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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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冬の訪れ 6

 二軒の家を眼下に見下ろす斜面で二台のチェーンソーの音が響いていた。

 上島が昨夜のうちに自宅に木の切りだしをすると伝えてくれたので上島父が応援に駆けつけて来てくれた。

「それにしてもモリモリに切ったねぇ?」

 上島父事悠司さんが一本の杉の木をどんどん輪切りにしてくれて、長男の颯太が四分の一に切っていく。それを達弥と植田が運んで水野が斧でどんどん細かく切っていく。完全に分断作業だが、颯太を山で一人で切り出しをさせずに済んでほっとしつつ、先生は小型のデンノコで枝を切り落としてくれていた。珍しく役に立ってると俺は昼食作りに励むのだがメニューはシシ汁。

 今年の猪の肉でとのリクエスト。

 猪の肉と白菜、人参、牛蒡、里芋、薩摩芋、蒟蒻、葱と盛りだくさんなのがバアちゃんのシシ汁。味噌仕立てで大量に作る理由はこのシシ汁にうどんを入れたがる奴らが居るのでたっぷりと作らなくてはならない。ちなみにシシ汁のうどんとおかずはシシ汁。さすがに真似できねえ、と普通にご飯も炊いておく。悔しい事に俺が少数派なのはなぜだと思う。

 とりあえずお昼まで体力もたないだろうと早めの昼食の準備をすれば匂いを嗅ぎつけて集まって来たタイミングでお昼を頂く事になった。さすがに外でのお昼は寒いので離れの長火鉢を囲んでいただく事にする。頑張っておにぎりを山ほど結ぶ。勿論塩むすび。長火鉢なので五徳を置いて金網を置き、そこで焼きおにぎりを作る!醤油と味噌はセルフでどうぞといざ食べようと言うタイミングで圭斗が陸斗を連れてやって来た。

「受験生たちの勉強会か?」

 三年が揃っているだけに圭斗の感想なのだが

「いや、薪割要因に」

「お疲れ。何だったら手伝うぞ?」

 俺に薪割を教えてくれたのはジイちゃんだが、こっちに暮らすようになってコツを教えてくれたのは圭斗だ。圭斗の家も昔ながらの薪を使った風呂だったらしくそれなりにやらされたと言うのは聞かなくても判る。ちなみにスマホを見れば今から行くと何度も連絡があり、貸していた本を紙袋に入れて立っていた陸斗を植田は荷物を土間上がりに置いてご飯を食べようと座らせる。面倒見のいい先輩で宜しいと、俺の隣に圭斗も座らせるのだった。

「俺が居なかったらどうするつもりだよ」

「軒下に適当に置いて帰るさ。さすがに本は突かないだろう?」

 薪を割る音に敬遠している烏骨鶏達も人の賑わいに戻ってきて何やら頂戴とその辺をうろうろとしている。ちなみにあいつらは雑食なので骨の周りに残った肉を骨ごと転がしておくと凄い勢いで集まってくる恐怖の絵面が見れる。この間の熊のように食べるには難有の物でも内臓をペースト状にして鳥餌や糠と練り合わせて与えると喜んで食べてくれる。そのまま与える時もあるけど後片付けが大変だからね。昔の農家の知恵バアちゃんで冷凍で取り置きしながら与えると言う便利さ。ちなみに普通に冷蔵庫に在った時は止めてよと思ったのは心の中で訴え続けていた。まぁ、気が付けば俺もやっていて飯田さんがドンビキしているのを目撃した時にはちょっと笑ってしまったが、料理の手間か掃除の手間かという二択で俺は料理の手間を取っただけの話しだ。

「本の上に乗ったりはするけど、まぁ、もう読まない本だからね」

 だけどこいつらが読むだろうから当面は取っておこうと思う。

「こっちの二階に置こうかな」

「合宿の時読みたい放題だね!」

 植田が嬉しそうに言う物の

「お前ら卒業する気あるのか?」

 先生が焼きおにぎりを育てながらの呆れた言葉に

「こっちに帰って来た時のお楽しみと言う事で」

「家に帰れ」

 ここは旅館じゃないと言っておく。

「そういや推薦通りそう?」

 植田と水野に聞けば

「とりあえず十二月になったら書類を提出する事になるから。先生に推薦状はお願いしてある」

 水野の言葉に必死でこの町を出ようとする決意は本物だ。

 試験勉強もなく、面接もない専門学校の推薦だけど、こいつはすでに色々と準備を初めて何やら資格を取り始めていた。俺が適当に調べて薦めたITパスポートなる物は国家資格らしいから是非取っておけと、学校の授業内容にもそっているので挑戦させてみた。真面目に取り組んだのか一発で取得した辺りよく頑張ったと言って自信を付けさせていく。家を出ようとするこいつには必要なのは自分に対する自信だと、今まで縁のなかったコンピュータの基本を覚えるには十分だろうと、古いノートパソコンを一台貸してゲームでもいいからPCに慣れろと、今時スマホで十分だが、キーボードになれる様に貸しておいた。ちなみにスマホもJISキーに変えさせて徹底的に慣れさせる。俺に教えを乞うのなら基本だろとなれないキー操作に苦戦する姿を笑って見守るのだった。

