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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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キャンプ・キャンプ・キャンプ 8

「おはようございます」

 森下さんの申し訳なさそうな、何とも言えない情けない顔に吹き出してしまいそうになるも何とか耐えて

「おはようございます。寒くはなかったでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」

 飯田さんの隣に居るせいもあってしっぽと耳を垂れ下げる反省する犬の如く情けない顔を披露してくれるも俺は視線を窓の外に向ける。つられるように窓の外へと視線を向けた森下さんに向かって

「この時期で十センチ程度なら積った方かな?」

「か、重ね重ね申し訳ないです」

「ただでさえ奥さんと娘さんが水疱瘡で寝込んでいるのに冬山キャンプで風邪をひいた何て、離婚懸案だと思います」

「お願い!嫁ちゃんには言わないでえええ!!!」

「さてどうしようか」

 なんてにやにやと笑いながら朝ご飯を頂く。

「そう言えば森下さん今日帰るの?」

「うん。一応熱も下がったみたいだし、明日退院も出来るみたいだからあとはかさぶたになるまで自宅治療だって。一週間は安静にだから俺が娘の相手をして家の事をしないとな」

「良きパパぶりだね」

 感心するも

「嫁さんが一大事な時に、娘の側にも居てやれなくて良きパパとは言えないよ。 

 だけど嫁さんのご両親が言ってくれたように共倒れだけはなっちゃいけないからな。寂しくっても我慢なんだよ」

 言いながらも飯田さんのご飯をモリモリ食べる様子に心配は何所だと探してしまう。

「じゃあ、今日山を下りたらそのまま帰宅ですね」

「ですね。土産と家の片づけして娘は嫁さん退院の後迎えに行く事になってます」

 そう聞けば立ち上がり部屋へと戻って

「少しですがお見舞いです。食欲も落ちているでしょうから何か食べやすい物でも買ってください」

 一番安いのし袋にお見舞いとあまり上達しなかった文字を筆ペンで書くも

「そんないただけませんよ」

 なんて言うから

「今回のお仕事代込です。内田さんに言っておきますので気兼ねなく貰ってください」

 言えば飯田さんも笑い

「なら俺からは何か作って持って行きます。昼ごろまでにはお届けに行きますので先に帰らないでくださいね」

「飯田さんまですみません。

 本当に申し訳なくってありがたいですと涙ぐみながら感謝の言葉を何度も繰り返すあたり小さな娘さんを抱える家を建てたばかりのお父さんの生活費に今回のような予定外の出費は想定外だったのだろう。

「お節介がてらですが、奥さんにはちゃんと保険入れましょう。県●共済で十分ですので」

「すみません。本当に身に沁みます」

 ずずっと鼻を啜りながら大切そうにカバンに片付けて

「話は変わりますが、圭斗の家の納屋は決まりました?」

「ああ、うん。だいたいは。

 ほら、外国の映画に出てくる子供って家の外に秘密基地とかよくあるだろ?」

「昔の映画にはよくありましたね」

 飯田さんも竃から発掘してきたさつまいもをスプーンでほじくりながら

「最近の映画には出てきませんけど、時代を感じますが羨ましく思いますね」

などと言ってスプーンで攻略するのをやめて皮ごと齧り始めるのだった。

「今回は陸斗の遊び部屋になればいいかと思います」

「まあ、陸斗君ならヤリ部屋にする事はないと思いますので安全ですね」

 どうでもよさそうに、でも真剣な顔をしてさつまいもを眺めながら咀嚼する飯田さんに俺と森下さんはドン引きしながら飯田さんから物理的に距離を取るのだった。

「うわー、綾人君聞いた?

 イケメンシェフが言うとシャレにならないわ」

「いやー、飯田さんのイメージが百八十度変わったー。やっぱり宮下の実はフランスでは遊びまくって日本に強制送還された説が確定になったか」

「……軽はずみな発言申し訳ありません。ですので今言った事は忘れて下さい」

 焼き芋に気を取られて思わず飛び出した不用意な言葉に飯田さんは顔を青くするも

「でもそう言った言葉が出るって事は飯田さんの職場の様子がわかるな。

 うちも職人が集まれば猥談の一つや二つ出るもんだし?」

 フォローのつもりか森下さんも男の職場はそう言うのは避けられないと言うが

「そういや綾人君達はしないのかい?」

「宮下と圭斗と?

