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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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夕立のような 6

「ただいまー」

「こーっ、こっ、こっ、こっ……」

 車の音に逃げたものの俺の姿を見て近寄ってくる綿毛の烏骨鶏が今日は妙に一段と可愛く見えた。インコ臭ならぬニワトリ臭がひどいけどちょうど近寄ってきた烏骨鶏を抱き抱えればその羽毛の暖かさに帰ってきた感がハンパなかった。だけどこの暑さにすぐに解放してしまうのは仕方がなかった。すっかり南天まで登った太陽に随分遊んできたと反省する。遊んだと言っても病院からの帰宅の途中自宅からだと三十キロ離れたコンビニに寄り道してジュースとお菓子と雑誌をしこたまと買う。

 山暮らしでは手に入れる事の出来ないジャンクフード、もとい、レジ前フードをこれでもかと買って宮下の運転する車の中でひたすら食べていた。買い食いだなんてしけた遊びだなとでも言え。ガソリン代がもったいなくて中々一つ村を超えた先の町まで遊びには行けない物理的な距離が俺をまた山奥に引き込ませる。ここにくる間二本目のホットドックを齧っていればさっきお昼食べてたじゃん、そんなツッコミを聞き流してこれから迎えるだろう修羅場に向けて脳に餌を与えておく。

「先生が言うには陸君は圭斗に叱られて反省してるみたいだよ」

「まぁ、陸斗に誰よりも言い聞かせる事が出来るのは兄貴の圭斗の特権だよな」

 圭斗が家を出た後も内緒で連絡を取り合って足りない物を買い与えたり、ばれないように宮下のおばさんにお金を預け、学校に必要な物を揃えさせたり小遣いを与えたり、やってる事は親と何ら変わらない。最初は家から通えるところに就職しようと思ったが、家から通うなら給料を全部家に入れろ、もしくは出て行けの二択。圭斗も香奈ちゃんも後者を選択するも二人が心配するのは一人残された陸斗の事ばかり。想像しなくても案の定と宮下は言うが……それにしても本当に胸糞悪い話でやっと家を出るチャンスを止める理由はない。

 とは言えだ。

 さすがにここまで思い詰めているとは想定の内だったが実行しようとするのは想像外で

「宮ちゃん手を握っててね?」

「綾人こんな時ばかり宮ちゃん言うのやめて。キモいし、一人で先生に怒られるのが嫌だからって俺を巻き込むな」

「みーちゃんと俺との仲だろ」

「みーちゃんじゃねえ!昨日ビールも飲まずに待機してた俺に対する感謝は?!」

「うん。ありがとう。だから一緒にいてね?」

「せんせー!綾人がキモいでーす!」

「二人ともいいからさっさと家に入れ!

 そして綾人は怪我人という自覚をしろ!!!で、宮下、お前は仕事の時間まで少しは寝る!圭斗上に連れて行けっ!」

 先生の背後から昼を過ぎても二日酔いが残るひどい顔の圭斗が家に入った途端に宮下を連れて二階に連れて行ってしまい、しばらくもしないうちに「寝かした」と言って戻ってきた。いや、早すぎるだろ?と盛大に心の中で突っ込むのはちゃぶ台を挟んだ正面の先生が腕を組んで無言のままじっと目を瞑っているからだ。下手に目が合うより怖いと思っているのがバレている証拠だろう。伊達に教師をやってるわけじゃないなと変な所に感心してしまう。

「さて、陸斗。綾人も帰ってきたぞ。言いたい事があるんだろ?」

 先生の呼びかけに仏間の襖の影から陸斗が出てきた。

 目元が真っ赤で俯いて、だけど逃げないというように先生の横に座った。確かに今一番安全な場所だけどなんで激おこモードの先生の横を選ぶかなあ?と思うもその反対側に圭斗も位置取る。

 怪我人相手に大人気ないぞと思うも

「綾人さん」

 誰も俺を吉野と呼ばない為に陸斗まで俺を綾人さん呼びとなるもどこかの巨大ワンコと違って初々しさのある呼びかけに何だと?と何が言いたいか分かっている事でも促せる俺は親切な大人だ。

 だけど陸斗は正座をしたまま指を揃えて青ざめた顔を隠すように、震える唇を無理に開けるようにして畳におでこがつくくらい頭を深く下げる、人がこんなにも小さくなるのかと驚きに目を見張れば

「昨夜、は……ご迷惑をおかけしました。

 迷惑をおかけした上に、怪我を負わせて、何とお詫びを……」

「待て!違うだろっ!!先生っ!」

 こういう時は『ごめんなさい』だろと目を瞑って腕を組んで陸斗の不気味なまでに慣れている土下座姿を見ない知らない聞こえないと言うように無視を決め込む姿に

「こんなの間違っている!」

と叫ぶも圭斗が

「だが、陸斗は人を傷つけた。

 たとえそれが事故であっても、事故を起こさないようにするのは当然の事だろ?」

「想定外の防ぎようのない事故だってある!」

「それでも陸斗が綾人を傷つけた。幸いと言うのもおかしいかもしれないが命に別状がなく、神経も無事、骨も傷つかず、出血の量よりも傷は小さくても弟がご迷惑をおかけしました。今は何も持たない俺達だけどこのお詫びはいつか必ずっ!」

