空と風と 6
それから部屋に戻り、何故か旅館の個室にも拘らず書斎のある室内で旅先にも持って来たのかノートパソコンを起動させ、それから室内の設計図を取り出して内装を整えて行く。
隣の二階には床ばりのワンフロアにガラス張りの格子戸。
押入れは木の扉になってしまったが、その代わり壁には烏骨鶏ハウスの二階にしつらえたような棚が付いていて、細かいことに離れを作った時の花器を飾っていた。
階段の上り下りする所は木の柵で囲い、降りた所の部屋は畳の間と周囲を板の間で縁取る。小さな台所は当初の予定通りで奥の納戸を風呂場へと変えてしまった。窓の向きもそしてどんな雰囲気かはこの旅館のURLを張り付けて置いた。
そして土間の床面は煉瓦に変更。そして隅っこには鋳物のレトロな薪ストーブを置くのだった。
さらに先生の家の設計図も呼び出して一階の小さな侘び寂びの世界の中庭のイメージ図を張り付け、二階へと移動。そしてまたぐるりと本棚に本が並ぶイメージ画像のURLを張り付けてメールに添付して送信と通信。
「もしもーし、浩太さ。綾人でーす」
ワインのせいかテンションが高いが通話が繋がった所で誰からか判っていても声をかければ
「え?綾人君?旅行中じゃなかったの?」
戸惑いと驚きの声となにやら物凄い人数の声。
「旅行先からでーす。なかなかいい旅館に泊まれまして、先生の家のイメージがわきまして、こんな感じで宜しく的なファイルを送付したのでちょっと見てください」
「ええと、うん待ってて。って、うわ、重っ、え?なにこれ?凄いイメージきめちゃって……」
「どう間に合いそう?」
「いやいや、全然大丈夫だけど。今回は図面通りに作るんじゃなかったの?」
「その声は森下さん。随分また賑やかですね」
もうばれてるんだぞと言うように言えば乾いた笑いと
「浩太さんから今なら綾人君留守にしてるから弄りじゃなくって見学し放題だって聞いたからみんなに声をかけたらなんかみんな集まってさ」
いつかのデジャブ。
「この間の山川さんの仕事の話しとか聞いたりしててさ、あ、動画見ましたよ?なのでみんなで宮下さんの家に行ってお願いして見に行かせてもらったりして、あれはなかなかじゃないか!」
留守番の意味ねぇ!!!
関わりたくなかったのは判ったけど鍵を預けてこんな使い方されるなんて……
「あ、烏骨鶏の餌を追加して水を変えておいたよ」
前に烏骨鶏の雛を譲った日下さんまで居た。あざーっす。
「じゃがのう吉野の、この薪ストーブはどうだろうか」
この部屋の使用目的には適さないとの長沢さんの言葉だが
「あ、それイメージ画像なのでなくっていいです。部屋の方にガスストーブつけるんで」
ライフラインに都市ガスがあるならではの提案だ。
「それもつまらん」
どっちだよ?!何て心の声を抑えて空笑い。
「暖炉ぐらい作ってみせろ」
「山小屋風ですか?」
レンガを敷き詰めた床にレンガの暖炉。ありきたりだと思ったが
「自然の石を積んだ暖炉だ。アルザスの昔の家にあるような素朴なやつはどうだろう?」
「その声は森下さん……
一瞬長沢さんの口からアルザス何て地名が出てきたからびっくりしたじゃないですか」
いいながらどんなもんかと調べるも
「あー、ちょっとイメージが違いますね。今回大正時代のような大正モダンがテーマなのでアルザスの田舎風はご自分で作って下さい」
なんで俺が森下さんの希望を叶えないといけないんだって若干低い声になって仕舞えば背後でも森下が悪いとの盛大なツッコミが聞こえれば溜飲が下がると言うもの。
「とりあえず詳しいことはまた帰ってから詰めましょう」
「そうだな、どうせ綾人くんの事だからいろんな事を仕入れてくるのだろう?」
浩太さんの苦笑を隠しきれない声に
「それはどうだろ?」
多分ここが今回のピークだと思う。
家具も味があって良かったかもしれないが、アーティストではない職人の技に囲まれて養われた感性。そうそう上を探すには難しいとこの旅館でも感じてしまった。あるとするなら古き良き時代の、それこそ先生の家には似つかわしくないくらいのモノ。お値段的に。
「ああ、でも小さなこじんまりとした秘密基地は良いかもな。屋根裏部屋の秘密基地もいいが、自分の居場所と好きなもの画全部手に届く範囲の小さな書斎。なんかこの旅館にもあるんだけど、コンパクトで居心地時は悪くない」
「綾人くんの家はどれもこれも広いからな。そう言うのは新鮮だろう?」
笑う浩太さんに
「そんな事ないっすよ。東京にいた時は四畳半の部屋に二階がベット、その下に机がある部屋だったので。ああ、だから馴染むのか?」
いい思い出はなかったものの塞ぎ込むには十分なほどの閉塞的なまでに守られたプライベート空間はむしろ母親の腹の中にまで戻ってやり直したいと言う心理の現れだろうか。
客観的に捉えながらもコンコンとノックする音。圭斗が対応した所で時間を見れば
「すみません。連絡しておいてなんですがご飯の時間なようで」
「もうそんな時間か。ちなみに今夜はどんなご馳走を?って、聞くまでもないか」
「はい。今夜は気合を入れて海の幸満載コースです!」
牡蠣に鮑にふぐの刺身その他もろもろの新鮮な海の幸を味わいにきたのだ。
「では、また今度!」
なんて返事を待たずにPCも片付けて通話も終了。
次々に並んでいく料理にご満悦になってしまう俺に
「もう良かったの?」
宮下のもっと話すことがあったんじゃない?なんて視線に
「ん?後は会ったときに直接ってね。一日二日じゃそこまで進まないし」
俺の意識はすでにテーブルの上にしか向いてない。
座布団に行儀良く座って仲居さんのお料理の説明を聞く。お品書きも料理長自筆でなかなかに達筆。ビールと地元の地酒も用意してもらって鍋料理に火をつけた所で退室していった仲居さんがしっかりと扉を閉めた所で
「じゅるり……」
涎が垂れてしまった。
「ああ、もう食べよう!綾人いただきますしてからだよ!マテだよ!」
圭斗が急いで瓶ビールの栓を抜いて注いでくれたものが三人の手に行き渡った所で圭斗の号令。
「ではご一緒に」
いただきまーす!
三人分の期待の悲鳴はすぐに歓喜の悲鳴と変わり、牡蠣や刺身を飲み物のように食べていく様子はレストランのような人の目がある所ではできないくらいの勢いの良さ。
ただひたすら海鮮を熱望する俺に、食べれるものはしっかりと腹に収める圭斗、そしてこんな俺たちに遠慮したら最後何も食べれなくなる事を熟知する宮下の容赦なさ。
食事とは戦いだ。
むしろ戦争。
美味しい料理に自然と浮かぶ笑みにせっかくの温泉は今夜は入れそうにないなと一瞬だけど思い出すも、この後再び現れた仲居さんが持ってきてくれたご飯と汁物、そしてデザートまでもしっかりと堪能して。綺麗に片付けられたあとは三人で部屋風呂に足をつけながら宮下と圭斗の建築談義にじっと耳を傾けて聞き入る綾人がいた。




