山を歩くも柵はどこだ 7
「なんてこったい」
三本の杉が倒れ、それに巻きこまれるように根こそぎ柵が落下していた。いつこんな事になったのだろうと思うも雪の重みで木が倒れる音は驚きはある物のいちいち気にしていられないのが山の生活で慣れてはならない所で、家に被害が出なければいいだろうとの本音が見え隠れするのは内緒だ。雪崩被害も今年はなかったしなんて思ったら倒木と言う被害。柵を張り直すつもりだったから心理的ダメージは少ないけど、これはダメだろうとさすがにへこむ。
足場はぬかるみ、気温も風と日陰のおかげで体感温度は氷点下以下。さすがにこの環境で来てくれなどとは言えなく、烏骨鶏や畑の被害、野生動物の侵入が心配だがゴールデンウィーク明けまで我慢するしかない。下の畑を終えてからでも十分だと自分に言い聞かす。
想定外の被害にバアちゃんの花畑から階段を上がって家へと戻るも昼にはまだ早いからそのまま下の畑のパトロールに出掛ける。
家の前の畑は安定した土づくりと屋根を付けた事でぬかるみもなく水はけの良い土は作付け消した苗が雑草と共に青々と茂りだしていた。
相変わらず烏骨鶏が羨ましそうにぐるりと柵で囲われた畑をみているが、まだ食べさせてあげれるものはなく、その辺の物をお食べと無視をする。二十日大根の種をばらまいておいたからそのうち食べれるよと言い聞かせるも理解できるかはまた別の話しだ。
そんな畑を横目に刈り取っただけのハーブ園に向かう。もともと涼しい国のハーブで揃えたので既に新しい芽を出して育ちだしたハーブは古い株からこんもりと育ちだしていた。今頃程度の雪には負けないと言う様に逞しく育ちだしたハーブ達に初めて興味を持ったと言うか
「これは面白いな」
食用としての興味は失せたが、植物としての逞しさは実に興味深い。これだけ何もしなくても育つと言う様子に世の女性達がこぞって育てる理由に初めて納得するのだった。綾人の中にすっぽりと観賞用と言う言葉が抜けているがこうなるとどれだけ過酷な状況で育つのだろうかとワクワクが止まらない状態。サボテンは寒さでダメにしてしまったが最低限の肥料をまいて烏骨鶏を放てば十分だろうとと思ってググったら匂いの強いハーブはダメだとか。
使えねえ……
これはこれでもう小山さんと飯田さんに引き取ってもらうしかないかと当てが外れたと溜息を零す。鶏が駄目なら他の生き物もきっと嫌いなのだろう。虫は来るのになと、養蜂やらないの?なんて言われた事もあったが、食物の生産をするわけでもないのにミツバチのレンタルをする理由もない。働くハチさんは農家にレンタルされれば良いし、どのみちここは寒すぎる。ここに巣を作ってもらっても秋になったら温かい所に移動をしていくだろうし、帰ってくる保証もない。
第一釣りの生餌ですら涙目になるのになぜにハチっこを育てなくてはならないのか。
「烏骨鶏の餌用ですか?」
「貴重なミツバチを餌にするのはやめてください」
そんな事を宮下と話をした事があるなとここで養蜂をやらない理由はこれがすべてだ。
まぁ、ハーブなんて小山さんや飯田さんの手にも負えないくらいに繁殖しすぎたら宮下のおばさんにお持ち帰りしてもらえばいい、最悪梳きこんで潰してしまえばいい。
バアちゃんが思ったより好みではなかった野菜はそうしていたので間違いなし!
バアちゃんっ子もほどほどにしろと言われそうだが植物は最後に土に還す、これがこの山の正しい生態系だ。
ともあれそのままもう一段下の畑へと向かう。ススキばかりのススキ畑。茅葺屋根をしていた時の名残は毎年大繁殖してどうするか目を反らして放置の一途をたどっていたが、どうやら刈り取りに来てくれる人がいるのでそのまま放置で良いだろう。せめて余計な雑草は抜いて置いてあげようと言う所だろうか。
とりあえず冬の間に猪に荒らされた形跡もないのでこれも例年通りスルーで良いだろう。
白樺並木の所は……冬場先生が遊んでいたのできっと問題ないと信じてる。
とりあえずそこを真っ直ぐ行くと飯田さんの作るお昼ごはんまでに帰って来れないルートになるので今回はやめておこう。とりあえず白樺並木の所まで行きながら軽食を食べる。小腹がすいたし、白樺並木の所は歩くのに困難な道のりではないとしてもだ。
自分の敷地内で軽いハイキングをするのも何だか変な感じだがそれでも起伏の激しい山道を歩けば小腹がすく。エネルギーを補給しておかないとこの酸素の薄い地域ではすぐ疲労がたまるのでエネルギーに変換しやすい炭水化物を口へと運ぶ。
要はおにぎり。
少し塩がきつめのおにぎりの中味は何もない。だけど飯田さんが握ってくれたので自分が作るより格別においしいおにぎりを噛みしめて食べてしまう。
寧ろこのおにぎりを食べる為だけにここにいると言ってもいいだろう。かなり壮大な言い訳をしてしまったが、いつもより低い角度から正面の山を見上げておにぎりを食べ終えてお茶を飲む。チョコレートも一つ口へと放り込んで
「白樺の入り口まで行くか」
飯田さんのご飯の美味しさと塩分と当分の摂取、そして水分の補給もしっかりした所でやる気が沸いた。ぬかるみに嵌ってどろどろの足元でへこんでいた気分もぬけて白樺並木の入り口まで進む事を決めた。そんな気合を口にしてで俺は下に続く道へと足を運ぶのだった。
因みにバアちゃんの花畑から白樺並木の入り口まで柵が続いている。その確認というように長い冬に足のあまり使ってない筋肉を奮い立たせて急な坂道の斜面を下りて行く。
黙々と雪の残る草叢をかき分け、鉈を振るって身長ほどの雑草を薙ぎ払う様にかき分けて進めば汗ばんだ頃やっと白樺並木と緑色の金網のフェンス、が見えてきた。
当たり前だがここの部分の柵は無事でほっとしてしまうもそこから畑をぐるっと囲むようにして家の入り口の門まで続いている。足をかければ金網の目は不自然に歪んで、何かの動物の毛も絡まっている。長い間守ってくれてたんだなと言う事を実感して
「ありがとうな」
この厳しい環境の中今までよく守ってくれたと感謝を口にして、それから鉈で雑草をかき分ける様にフェンス沿いを歩いて家へと戻るのだった。うん。今度草刈り機を持ってこよう。久しぶりに鉈を振り続けて肩と背中もパンパンだととりあえず荷物は庭先に置いて風呂場に直行する。
お昼までの時間には十分あるからとそのままどぽんとお湯につかった。ちょっとぬるまりかけていたので先に竈に火を入れて足元からじわじわと暖かくなると言うか熱くなる温度変化を楽しむ。
「あー、幸せ」
飯田さんはまだ起きて来る様子はなし。
もう少し贅沢にも昼間の風呂を楽しませてもらう事にするのだった。




