桜が咲く季節に 5
お茶を貰って陸斗の素直さと言う癒しを頂いてぼちぼち帰ろうかと飯田さんと二人で失礼する前に
「ところでおまいら今年のゴールデンウィークどうする?
理科部廃部になったけど勉強するか?」
恒例としてやるかと聞けば
「あ、俺泊り込みでみっちりお願いします」
至極当然というように園田が言うが
「園田よ、お前はもうちょっと家族サービスを大切にしろ」
えー?と今更親と何処か行くと言うのもなという返事に
「綾っち、俺草刈り要因でもいいっすか?」
「川上全然いいぞ。休み明けに少し工事が入るから寧ろ暇なら来い」
「だったら俺も参加します」
ひょいと手を上げる山田に
「先輩行くなら俺達も当然いきまーす」
「お邪魔します」
当然のような葉山と俺もいいですかといまだに遠慮がちな下田。
「当然圭斗と陸斗も来るし」
「こいつらの飯炊き位任せろ」
陸斗とやるぞー!おー!と謎の気合。
「そういや宮からゴールデンウィークは帰って来るって言ってたな」
「なー。四月の終わりからゴールデンウィーク明けまでずっとこっちに居るんだとか」
「やった!宮下さんの山菜の天ぷらマジ楽しみ!」
山田と川上がウェーイとハイタッチ。渋いぞお前らとは突っ込まないが
「ふふふ、皆さんゴールデンウィーク楽しみですね?」
気持ち死んだ視線の……
「悪いね飯田さん。忙しい時にみんなで遊ばせてもらって」
「そうか、神・飯田氏はお仕事ですか……」
毎年の事とはいえ仕方がないと判ってはいるが大変だねと気遣う高校生に飯田さんも苦笑。
「ですが、休みが終わったらしっかり休みを頂いてガッツリ遊びに来ますので」
「その時はお待ちしてまーす」
なぜか園田がものすごい笑顔で差し入れ楽しみにしてますとは言わないが期待に輝く瞳で飯田さんを見上げていた。
今回の様な差し入れを所望すると言った所か。
「飯田さんにおねだりなんて十年早いんだよ」
鼻で笑いながら園田を小突き皆んなの笑いを誘う。
「じゃあ行きましょうか」
「ですねー。じゃあ、また下に用が出来た時は顔を出すな」
言いながら席を立てば門までお見送りしますと言う高校生達をいちいち出て来るな、玄関で待てと犬のしつけの様に押しとどめて飯田さんと山への道をたどるのだった。
その途中飯田さんは工事中の先生の家の横に車を止めるので、後続の俺も車を止めれば
「何かありました?」
窓からひょいと顔を出せば車を降りる飯田さんを追いかける様に車を降りる。
それから手招きされるように後をついて行けば
「綾人さん気付いてました?やっとこの街にも桜が咲きそうなのですよ」
手招きされるままついて行けばお隣の庭の片隅には老木とまでは言わない物の山桜が急な斜面にもかかわらずどっしりと根付いていた事を初めて知った。
そして振り返るように街を見下ろせば至る所に華やかさはないものの白くぽつぽつと咲く花が薄暗い山の谷間の街に浮かび上がっていて、背後の木へと振り返り見上げる。
「桜の木があったんだ。東京じゃ花も散って青々としてるのにやっとか」
「綾人さんの所には桜の木がないのでこれから楽しめますね」
花見で一杯行けますよと笑う飯田さんとは別に俺は家の壁際まで下がってしゃがみこんで桜を見上げれば
「風呂からも見えるかな?軒下が広いから無理かな?」
言えば
「二階から正面に見えそうですね」
言われて二階を見上げるもそこは壁。
「広い窓が可能か内田さんに相談だな」
「ちょっとグラスが置けるような空中ベンチみたいなものがあると良いですね」
「なるほど。窓際に座って桜を見ながら花見で一杯。さすが酒好きの飯田さん。ツボが先生と同じ何て涙が……」
「やめてください」
あの人と同レベルなんてとしくしく泣き出す飯田さんにそこまで嫌か?なんてむごんになってしまうけど
「そういやこっちに来てから、ううん。バアちゃんが他界してから花なんて眺めなかったな」
「でしょうね。あれだけ花が咲き誇る場所なのに花を飾らないからこれでも心配していたのですよ?」
「いや、花の周りって大体虫がいるじゃん」
そんな言い訳に飯田はぶふっと噴出して改めて綾人の虫嫌いの筋金さを理解する。
「畑を耕してたらいくらでもいるでしょう?」
「頑張ってバケツに集めて烏骨鶏達に食べさせてるけど、ほんとあれは地獄絵図だな」
こぞって虫に喰らい付き、振り回しながら引きちぎって食べると言う悪夢も良い所だと思い出しても軽い鬱に突入する綾人の様子すら今の飯田には笑えて綾人は笑い事じゃないのにと涙目で睨みつけてしまう。
そんな綾人の隣にしゃがみ込み同じ桜の木を見上げる。
まだ固い蕾はソメイヨシノとは違い白く、そして花の数も少なくて何処か寂しく見える物の
「やっとここにも春が来ますね」
少し陽が伸びたとはいえ山間の小さな町ではすでに薄暗さを感じ始める。桜のつぼみが膨らみ始めた様に真冬の肌を切りつけるような寒さはもう感じなくなって確かにと小さく頷き
「一月遅れの別れの季節ですか」
それは夏樹の事を言っているのだろうか、浩太さんの事を言っているのだろうかそこには返事をせずに
「仕方がありません。ここには仕事もないし、狭すぎて息が詰まる時もあるから」
「ですね。東京じゃ次の日には忘れ去られるような噂話もいつまでも止まらないので。うっかり口を滑らすのも危険ですからね」
このイケメンシェフはそんな事にも気を配れてイケメンすぎて休日を独占している俺からしたら世の女性に申し訳なくて明日殺されても仕方がないだろうと空笑いをしながらも
「綾人さんがこの街からどれだけ外に送り出したかなんてもう両手では数えられないくらいになりましたね」
少し寂しげな声に
「飯田さんもまたフランスに呼び戻されるような事があったらその時は迷わず行ってくださいね」
夕焼けに染まる飯田さんはどこか無表情で、でもすぐに目の錯覚だと言うように捨てられた犬のような顔で
「つれないですね?
俺の心の故郷はここなのに」
めそめそと嘘泣きをする飯田さんに家を乗っ取られても仕方がないなと思うも
「でもまあ、先生みたいにまた戻ってくる人もいるからな」
「ええ、休日はこちらで過ごすなんて……
ご家族の方もほっとした所なのに落ち着きませんよ」
「まぁ、もういい年だから休日家に居るとろくでもない事に巻きこまれるとぼやいてたから避難所になるのならいいんじゃないかな?」
「巻き込まれる?」
「ご両親が先生の再婚を諦めてないみたいでお見合いの写真が家に帰ると山積みだとか」
「まだそのシステム残ってるのですか?!」
驚く飯田さんと俺の意見は全く同じなので声を立てて笑ってしまうのは仕方がないと言う物だ。




