冬を乗り切れ 11
「その顔を見たところ随分と綾人君に言いくるめられたみたいだね」
穏やかな優しい少し間延びした声は多紀さんで、奥には事務所の社長の瀬野もいた。
部屋の様子を見ればどうやら社長のご自宅のようで、二人は古くから一緒に仕事をして来たから仲が良いと言うとは聞いていたけど年末年始を一緒に過ごす仲だとは思わなかった。いや、俺のせいで過ごす事になったのだろうが……と思った所で俺のせいじゃないと思い直す。
綾人が言ってくれたのだ。
俺も被害者だと。
だけど今ばかりは俺のせいで二人は年末年始なのに一緒に家族とではなく俺のために仕事をしていると言わせてもらう。
俺を守るためにこんなにも考えてくれている。本当にありがたく、こんな一生懸命の二人に負の感情を見せてはいけないと机の下の見えないように立ち向かうように手を強く握りしめる。
「綾人口悪くて泣きそうなんだけど」
言えば多紀さんは笑って
「僕も泣かされそうになったよ。だけど綾人君良い子だから。おじいちゃんとおばあちゃんに大切に育ててもらっていい感じにひねくれてるけど優しい子だから」
「そのひねくれ具合が問題なんだけど」
俺の文句にあれはクセになるよと多紀さんは笑う。そんなクセは嫌だと何だか泣きたくなるものの
「綾人君は?」
「後ろで寝てます」
すぐ後ろの自分のベットに突っ伏し、スマホを放り投げていつのまにか寝ていた。飯田さんに随分呑まされていたからなと思い出せば何だか部屋の中が酒臭くなった気もする。くーかーと鼾を立てながらすっかり眠ってしまった様子にこの部屋だけしっかりと暖かくて何となく理不尽さを覚えるも一応布団をかけて置けばくるりと丸まって寝る様子にまだ深く寝ているわけでない事は判った。
「綾人君無理言ってごめんね。だけどこの時期頼れる人大体国内に居なくてね」
言えばやはり眠りが浅いと言うのか何というのかゾンビのように手をプラプラと振ってもういいと言う。もういいと言うか、さっきの言い合いで綾人も自分を納得させたと言うか、不器用だなあと少しだけこの年下の男を可愛く思う。
「とりあえず瀬野さんと話をしてみたんだけど、とりあえずショックでしばらく休みって言う事は確定したから」
その話になった途端瀬野さんと位置を代わり
「お前も判るだろうが、両親在ってのお前と言う価値だ。企業イメージも悪いし、CMは次の契約で終了になるだろう。お前に落ち度はない。落ち度がない以上向こうから契約は切れないしそれでも終了となればこちらがしっかり違約金貰うだけだ。会社としてお前を最善で守る」
たとえ今後仕事がなくなってもだ。
「大丈夫だよ。表面的には同情が強いし、今まで良い子だったお前を悪く思う人間はいない。ただ、良い子過ぎた。そこは完ぺきを求めたお前の落ち度だ」
「判ってます。
綾人に知り合いだった奴らの本音を見せられた所なので」
ひゅっと息をのむ瀬野さんに
「裏アカ、うちの事務所禁止してましたよね?」
綾人に見せられたのは氷山の一角と言う奴かもしれないけど、それなりに名前が売れ出した奴らをバカだなと思えば
「どいつだ。こっちで処分する」
俺はあっさりと売る事にした。
奥で多紀さんが意外と言う顔をしていたが
「落ち込んでる相手に判らないからって追い打ちの言葉を思っても外に出すような奴らとは仲良くできなさそうだから」
「おお、少し綾人君に染まって来たな」
瀬野さんを押しのけてモニターの前にやって来て笑う多紀さんはどうやら俺には悪友が必要だと思っているらしい。いや、悪友と言うか一番底辺の子分なんですけどと文句を言ってやりたいが、当人がすぐ後ろに居るのに口に出す分けにはいかない。どんな言葉で返ってくるか想像したら間違っても口に出してはいけないと、本日の朝からのお付き合いでなんとなく理解できた部分は口は災いの元、禍だけで済みそうにないのが社長が写るモニター以外に次々に映し出され変って行く悪意ある友人だと思っていた奴らの本音の言葉達。悪乗りするのも付き合いの一つかもしれないが、オープンソースになるような場所にせめて後に残らないような場所で言えと心の中で毒づいている。
