白銀の世界で春を謳う 15
夕方になって暗くなった頃、灯りのない烏骨鶏ハウスの二階からやっと戻ってきた。俺も手伝いに行こうとするもやんわりと入室を断られた事もあり、烏骨鶏を土間に放置して自室で色々な事をするのだった。
とりあえず賑やかな一段の声と烏骨鶏の大騒ぎをする声に俺も土間へと向かえば誰もが埃だらけに顔を引き攣らせる。
「まずは風呂だ」
「だよねー」
山川さんのも仕事服ではない私服を汚してそれよりもと言うように白湯を飲んでいた。
先生は外の風呂に行ってくると言ってさっさと行ってしまうし、蓮司と圭斗から陸斗に先に家風呂に入るように指示が出されていたようで真っ先に風呂へと向かうのだった。外風呂は先生がいるからと少し熱めにしてある。熱ければ雪でも入れて調節してもらえれば良いと風呂好きの人に指示なんてしない。
蓮司と圭斗は何やら片付けでもしているのかなかなか戻って来ないが烏の行水ではないが本当に暖まってきたのかと言う速さで陸斗が風呂から上がってきた。まあ、暖まったと言うように暖かそうな色合いをしているから良いかとしっかりと髪を乾かした陸斗はこの家に置きっぱなしにしている服に着替えて晩御飯の準備を手伝ってくれるのだった。入れ替わるように山川さんが風呂に入って出てくるも長風呂な先生はいまだに帰って来ない。
「風呂空いたー?」
やっと蓮司が戻ってくるのを見て
「圭斗は?」
「もうちょいやるって。すぐ終わるって言ってたから」
「まあ、圭斗なら晩御飯に遅れないだろうけど」
言いながらも蓮司も手早く風呂の入ってさっぱりしていた。そして先生はいまだに帰って来ず。山川さんは野沢菜と赤かぶの漬物で一足先に晩酌を楽しんでいた。そしてまるでタイミングを見計らったように圭斗が戻ってきて
「ご飯の準備するから」
「悪い、急いで風呂入って来る」
「急がなくても良いからしっかり温まれ」
貧乏性ではないが最低限しか与えられなかった圭斗と陸斗の風呂に対する割合は毎日と言うものではない。一日おきに入っていると言うが、それでも生家にいた時は冬だろうが夏だろうが三日に一回程度だと言う。夏でも汗を流すような地域ではないとは言え年頃の男の子ならやっぱり臭いは切り離せれない。学校の理科室で勉強を教えてた時、いくら何でも俺が耐えれん。だけど口には出しにくいデリケートな問題と宮下から聞かされた篠田の家での待遇に水を使わないドライシャンプーをプレゼントした。同情するなと言うようにものすごく睨まれたが「兄弟にも同じ思いをさせるのか?」 少なからずのコミュニケーションで理解した懐柔する為の攻略は当時あまり知らなかった妹と弟(陸斗は存在も知らなかった)を思って渋々と受け取っていた。おかげでと言うか夏場少し距離を開けていた圭斗とクラスメイトの物理的な距離はなくなったみたいだが、それを見ていた宮下によって香奈にドライシャンプーが渡されると言う気遣いが香奈の気持ちを加速させる一因になったのは言うまでもない。
そんな篠田兄弟の風呂は仕事柄毎日入れとは言っている。夏場は毎日、冬場は仕事次第で最低二日に一回。経済的な問題もあり俺も妥協するのだった。
圭斗が風呂から上がってくる頃になってようやく先生も風呂から上がってくるなだった。
「先生待ちくたびれましたよ」
先にいっぱいやってる山川さんはお酒に強いらしく顔を赤くせずに白菜の漬物を摘んでいた。お酒もすでに二合ほどを呑んでいる。この世界お酒の席は避けられないらしく弱くても気がつけば人並み以上に離れると訳のわからない講釈に素面に見えてもしっかり酔っ払ってるんだなと納得しておくことにした。
そして渾身のボタン鍋を披露する。
山川さんや陸斗は目を輝かせて花咲く猪の肉を見つめるも、見慣れた先生、そして今更感動しなくなった圭斗も早く食べようぜとすでに鍋でとろけている白菜などを退治して肉を入れるスペースを確保するのだった。
「醤油ベースですか」
山川さんはしっかりと出汁をとった鍋のスープに舌鼓を打ちながら猪の肉をしっかり火を通して食べる。凍らせたとはいえ野生の肉。しっかりと火も通して食べるのが食の安全だ。
モリモリと食べるスピードは正直おもてなし側は箸がつけられない早さ。肉を入れたらしゃぶしゃぶと早く火が通るように鍋にくぐらしてそのまま口に直行。おかげで瞬く間に肉がなくなっていく。〆のうどんもいつの間にか投入されて圭斗が味噌まで入れて味変までする始末。