 ガバリ、そんな音を立てるように圭斗も陸斗に似たように指先を揃えてこれでもかと言うくらい、俺よりも大きな体を折りたたむかのように頭を畳に擦り付ける。想像はつく。これがこの兄弟が親に躾られた謝罪の仕方だとここまでやるのかとゾッとして笑えない。

「おい、なんだそれ……」

 何やってんだと言わんばかりに立ち上がって頭を上げさせようとすれば少しだけ持ち上がった顔からポタポタと滴が落ちていた。

「昨日、本当に心臓に突き刺さっているように見えて……

 本当にどうしたらいいか判らなくって!」

 叫ぶような悲鳴に一瞬息が止まる。

「綾人に万が一のことがあったら俺どうすればいいか判らなくって……」

 ボロボロと涙を零し、陸斗の鳴き声と謝罪を繰り返す言葉が何度も何度も繰り返された。

「もう病院も行ったし薬もあるから心配する事はないんだし、俺もちゃんと帰ってきたから、もう大丈夫だから!」

 自由の聞く右手で陸斗の小さい体を抱きしめる。

 先生はそっと席を立って台所から外へ出て行き、圭斗にも顔を向ければそっと近づいてきて


「怪我をさせてごめんな。それと陸斗を助けてくれてありがとう」

 

 陸斗を抱き寄せる手の上に圭斗はおでこを押し付けてきて、伸ばす事のできない左腕に向かって、


「陸斗を守ってくれてありがとう」


 左胸の傷に向かっての感謝の言葉に俺はこれが名誉の負傷だと言う事にしておいた。




 泣き止むまでしばらく時間かかったけど、二度と陸斗はあんな事考えないと言う約束と、圭斗には謝罪するくらいなら左手が当分使えない代わりに生活を助けろと言っておく。

「だったら、俺にやらせてください。

 俺が迷惑かけたんだから……」

 いまだ俯き加減の陸斗だが初めて積極的な言葉を聞いた気がした。

 どうするかと思うも

「いいんじゃないかな?」

 と言うのは高山先生。

 勝手な事をと思うも

「どのみち陸斗も怪我のためにこのまま夏休みに突入だし、圭斗の家だってまだ住める状態じゃないだろ。どさくさに紛れてうちに間借りしている分際よ」

「まあ、そうだけど」

 なんてったって今は壁と屋根と床しかない状態。水道電気は通っているも生活ができるレベルの状態ではない。

「陸斗は綾人に預けてお前は早く家を作れ。陸斗も綾人を助けながら一足早く勉強を教えてもらえ」

 言いながらビールのプルタブを開けて畑からもいで来たばかりだろうトマトを丸かじりしていた。

 トマトをかじり、グビッとビールを煽って足を伸ばすように座り

「俺も綾人と陸斗二人じゃ心配だから顔を出すようにはする。

 だから綾人は安心して休む事を覚える」 

「先生は緊張感と人の言えと言う遠慮を覚える」

 反射的に言うも、ビールを持つ手で俺へと伸ばされた手にまた余計な事を言って小突かれると反射的に目を瞑るもその手はおでこに伸ばされて

「ビールで冷えた手が気持ちいい」

 なんだかんだ言ってじわりじわりと上がってきた気温に温度計を見れば三十度。この夏一番の気温だなと言えば飯田さんは東京は三十五度だと渋い顔をするのだろう。きっと次に水曜日に顔を合わせた時驚いてあの人の事だからあれこれといろいろ手伝おうとするのだろうな想像を膨らませていれば

「圭斗ー体温計とそこのポカリとか持って綾人をベットに入れておけ。

 綾人は痛み止めを飲んだのは何時だ?」

「病院でご飯食べた後に飲んだのが最後。十二時ごろだね」

「熱が出てきた。ひと眠りして起きた頃にご飯と薬だな。陸斗、とりあえず圭斗に台所の使い方教えてもらえ」

「陸斗頼むな。先生だけは台所に立たすなよ。食材に対して失礼だからな」

「綾人、それは俺に対する失礼じゃないのか?」

「自覚がないのがまた問題だ。そのあたりの事は圭斗に教えてもらえ」

 言いながら言われたら何だか自覚が生まれ頭がボーっとし始める。

「ほら、トイレ行って着替えて早くベットに戻れ。先生は今日もいるから夕方になったら水路を開いて烏骨鶏の小屋の扉をあけとけばいいんだろ。陸斗も覚えろよ。

 そして圭斗、お前はさっさと陸斗に台所の説明をして早く家を作りに戻れ。そして今日先生は家に帰らないからここに帰って来るんだぞ」

「陸、綾人の家の説明から教えるからついて来い」

 そう言ってまずはトイレと風呂が玄関入口のたたきを挟んだ反対側に在る事の説明から始め

「圭斗ー、綾人の傷に五右衛門風呂は危険だから綾人はシャワーのみにするように監視してろよー」

「先生、それぐらいわかってます」

 思わず俺を何なんだと思うも先生からしたらまだまだ心配なお年頃なのだろうと思う事にして置いた。

「じゃあ、寝るから。圭斗は陸斗に酒飲ますんじゃないぞー。

 そして陸斗はセンセーにほどほどにしろって注意うながせよー」


 お休み、そう言って俺は自分の部屋で明日の朝まで爆睡する事になった。





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