学歴が無くても、立派な企業に務めなくてもこうやって人様のお役にたてれるのが綾人で、大なり小なり綾人の家は代々人様に手を差し伸べる事の出来るお人よしの一族の頭だから、みんな心配もあるけどなんだかんだ言って助けられてばっかりだから義理堅い事に恩を感じて配下になってるんだよ」

 俺も人の事言えないけどと言葉にはせずに飲みこんで

「で、お前らはそんな綾人にこれから恐ろしい位の恩を貰う事になるわけだ」

 全員の顔をじっくりと見回して

「綾人が希望校に入れると言ったら確実に入れる。そこは信じろ。

 だから、言う事を無視したり綾人を失望させるような真似だけは絶対するなよ」

 高山のそんなざっとした綾人の説明を終えた所で

「俺がお前達を綾人に会わせた理由はそんな所にもある。問題児の扱いこそあいつのおもちゃにはちょうどいい。

 甘ったれた事を考える暇があったら一つでも問題にかける時間を減らせ。あいつは効率化に対してはとことん突き詰めて行くぞ。今はスペックの向上目的だから、とことんやり込め」

 野沢菜の最後の一切れを齧ってほうじ茶を啜り

「あいつが戻って来た時にそのプリント位終わってないと追加が待ってるぞ」

「「「理不尽!!!」」」

 新入り三人組の悲鳴とは別に園田と陸斗は慣れた物だと言う様に

「出来ても新しい課題が追加されるだけだから。やる事は変わらないからさっさとやるのがスムーズに勉強するコツだ。諦めろ」

 うんうんと頷く陸斗もこの一年足らずで綾人のやり方をしっかりと学習したのだ。出来ても出来なくても綾人からの宿題は減らない。常に一定の量においつめられるものの、けっして解けない事はなく、寧ろじっくりわかるまで丁寧に説明してくれるのだから勉強が楽しいとさえ思ってしまう。

 綾人と連絡の取れない学校に居る時間こそ復習の場にして家に帰ってからの連絡が取れる時間こそ質問タイムに徹底する。小学生で躓いた学力の向上は陸斗にとって面白い位物事が判るくらいに伸び続け、考える事を楽しむ事となり、難しいパズルに挑戦するような感覚を理解するのだった。勿論綾人のように一で百を理解する天才ではなくコツコツ積み上げた努力の証なのだが、それでも知らない世界を知る事は一人膝を抱えていた時間が長かっただけに一人向き合うのは苦ではなく、今も学校が求める学力以上の事を綾人に施されても疑問には少し思う物の好奇心が上回りさし出される宿題を宝物のように解きつづけるのだった。

 もちろん兄の圭斗はやり過ぎじゃないかとぼやくが陸斗も楽しそうだし、何より高山までまきこまれるのは勘弁してほしい。今みたいに綾人が大人になれず、口の悪さを隠そうとしなかった頃の勉強会で何度高山事心折られた事か。綾人の知らない世界に綾人が頭を抱えて話の通じない世界に絶叫していた事も何度見た事かと言うくらい綾人も若かった。こう言う所も丸くなったなとしみじみ思うのだが、その分攻略の仕方が分ったと言うように容赦なくなったのは陸斗の成長ぶりを見れば心の中で綾人に丸投げした自分達が原因かと思うしかない反省点だ。

 結果を見れば反省をしなくて今があるのだが……

 黙々と勉強に取り組む高校生に目を向けながらも幸治に勉強を教えて行く。

 判らないまでも一度勉強した内容だからか理解するのは早く、六年生の内容の復習に力を入れて行く。まだ進路とか真剣に考えてない頃だけに一生懸命に勉強する様は何処か微笑ましく、まだたどたどしい幼い文字を解読しながら漢字の勉強も同時にさせる。


「いつか学習塾でもやろうかなあ」


 静かになった室内で思わずぼやいてしまうが

「先生辞めるの?」

「まさか。定年後の話しだよ」

 まだ三十五歳、教師生活はこれからだけどやっぱり物を教える楽しさは自分の性に合っている。

 賢い子どもに物を教えるほど立派な先生にはなれないかもしれないが、少し躓いて置いて行かれた子供を拾い上げる、恩師のようなめんどくさい先生になりたい。その夢は変わらないなと改めて思い出しながら

「綾人の麓の家をどう乗っ取ればいいと思う?」

 園田に聞いてみれば

「元自分の家を綾人さんに売った時点で綾人さんに養ってもらう道を模索した方が良いと思います」

「園田冴えてるな!」

 それはいい提案だと夏場の留守役となろうとニマニマ考える高山の顔にしまったと園田は目を見開くが

「じゃあまたご近所さんですね」

 嬉しそうな陸斗の顔。そんな素直に喜ぶなと園田は慌てる様に

「陸斗、そう言うならあの家の掃除当番はお前に決定だぞ?!」

 言われれば瞬間に青ざめてしまいたくなるくらいのあの汚部屋を思い出してぶるりとふるえた。

「な、何があったの?」

 恐る恐ると言うように柚木は聞くが知らないままでいてと陸斗が止める。

 余計気になるのが人の性だが、友達不足の陸斗には気付けないでいる。

「もう少ししたら下の家の工事の様子が動画になるから。

 そうしたらすべてを知るといい」

 そっと視線を反らす園田は心の中で出来れば忘れてくれと願うのだった。






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