「醤油ベースも良いが味噌ベースもまた美味いな!」
舌鼓を打つ山川さんに
「土手鍋みたいに鍋の縁に味噌を塗りたくって焼けた味噌を溶かして食べるのもうまいっすよ」
圭斗の食べ方に先生も頷き
「焼けた味噌をそのまま食べて酒の当てにするのもおすすめだし猪の肉に乗せて食べるのも良い。どっちにしろ酒が進むな!」
止まんないんだよと笑う先生だがあんたはいつも止まらないだろうと突っ込んでおく。
竃炊きのご飯もおかわりが止まらないし、野菜も瞬く間になくなっていく。〆のうどんは最後まで残らず、さらにご飯も鍋に入れて汁の一滴まで余すことなく食べ尽くし
「「「「「ご馳走さまでした」」」」」
「お粗末様です」
気持ちのいい揃った挨拶が終わった直後五人は立ち上がってまた靴を履いて外へと出かけるのだった。
「は?どこ行くんだよ???」
まさか真夜中に雪合戦???なんて馬鹿な事をなんて俺の方が馬鹿な事を考えていれば
「まあ、お前はそこで待ってろ」
蓮司のアイドル顔負けの爽やかな笑みに心の中でキモっ、何て思ったりもしたけど、巣に帰りたそうに家を出ようか迷ってる烏骨鶏を外に出さないように適当に折り畳んで置いてある段ボールを組み立てて置いておけば烏骨鶏達が箱の中も入ったりして遊び出したり落ち着くのかそこで寝始める烏骨鶏もいる。
何やってるかは想像はつくがほどほどになと思いながら散々食い散らかした食後の風景にやれやれと肩をすくめる。
どうせ発案者は蓮司だ。蓮司が烏骨鶏ハウスの二階で何かしようとする想像は範疇の内。ただどうなるかが俺には未知数で……
「ここは素直に楽しみにしておくか」
機材も材料も全部うちのものだがそれを作り上げる腕が贈り物だと言うのならありがたく頂く事にする。
とは言え最後の夜を一人ぼっちにされるのはどんな罰ゲームだよと妙な寂しさを覚えながら洗い物に励むのだった。
子供じゃないのだからと放って先にねれば一応敷いておいた布団は使った形跡がなかった。
まさかこの寒い中一晩中作業してたんじゃないよなと顔を引き攣らせながらも朝食の準備をする。
竃炊きのご飯と具沢山の味噌汁。
土間で産んだ烏骨鶏の卵は人数分の卵はないので刻んだネギと合わせて出し巻き卵を作る。虹鱒の塩焼きも準備すればこの山の恵みを並べた朝ごはんとしては十分だろう。
東京にも行かないといけないのだからと声をかけにいけば扉を開けたところで烏骨鶏達も外へと飛び出して行く。人が一緒だと大丈夫だと安心するチキンぶりは#烏骨鶏__チキン__#だしなと微笑ましく烏骨鶏小屋の扉を開ければ恋しい自分たちの家は忘れる事なく駆け込んで行く。陸斗が掃除をしてくれたのか新しい藁と綺麗な水。大鋸屑も新しくしてくれてふかふかな様子に早速埋もれるように掘り出して居心地を確かめる烏骨鶏もいた。
うん。これなら放っておいても大丈夫だといつも放置している事を棚に上げてそっと扉を閉めるのだった。
さて、ご飯に誘うかと烏骨鶏の小屋の裏に周り、コンクリートを敷き詰めた作業場から二階に上がる。
扉を開ければ断熱材を入れただけに入った瞬間から温かいと気がついた。電気も暖房もなかったはずなのにと思うも二階に上がって納得した。
「オイルヒーター重かっただろ?」
声をかければキャンプ用のランプの明かりがともされる中でシーリングを取り付けていた圭斗、陸斗が振り向くと同時に全員がやっと気づいてくれた。
「見違えたなあ」
部屋を見回すように眺めれば
「お前、完成前に入るなよ!」
蓮司が追い出そうとするもここまでできていればほぼ完成といっても間違いないだろう。なんだ。想像はついていたとは言え嬉しくてニヤニヤとしてしまう。
「いやあ、朝ごはんに呼びにきたんだけどな?」
「朝ごはんまでにできなかった俺たちのスケジュールの失敗か」
先生はまったくくやしくないと言う顔で陸斗にご飯の準備に行かせれば山川さんも一緒に外へと出て行った。圭斗と先生は烏骨鶏がしたに帰ってきたのならオイルヒーター戻さないとなと二人で運び出し、自然に蓮司と二人残された。
容赦なく残された様子に待ってくれと手を伸ばすも誰もが知らん顔。こんな事をここまでしておいて今更狼狽えるとはと言うように肩を掴む。
「さあ、泣く準備はできた。感動的な説明をどうぞ」