 そういやしないなあ」

「えー?ガッツリしたいお年頃なのに?」

 なんて言うも

「俺たちそれどころじゃなかったって言うのもあったしなあ」

 ひたすらお金の為に働きまくっていた圭斗に日々仕事を辞める日を数えながら過ごすのがやっとだった宮下、そして何とか自分を動かすだけの俺がその手に意識を向け盛り上がる事はついぞなかった。

「あ、でもジイちゃんは好きだったな。よく孫に何聞かせるんだってバアちゃんに叱られてた」

 襖を開ければ正面に立派な仏壇。

 襖も綺麗な手漉きの紙で綺麗になった仏間は格が上がったようにも見えたが

「まあ、こんなトコで猥談するより怪談する方が盛り上がりからなあ」

「ええ、ご先祖さま達のお写真と仏壇に収まりきらない位牌の数々。実家も大概ですがここは静かな分雰囲気が倍増ですしね」

「蝋燭一本で語らうのがお約束です」

「綾人君!まじ怖いんだけど!!!」

 いやあああ!!!やめてえええ!!!

 なんて言いながらも仕事の準備と昨日の片付けをするのは仕事柄ちゃんとできているようでよろしい。

「では、ぼちぼち内田さんが到着する前に向かいます。大変ご迷惑をおかけしました」

「奥さんと娘さんにもよろしく」

「こちらこそお気遣いいただきありがとうございます。元気になったらまた一度ご挨拶にお邪魔します」

「なら今度は夏の暑い時に来て下さい」

 夏ならここは涼しくて快適ですと今も積もる雪だが道路の方はそこまで積もってはないようでスタッドレスでも十分だ。

「飯田さんもご迷惑おかけしました」

「いえ、こっちもリベンジのつもりでしたのでお気になさらずに」

 二度の失敗というキャンプに苦笑する飯田さんからはもう寒くて家の中に逃げ込んできたのがバレて猛省していた様子はどこにもないなどと挨拶している間に時間を迎える。

 また今度~というように手を振りながら水気の多い雪の上を踏みしめてさっていく後ろ姿を見送りながら

「飯田もありがとうございます。寒い中付き合ってくれたようで、お世話かけました」

 人のいい飯田さんだからこそ森下さんを励ましたり、無謀な冬キャンプ(四月だけど)で目を離さないように気を使ってくれたのだろう。

「馬鹿な話をしただけですよ」

 のほほんと笑う飯田さんこそ俺のよく知る飯田さんで、改めて俺に気遣いしながら心地よい距離感に感謝をしつつ

「今夜は少し遅れましたが綾人さんの二十三歳の誕生祝いも兼ねて豪勢にしましょう!」

「是非ポテトグラタンでよろしくお願いします!」

「承りました!」

 いえーいとハイタッチして

「じゃあ今夜はいっぱい食べれるように畑仕事頑張ってきます!」

「はい!楽しみにしてて下さい!」

 元気よく畑に向かう様子を見送りながら毎年少し遅れる誕生日祝いを繰り返す。

 お祝いはすでに圭斗君達から旅行の付き合いという形でしてもらっただろうからこれは俺との付き合い方だと朝食を片付けた後綾人さんに揃えてもらった離れのキッチンで材料を真剣な眼差しで見る。

 俺特性のベシャメルソースは綾人さんの作る甘みの強いジャガイモに合わせて濃厚なバターを選びほんの少し塩気を強くする。 

 ポテトグラタンがメインならケーキはもちろん綾人さんが作ったサツマイモで作るスイートポテトでイモ×イモ攻撃だ。

 これは山ほど作って後ほど森下さんと内田さん、そして圭斗君の家にもお裾分け。

 だけどそれでは誕生日の特別というには物足りない。

 しかし今からなら時間は十分にある。

 パイ生地から作るリンゴを底に敷き詰めたスイートポテトパイを作ろうと先程の焼き芋を食べて決心した所。

「さて、腕がなるな」

 本格的な料理を作る場はもうそろっている。材料も最高のものが揃っていて、幸せな食事の光景を想像しながらいつの間にか火を操る腕は父を越えたと自負するように竃に命を吹き込むのだった。



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