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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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夕立のような 2

 両開きの扉から正面の勝手口に続く土間は広く、その半分は飯田さん仕様のキッチンが広がっている。既に飯田さん推奨の業者と話が進んでいたらしくパンフレットからのコピーまで準備されていた。

 土間は大きく二つに分かれていて長火鉢のあるテーブルが中央にドンと置いてあって椅子がよういされていた。うん、俺こんな事になってるの知らなかったけどまあいいかと一酸化炭素中毒には気を付けようと命の問題なので換気扇の位置は確認しておく。

 土間から一間の板間を挟んで引き戸の部屋に上がる。

 畳は張り替えたりしないといけないので思い切って全部板の間に変えた。変わりに畳で作った座布団にすればいいと目から鱗の提案に乗り、北側の廊下を潰して急な階段を緩やかに上るようにお願いした通りに変更になっていた。

 二階は八畳二間に変更され、こちらも板の間に変えてもらった。西側一面には押し入れがあり収納はしっかりと出来る仕様になっている。

 二階にも南側には一間の内縁があり、隣に立建つ母屋の日陰にならない距離はさすが田舎と言うしかないだろう。この内縁の突き当たりも物置のようになっており、高校生が泊まりに来た時のこまごました物を入れるにはちょうどいいと思うようにしておく。

 なにより俺が気に入っている所は二階の部屋から土間を見下ろす窓がある事だ。家の中に窓だよ?距離も取れているから厨房の様子もちらりちらりと見えると言う説明だ。もっとも子供が落ちるかもしれないので要注意だが、代わりに取り外しの出来る手すりみたいなものを作ってもらえるらしい。内田さん曰く障子の紙が張ってない奴だと言う。全然落下防止としては役に立たないかもしれないが下の様子が見れればいいじゃないか、ここは大人の遊び場だと言いきられれば確かに目の前にむき出しの梁が見えるのも乙だし住居じゃないんだから問題ないよな!もし落下するとしたら高校生だから責任は自分達で取れよと言う事で見た目重視しておいた。

 まぁ、一階の雑音が筒抜けになるのと煙が二階にも立ち込む事になるがたぶん俺はここで居住する事はないだろうとするーする事にした。

 屋根裏部屋を必要しなくなったので二階の部屋も趣のある部屋となったがトイレは一階の内縁から入れるようにしてもらった。

 昔のトイレはみんな外に在るのが普通だったらしくわざわざ軒下を歩いて外に在るトイレを使うのだが、めんどくさいのでトイレも改造して内縁の突き当たりに簡易水洗で作ってもらう事にした。これで雪をかき分けて行く真冬のトイレ事情はクリアだと、別に住むわけじゃないんだからねと自分で何でか言い訳しながらほっとしている部分があって苦笑。そしてもちろん風呂はない。五右衛門風呂があればいいじゃないかと内田さん山川さん共に風呂はいらないで一致した。

「なんかまだ図面で見るだけだけど興奮するよなー。さっきまでは少しセンチメンタルな気分になっていたのに」

「ええ、施工主さんは思い出と希望を折り重ねながら家の完成を待ちます。当然の感情です」

 言いながらもここまでの金額に軽く眩暈を覚える。最初の予算を大きく超えた金額だが最初の金額の方こそかなり無理な値段だった事をあれから調べて理解したつもりだ。

「どのみち火事にならないようにけが人が出ないように安全に進めて下さい」

「承りました」

 深く頭を下げる三人が顔を上げた所で浩太さんが

 所で高山先生がおっしゃってた理科部の合宿はこちらで?」

「はい。夏休み入ってすぐと始業式直前、お盆明けにテスト対策としてやりますね」

「それは大変ですね。新しい離れで勉強会が出来れば子供達も楽しかったでしょうし」

「むしろ悪戯されなくて済むって安心しますね」

 話し出して内田さんと山川さんは小屋を見に行くと言って出て行ってしまった。

 まるでそれを見計らったように少しだけ俯いた浩太さんは

「あの、聞きにくい事なんですが……」

 そんな前置きをして話しを始めた。案外内田さんも山川さんも浩太さんの様子のおかしさに気づいて席を外したと言わんばかりのあまりいい話のトーンじゃないなと麦茶を入れ直して話しを進める。

「うちの息子の雅治と、先日お会いした友人の弟さんと何かあったのでしょうか」

 何も知らなくても察しが出来るような二人の気配に俺は少しだけ眉を顰め

「俺から言う事ではないのですが、篠田って農家をご存じですか?」

「はい。昨年だったか家を建てさせてもらいましたが一族は多く……」

 言って顔を青くした。

「まさか彼らがあの篠田の息子さんですか?」

「多分そのまさかの篠田さんです」

 言えばなんてこったいと言う様に頭を抱えだしていた。

「まぁ農家によくある家の手伝いをさせられているみたいですが、話を聞く限り度が過ぎていると言うか、末の子供なので今まで守って貰えてた兄姉も居なくなって随分と苦労しているようです」

「噂話では聞いた事がありましたが……」

 乾いた口を湿らすように麦茶をなめる浩太さんの青ざめたまま顔から視線を反らせて話を続ける。

「多分噂話の通りですね。おかげで勉強が出来なく農業の手伝いが出来ないからと家では随分つらく当たられているようです。

 勉強する時間も放課後友人との時間も持てなくて、授業の合間の休み時間が僅かな休憩時間と聞きました。お弁当は朝ごはんの残りをおにぎりにするしか食べる物がないと聞きました。

 虐げられる事になれてしまった心はもう反抗する事が出来なくなるのですよ。

 つまり、学校でも反論したり喧嘩する事も出来なく、食生活も体が求めるくらいの量を得られずやんちゃな子達からの標的になるのは当然かと思います」

 それを誰かとは言わない。

 だけど察したようで膝の上に置かれた握り拳が震えていた。

「ああ、あと折角建てた家ですが、彼の部屋はないそうです」

 唖然とした顔が俺を見つめる。

「いや、だって、設計して施工した時は南側の暖かい部屋を子供にって……」

 実際そこを部屋として住んでいるのを見たわけではないですよね?」

 聞けば項垂れていた。

「今は圭斗がこっちに戻ってきて親と喧嘩をして陸斗を連れて圭斗の家に移りました。圭斗は分籍しましたが未成年の陸斗はまだ無理で、今は虐待の証拠を手に警察と弁護士で話し合いをしているはずです。近く陸斗を圭斗の息子として養子縁組を組むはずです」

 そんな酷いのかと同じ子を持つ父親は唖然としている。

「まぁ、陽斗さんが今お付き合いしている人といい感じになっているので多分すんなり養子縁組は決まるでしょう」

 新たな生贄に同情するしかない。


「ですが、そんな陸斗が虐められるのは仕方がないですよね」


 能面のように表情と温度を失った浩太さんが何を考えているのか知らないふりして内田さんと山川さんの元へと向かうのだった。





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