言えば居心地悪そうに、だけど照れ臭そうに恥ずかしげでまるで告白するかのように深呼吸を一つ。
ゆっくりと開いた口からはなかなか言葉が生まれなく、きっとたくさんの想いと言葉を一晩温めきてきたのだろう。その言葉を語るような室内の内装は語るよりも有弁で。
はくはくと口を開けては閉ざして語ろうとする思いは大気に溶ける。
だけどなにか伝えたいと言うような様子は十分に伝わってきてそれだけでも心がこそばゆさと一緒に温かくなり、ついつい手助けをしてしまう。
暖かい室内に別れを告げるように大窓の扉を大きく広げる。この小屋を作った人はこの窓から他の建築物が見えないように向かいの山を眺めるように蓮司と並ぶ。昇る朝日を眺めていれば大気に溶けた空気が自然と言葉になった。
「俺、東京に帰ります」
「うん」
元々一時期の滞在だった事を思い出していつか戻る日が今日な事を突きつけられて今頃になって寂しさが生まれた。
「きっとここでの生活は一生忘れられないと思う」
「俺は忘れないけどな」
それは単に俺の記憶の良さだけでなく、まだ続くとは言えこの長い冬を一緒に過ごしてくれた相棒としてこの先ずっと一人の冬を過ごす俺にとって忘れる事はないのだろう。
ずずっ……鼻水を啜る音に綾人も目を瞑れば暖かい何かが頬を流れた気がした。
「また何かに負けて心が折れてもだ。ここでの記憶があれば俺は乗り越えられる!」
「強いな」
「ああ、俺は俺の弱さを知ったから。
何ができるかなんて、何もできないに決まってるけど俺は役者だから。
カメラの前に立つことが俺の誇りだから!」
俺はそう言って綾人を抱きしめる。
着痩せするのか抱き締めた体は意外にがっしりしていた事に初めて気がついた。
当たり前だ。
こんな山奥で自給自足生活をしている奴がもやしみたいな奴なわけがない。こんな時だと言うのに初めてここに住む住民の逞しさを知った。
「次に会う時は顔をあげて!胸を張って!笑顔で久しぶり!って言って会いに来るから!
それまでは画面越しで応援しててくれ!」
泣き叫ぶような言葉はそれでも力強く決意は誰にも止められなく
「綾人見てろ!俺は六十になっても七十になっても役者を続けてやるぞ!」
力強い決意はこれから闘いにいくための人生をかけた決意。
震える肩を抱き返して
「同じ山で暮らした家族だ。ずっと応援している」
二度と手の入れる事は出来ない家族をこの厳しい冬山の生活で血縁とは関係なく何かの形となって出会った。そして離れ離れになり、薄れゆく存在だとしてもだ。
「俺はこの冬を忘れない!」
残酷なまでに凍えるような白で塗りかためられた世界から飛び立つような鳥の羽を持つ蓮司の背中にを力強く引き寄せて
「ああ、俺も忘れない。
だから、山を降りたら自分で道を切り開いて歩いていけ。お前にはそれだけの力があるんだから」
ここで学んだ高校生達に送った言葉を蓮司にも送る。旅たつ教え子達が負けないだけの強さは持たせたつもりで一足早くやってくる春の国に旅立たせるとおなじく蓮司にも十分な強さは教えたつもりだ。ジイちゃんとバアちゃんから学んだものを俺から教える程度の事だけど、一段と厳しいこの冬は一段と厳しく育て上げられ誰よりも逞しくなっただろうから。
そっと体を押して離れてお互い涙でひどい顔を笑い合い
「さあ、ご飯を食べたらいくぞ」
気合を込めた俺の合図に黙ったまま頷く蓮司。
扉を背に見た室内は和と洋が合わさった古民家カフェというより大正ロマン的なモダンな作り。
何かを残したい、ここにいたという存在証明なのだろう。
何十年後でも通用しそうなデザインの室内を肩を組んで眺めながら
「烏骨鶏に占領されないように大切に使うよ」
「当然だ」
きっちり仕上がった姿を見る事なく時間切れで最後を知らないまま帰る事になった為に代わりに仕上げは俺もさせてもらう事にした。
あれからたびたび連絡はすれどお互いの忙しさに疎遠になっていくもののテレビには相変わらず人懐っこい笑顔を振りまいている。あの後の会見では三者三様の言い分を受け止め、でも既に独り立ちできる環境を与えてくれた事と自分のルーツを正しく知ることができた事を感謝し、これも一つの人生経験として役者としての経験にしますと言った囲み取材で一番株を上げた蓮司はアイドル的な扱いから脱却して本格派俳優と言われるようになった分岐点を見事作り上げて見せるのだった。