「所でそこは綾人君の部屋かな?」
「そうみたいですね。隙間風が酷い部屋ばかりなのにここはしっかり暖かいし、ベットとクローゼットもあります。あと見えないけど、これ以外にもパソコン五台ありますし、どっかの編集室のような感じです」
「ほう?」
「ノートパソコンもタブレットも別にいっぱいあるし、意外なのがこれだけのタコ足なのに埃とかないですね……」
納得いかないと掃除もせずに家を出てきた事を思いだして、途端に家の中が心配になった。特に台所の流しの辺り。帰っても見たくなく
「社長、家の掃除お願いするように手配してください。台所だけで良いのでお願いします」
ハウスキーパーにそこだけでもとお願いすれば手配しておくよと失笑。
「とりあえず当面そちらで休ませてもらうようにお願いしてあるから、しっかりと休んでおいで。何かあったら連絡入れるし、何かあればすぐに連絡を入れるんだよ」
まるで父親が子供に諭すような口調の瀬野さんの言葉に涙が出そうになるのを堪えて頷けば
「蓮司、出かける前に僕が言った言葉覚えている?」
次の映画の事だろうか。
黙って頷けば
「綾人君にいろいろ学んでおいで。ああ見えて、彼は見た目通りの子じゃないから、学ぶ事は一杯あるはずだ」
先ほど押さえつけられた事も、俺よりどう見ても細く鍛えてもないはずなのに力負けした事。お兄さんとしてはちょっと面白くなかったと頷けばにこっと笑う多紀さん。
「山の生活は休む間もないみたいだから。冬山の過ごし方を伝授してもらっておいで」
「とりあえず楽しんできます」
それでよいと強く頷く多紀さんにここが次の撮影の為の勉強の場だと言う事を気づかされた。
「それじゃあ、何か聞きたい事とか欲しい物があったら瀬尾に言うんだよ。マネージャーも今は気を付けて」
「判ってます」
裏アカ保持の一人がこんな直ぐいた事に俺はぞっとしていた。匿名の裏アカだけど、遡っていけば俺とマネージャーしか知らない事がダダ漏れ状態。この裏アカの事は既に連絡が回っている事を知っているようで、俺の恥かしいやら情けない事が知らない所で俺の耳に入らないように暴露されていた気持ち悪さと恐怖に震えながら終了したパソコンの机の下には何かを殴りつけなくては気が済まない握り拳があって、本来ならすぐ後ろで寝ている男に感謝するべきだろうが、まだまだ増えそうな闇に対してこの気分を消化するまではとてもいえそうにない。ズンと心の底に黒く思い重い塊りを落されたけど、トントンとまるで見計らったかのような小さな控えめなノック。返事をする前にお前に権限はないと言わんばかりに空けられた先には飯田さんが立っていた。
「夜食を作りましたので食べましょう。ああ、綾人君は寝てしまいましたか」
「さっき布団をかけてやったら速攻で落ちました」
「だいぶ飲んでましたからねぇ」
それ以上に飲んでピッチも俺も追いつけないペースでけろりとしている飯田さんに軽い警戒心を覚えてしまう。宮下が既にぐでんぐでんで一人笑って圭斗に絡んでいる様子は、迷惑と言っても無駄な事を諦めた視線が妙に微笑ましく見えて俺はちびちびと飯田さんの無限に食べれる料理でひたすらペースを守って飲んでいた。
「さあ、お酒ばかりだからちゃんとした物食べましょう」
肴はちゃんとした物じゃないのかと問いたかったが、美味しいのは判ってるので俺は家の中に広がるお出汁の香りにつられるように土間へとホイホイされるのだった。