「うちの子は三月まで胃がきりきりしますね」

 悠司さんは三年生の子供が同時期に二人いると言う苦しみに苦笑いをするが

「なんだったら推薦希望をしておけばいいじゃないですか。推薦が駄目でも一般で拾ってもらえる可能性もあるし」

「ええ、もちろん二人とも推薦を希望させてます。

 達弥は推薦通りそうです。むしろもっと上を目指せと言われてますが……」

「俺農大行きたいからエスカレーター式に乗りたい」

「まぁ、達弥なら行けるだろうな」

 都市部の学校も知る先生のお墨付きに兄弟でハイタッチ」

「むしろ学費免除の特待生狙って行け。テストの結果を見せてもらったり模擬テストの結果を見る限りじゃ上位何人かに特待枠あるはずだから、達弥なら狙えるぞ」

「うわー、すごいプレッシャー」 

 達弥が苦笑いするが、先生は中学生の進路指導までするのかと呆れてしまう。

「その代り一年は寮に強制住み込みだとさ」

「三年間住み込みの予定でーす」

「颯太と同居じゃないのか?」

 水野の疑問には達弥がきりっとした顔をして

「大学に上がったら考えます」

 念願の一人暮らしとは違うようだが高校生活を満喫したいのが良く判る笑顔に悠司さんも颯太も呆れた様に笑っていた。上島家でも話し合いは済んでいると言う状態のようなので外部の俺たちが口を挟むことじゃない。

「颯太の方は準備どうだ?担任からは合格ラインに居るとは聞いているぞ。夏からの頑張りが凄いと誉めてたぞー」

 抑揚のない声の理由は育てた焼きおにぎりをほおばっているからだろうか。そもそも食べながら話すのは止めろと言いたい。

「そう言ってもらえると安心ですねぇ」

 悠司さんがホッとした顔を見せるけど

「あとは高校受験の時みたいに当日にインフルにならないかどうかだけですね」

「それは先生も責任取れないよ」

 そんな事があったのかと言いながらもまたおにぎりを育て始める先生の隣で陸とも焼きおにぎりを育て始めていた。ちなみに陸斗は全く問題なく、どうすれば最下位の子が上位になれたのかと先生達の間でも話題に上がり、俺が勉強を見たと言う事を言えば俺の高校時代をする先生達は何も言わなくなったと言う……俺出席日数がギリなぐらいでそこまで悪いことしてないのにと理不尽に思うのだった。

「毎日勉強漬けも心配でしたが、たまにはこうやって体を動かしてくれたり思い出づくりじゃないですが友達とお泊りしたりしてくれるので親としては高校時代を満喫していると思って安心します」

 周囲に友達が居ないだけに余計にホッとするらしい。

「圭斗君にもバスに乗り遅れた時とか泊めて貰ったり、ほんと有り難いです」

「うちはお米や野菜を貰えたりしてありがたいです」

「なら俺の所からタンパク質持って行け。新鮮な猪の肉がフィーバーしてるぞ」

「当然貰って行く」

 きりっとした男前の顔で言うあたり、何かの労働と引き換えに貰いに来た事だけは理解できた。そう言う所真面目だなと思うもこれが良い関係を続けるコツだと思ってタダあげな真似だけはしないつもりだ。

「なら悪いんだけど、こっちの二階に本棚かなんか作ってもらえる?母屋の二階の漫画だけでもこっちに移そうかと思うんだ」

「材料は倉庫の使ってもいいのか?」

「使ってーって、ジイちゃんがどれだけ木材溜めこんだのか……」

「良い木材だよなー。本棚に使うにはもったいないよなー」

 それは確かにと思う。

「なんか安い木材でも買った方が良いかなあ」

「森下さんに一度相談してみる。内田さんだと何でも使え使えって言いそうだから」

 言うねと失笑。

 それ以前に貧乏性なのはお互い抜けないなあと笑いながら

「家二軒で薪も二倍。大変だな?」

「手が空いてたら薪割のバイト頼むわ。今まで宮下にお願いしてたから人手不足なの」

「相変わらず人使いが荒いな」

 笑いながらシシ汁にうどんを入れてもらった物を貰っていた。こいつ三杯目だぞと思うも出会った頃は食が細かったのでほっとしてしまいながら陸斗が作ってくれた焼きおにぎりを食べるのだった。



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