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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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201/957

バーサス 9

 大林多紀、六十五歳。

 高校で高山と別れた後そのままタクシーを拾って綾人の住む山の家までやって来た。少し話をして帰るつもりなので運転手に待っていてくれと言うも少しだけ顔を歪ませながらもUターンをして待っていてくれるようだった。

 この地域ではタクシーを拾うのも呼ぶのも困難で、一回乗ればかなり稼げるはずなのにと思うも

「悪いけどこの時期だからあまり長居しないようにお願いしますね」

 何の用事があるのか判らないが、客に注文をつけるタクシーなんて……結構あるなとそれは都会も田舎も変わらないかと感慨に耽てしまった。

 そわそわとしながら、そして窓もしっかりと絞めてハンドルを握る様子に何だと思うもいつもの通り、門に手を置いて

「あーやーとーくーん!あーそーぼー!」

 車の中まで聞こえたようで驚きの表情で振り返るタクシー運転手に俺は笑って手をひらひらと振れば、家に居たらしい綾人君が慌てて走ってやって来てくれた。

 その手には剥き出しの鉈と斧を手に携え目を見開いて全速力で駆けつけて来てた。

「ひっ、ひぃぃぃ!!!」

 殺されるっ!マジ殺されるっ!!!

 ここに来る事誰にも言ってないし!土葬文化のあった私有地の山に捨てられたら絶対見つけられない!!!

 僕ってそこまで恨まれてたの?!

「たっ、たっさん何しに!何で今!!!」

 たっさんって誰よと突っ込みながらも門を開けて俺の手を引っ張れば何かを見つけたのかぎょっとして敷地の中に引き入れてくれた。

「あれ?」

「あれ?じゃねっ!!!

 幸田さんも逃げてっ!!!」

 叫ぶ綾人君にタクシー運転手は確かに運転手席の後ろに掲げられていたプロフィールは幸田さんだったなとぼんやり思い出せば何故かタクシーはクラクションを鳴らしまくって去っていってしまった。

「え?ええ?!ちょっとタクシー代!!!」

「のんびりしてないで!」

「その前に年齢考えて!」

 もつれる足は手を引いて走る若者のように動かない。これぞ足を引っ張ると言うことかと、でも引っ張られながら走るスピードはここしばらく感じなかった感覚だ。

「ああ、もう!多紀さんは畑に入っていて!電気流れてるからら大丈夫なはずだから!」

「何で?!」

 突き飛ばされるように畑に入れられて畑の入り口を閉ざされてしまった。今度は僕何をしたのと声を上げて問いたかったが、柵に飛びつこうとしたものの電気が流れているのを思い出してさっと手をひっこめた所で冷静に出口から出ようとしてやっと気が付いた。

 フーッ、フーッ……

 どことなく獣臭さが混じる生臭い匂いが漂ってきて、ゆっくりと首を巡らせば

「くっ!くっ!くっ!!!」

 ゆっくりと警戒しながらも黒い腰ほどの高さの塊が柵に手を掛けた所で

「ギャン!!!」

 腰が抜けながらも逃げ出す俺を見下ろす熊はそれでもあきらめきれないと言うような重低音の唸り声を響かせ柵の周りをうろうろしながら涎を垂らして俺を睨みつけて居た。

「こっちだ!!!」

 綾人君の大きな声に気を引かれた熊は投げつけられた烏骨鶏に意識が向いて俺から離れて行った。投げつけられた烏骨鶏も飛べない羽を懸命に動かしながら逃げるもすぐに追いつかれて餌食になってしまった。あの体から想像もつかない俊敏な速さで烏骨鶏を仕留め、咥えた熊は逃げようとするも綾人君は逞しい事に草刈り鎌や古い鉈を幾つも投げつけて熊を追い払おうとするその姿を見ながら私の手は無意識に周囲を彷徨っていた。

 何でこんな時にカメラがない。

 いや有るじゃないかとこんな時だと言うのにスマホを取り出してカメラのアプリを起動して被写体にむけていた。

 地を這いながら下からのアングルで迫力を求め、目の前に仕切られた柵の内側ギリギリまでよりついて烏骨鶏を咥え背中に傷を負いながらも森に逃げようとしない熊に恐怖を覚えるも、カメラを構えずにはいられない性に息を潜めじっと口の周りをべっとりと赤く染める捕食の瞬間をカメラでとらえていた。

 食事は一瞬と言ってもいい。バリバリと骨の砕かれる音と何処か湿った水音。ほんの数分ともいえない出来事なのに、全身から噴き出す汗と干からびた口の中。既に肉体は何時間も経過したような疲労という錯覚を起こした。

 綾人君ごめん、君が僕を逃がそうとしてくれた時間かも知れないけど僕は今が最後の瞬間だと思えば我が儘だからしたい事をしてここに生きざまを残すよと震える手のせいで画像がぶれないようにとスマホを半分ほど埋める。烏骨鶏を食べつくした食後のまったりとした時間までをカメラに取り残したいから……

「がうっ!がうっ!!!」

 よくよく見れば痩せこけた熊だった。

 久しぶりの食事に興奮して殺気を振りまいていた。そう言えば冬眠前だと言うのに脂肪を蓄えてない様子にニュースでよく聞く餌のどんぐりが不作と言う話を思い出した。

 本来もっと山奥を縄張りにしていただろうこの熊が里まで下りてくる。ここ数年毎年のように聞く言葉だが、里まで下りなくてもここには人の匂いがする。人≠餌。単純明快な図式にこの賑わいが引きつける引き金になったのだ。

 いや、僕の声が引き寄せたのかとこれなら確かに嫌われる理由になるなと申し訳なく思っていれば綾人君は鎌を投げた後どこかに姿を隠したのかと思っていたらベルトに手斧を挟み、チェーンソーを取り出して来て久しぶりの食事にありついて興奮していた熊と対峙しようとしていた。

「え?えええっっっ?!」

 まさかのジェイ●ンスタイルだなんて聞いてないよ!!!

 心の叫び声は確実に口から吐き出されて居て山々にこだまするのだった。



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