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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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これでも教師です 3

 車の止まる音と共にガタガタと荷物の降ろされる音が聞こえたと思えば

「篠田、もう来てるのか?」

 既に止まってる車を見てかかけられた声に返事だけして玄関へと向かう。

 仕事を始めるには少し早い時間なのに内田親子がやってきていた。

 土曜日だと言うのに来るのは天気が良いうちに仕事を終えたいからと言うのもあるし、家から近い職場なのだ。周囲の家に迷惑かけることのない場所なのでやれる時にやってしまえと言うのがこの仕事のコツだろう。

 納期はないもののなるべく早めに仕上げるのがもっとうで、この家の下の家人がただいま病院に厄介になっているうちにあらかた進めたいと言うのもある。最も内田さんの奥さんが言うには補聴器があっても聞こえているかどうかというくらいの耳年齢。一人暮らしで迷惑をかけるとするならヘルパーさんにだろうというのが隣家の事情だ。ホームに入るとか入らないとか話が上がっているものの、息子さん夫婦の近くに行こうかどうしようか、お孫さんが受験を控えてるからちょっと待つとかそんなタイミング。だったらここでヘルパーさんに囲まれてのんびり暮らしたいと本人の申告だが、かかる費用がもったいないと、受験を控えた息子夫婦の下心になっとくするりゆうをみつけるのだった。

 ともあれそんな近隣の事情に内田親子は破壊の権化と言わんばかりにバールとチェーンソーを手に家の周りを彷徨いていたのを見て高山は顔をだすのだった。

「ご無沙汰してます」

 ひょいと片手をあげて人の良い顔での会釈を圭斗は胡散臭ー何て聞こえるように言うも高山は笑顔を崩すことなく驚きから再会の喜びに変わる二人に改めての挨拶。

「おはようございます。早くからお勤めお疲れ様です」

「高山先生じゃないですか!ひと月ぶりです」

「山が恋しくて戻ってらしたか?」

「はい。この家もですが、綾人の所の五右衛門風呂が恋しくて高速飛ばしてきちゃいました」

 何が来ちゃいましただ、なんて再度高山にだけ聞こえるボリュームで突っ込むも華麗にスルーされてしまう。相変わらず良い根性だ。

「この家の事は植田達からも話を聞いていたし、綾人からも適当な感じで話を聞いていたので一度見たいとは思っていたのですが、ゴールデンウィークだと道が混むかと思ってその前に何とか予定を立ててみましてね?」

 家にも連絡せずに衝動的に来た癖によく言うと以下省略。

 内田さんは先生と一緒に家を見上げながら

「先生、この家は幸せだ」

「はい」

「先生と綾人君の縁で死にかけた家に命を吹き返した。

 吉野の家同様作り手が変わってもその仕事を継承する人間に任せてくれたし、何よりこの土地の木で作られた家だ。上手く呼吸をしてくれるし、継ぎ足した木ともよく馴染む」

 ニカリと笑う内田さんの言葉の意味はわからないがきっと高山に知ることの無い大工の拘りの世界があるのだろうと敬意を払って頷くのだった。

「家の事は聞いているか?」

「今圭斗に完成予想図を見せてもらいながら説明受けた所です」

「じゃあ、もう一度説明なんていらないな」

「ええ、と言うか檜木風呂とは綾人、本当に風呂好きだなって呆れるしかないですしね」

「普通の風呂もあるから余計にですね。完成したら入らせてもらわないといけないですね」

 浩太も笑いながら贅沢に作ってるんですよーと綾人の財力ゆえに笑って気合をいれている。

「先週森下さんが来てくれましてね、あの人そう言った手配も得意で今から楽しみですよ」

「そうなんですか?それを聞くとますます楽しみですね」

 笑いながら浩太さんを隣の家の方へと誘導していくのに嫌な予感がするも

「篠田、工具を運び込んでおくれ。とりあえず今日中に抜ける壁を抜ききるぞ」

「はい、わかりました」

 ツルハシを背負って古い土壁を剥がしたり壁を貼り直したりまだまだ取り除かなくてはいけないものは盛り沢山だ。綾人の家の離れと納屋で内田の作りは学んだつもりだが

「圭斗見てみろ、この欄間はじい様の作品だ」

 相変わらずこまかいなあ、今度長沢にも見せてやらないとなと笑う理由はふすまを取り払った事もあり、この欄間は必要としなくなったのが原因だろう。

 これも処分するのか、それはもったいないなと見事な彫刻を見ていればスマホに手が伸びて、仕事中の通話に内田さんは露骨に嫌な顔をするが

『圭斗、何かあったか?』

 仕事なのはわかっているので余程の想定外があったのかと少し緊張した声が返ってきた。内田さんも相手が綾人と分かれば何を始めると言うように仕事の手をとめて

「先生の家の欄間を今外している所なんだけど、内田さんのお爺さんの作品なんだって。すごく良い彫刻だからどこかに使いまわしてもいいか?」

 内田さんの目が見開いたのを見た。

 驚いたというか、想定外だったのだろう。

『そう言う事だったらどんどん使いまわして良いぞー。

 って言うか、俺じゃ良し悪しはわからないから。そこんところ圭斗に任すから俺よりも内田さんと相談して?』

 さすがに彫刻の良し悪しなんて分かるかと言う綾人の審美眼は主に数字に発揮されるのでこういった感性的な物は高校時代に嫌と言うほど体験させられたのは言うまでもない。

 ただ綾人の凄いところはそれを認めて丸投げする度胸。そしてそれを補いさせられた宮下と言うちょろい駒。言い方ひどいがナイスチョイスしたと言うしかない。

 今度はそのお鉢が俺に回ってきた。

 いつの間にか通話は切られ、どうしようかと内田さんを見て

「欄間、どこに使います?」

「とりあえず壁のアクセントに使うか?」

「この幅を使えるのは限られますか」

「象徴とするにはいいだろう」

 吉野の木と内田の技術。

 見せつけるなら居間の壁に使うのがベストだと、キッチンからも見える壁がいいだろうとすぐに決めることができた透彫の裏に新しい板を貼ってコントラストが浮き立つようにする意見は俺も内田さんも同意見。

「折角なら他の建具も使い回しましょう。新しくするにはもったいない物ばかりですし」

「リメイクだな。確かに今回のリフォームにうってつけだ」

 うんと頷く内田さんの判断に圭斗が教えてもらうばかりではなく意見を聞き入れてもらえるようになった事で確かな成長を一人噛み締めている頃


「浩太さん!絶対この檜木風呂はこの位置がいいかと思うんだけどー?

 窓もすりガラスなんてしけた物じゃなくって?」

「先生!俺たちは依頼主の言葉の添うことが絶対でして!」

「綾人の言う事なんて俺が良しって言えばあいつオーケー出すしー?」

「信頼の問題なんですって!」

「綾人の俺の信頼は絶対なんだって!

 だーかーらー、より良い風呂場作りを目指してサクッと変更しちゃいましょう!」

「だめですって!」

「男ならバーンと大きいガラスにして街を展望!最高じゃないですか!ロマンじゃないですか!」

「勝手な事はしません!」


 先生のウザい攻撃に浩太さんが巻き込まれているなんて、職業柄人に問いふせる事が得意なスキルに浩太さんがまさかの陥落するなんてこの時は気づきも想像もしなかった俺達だった。


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