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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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夏がくる前に 2

 山の朝は早い。そして料理人の朝も早い。

 飯田さんが来て朝食を食べて風呂に入ってもまだ早朝と言うにふさわしい時間だった。烏骨鶏達のエサやりに起きた俺とは違い飯田さんが起きている理由は寝てないから早いだけなんだけど、食事を終え片づけた頃にラジオから流れだすラジオ体操の音楽を聞きながら高校時代のバス通学仲間の特殊な家庭事情を説明するのだった。

 

「農家の特殊さは仕事柄よく聞きますが、また極端な家ですね」


 寝酒にと前回発見したバアちゃんの梅酒をちびちびと舐めながら梅干しのブランデーはちみつ漬けに岩塩をかけて齧ると言う甘いのかしょっぱいのか酒のつまみになるのかわからない物を食べるのを見て怖いもの見たさに俺も齧る。

 ん、めえぇぇぇ……

 こんなうまい物を俺は知らずに放置して過ごしていたのかと、俺は塩を振りかけるのではなくぐい呑みに梅を一粒入れてお湯で入れてフォークで潰しながら齧っていた。


「まぁ、長男以外は労働力って言う考え方は珍しいわけじゃないと思うが、それでもいずれ家を出る身だから高校生なのに新築の家には彼の部屋もなく台所に寝かせるなんて、いつの時代の話しだっていうんだよ」

 挙句に風呂は何時も一番最後で追い炊きは最後だからと禁止され、新しいお風呂は浅く足が伸びる設計のバスタブはお湯を早く冷めてしまう挙句に水量が少ない。この夏場ならまだしも冬場なら体を温めるどころか逆に体温を奪われる原因にしかならない。

 あの日聞き出した話ではやはり受験生だったにもかかわらず風邪を引いていたという。四十度近い熱が出たのにも関わらず病院には行かせずに常備薬で済ませるという虐待ぶり。インフルエンザだったらどうするんだと問いただしたかったが当の本人は二日寝込んだぐらいだから大丈夫だよとへらりと笑いあの頃インフルが流行ってたけど二日程度でよくなったから良かったよと五日も休んだら大変だもんね笑うもそれがインフルだからな!!!と心のなかで盛大に突っ込んでおいた。

「あいつらをあのクソ家族から引き離さないとずっと搾取され続ける。親の言いなりになるしかない人生なんて絶対間違ってる!

 だから俺は陸斗に独り立ちして欲しいんだ。決断するには早すぎてもっとちゃんと将来考えろといってやりたいけど、それじゃあ遅いんだよ」

「確かに、すでに親の言いなりになってる段階なので遅いかもしれませんが、お兄さんの圭斗さんでしたっけ?お迎えに来てくれたいいお兄さんじゃないですか」

「あいつも妹と弟を守りながら学校に行かせてたからな。だけどあいつのすごいところは恥ずかしがらずに宮下のおばさんを頼れた事だよ」

 俺の場合は一人で拗ねて一人で何事も完結させてしまった事でバアちゃんを悲しませてしまった事が、今振り返ればもっと甘えておけばと思う事が心残りだった。

「ほんとはうちの小屋を少しずつ整理して片付けていこうと思ってたんだけど、この際だから逆に活用してやろうかと逆転の発想だな。資金はあるから後はこの家を建ててくれていた内田さん達の仕事の状況が心配だったけど、すぐ来てくれたから問題なくこの夏休みの間はお盆があるからあまり進まないけど冬が来る前には終わらせてくれるってさ」

「それはまた気の長い」

「この辺じゃあ十月にはストーブが必要だからね」

「北海道でなく本州の東京から車で二~三時間の距離で別世界になるのだから何度来ても不思議だよな。東京じゃあ下手したらまだエアコン使ってるくらいなのに」

 言いながらも蚊もいないこの山奥でドアを開け広げてちびちびと梅酒を飲む。

 扇風機もいらない、薄く掃いだような雲の残る空からの日差しは弱く、縁側にぽんと足を投げ出して夏の太陽の恩恵に預かる。ここでは真夏でも靴下がないと冷えるから太陽の暖かさをつま先から感じながら

「今度リフォームしてもらう小屋はこの母屋を建てる前に住んでいた正真正銘の古民家なんだよ。築百数十年の詳細不明物件。

 他の作業小屋と違って住んでいた事もあって大切に物置として使ってきたけど、俺の後この母屋を含めて誰も引き継いでくれるのがいないから今から少しずつ片付けていこうって思ってたのに予定通りにならないよなあ」

 すでに俺に相続されたこの土地もこの家も妻子のいない俺の法定相続人はもういないしあんな両親に捨てられた俺は家族を持とうと言う考えが全く起きなかった。従兄弟にどうぞとあげても税金を考えれば迷惑だろうし、墓参りにも来ない親父とその兄弟に渡すのも反対だ。

 なので上手に片付けていこうかと納屋にあった謎の物体を少しずつずっと片付けてきた四年だったのに……

「逆に整えてどうするんだって話だよな」

 はははと笑えば飯田さんはどこか酔いの回った眠そうな顔で俺の頭の上にポンと手を置いて

「だったら売りに出すのもいい。なんだったら俺が買い取ろうか?」

「俺より年上で独身なのに?」

 ずるりと手が落ちたと思えばごろりと横になる飯田さんの周りには前回同様一種類ずつぐい呑に注いだ梅酒達はすでになくなっていた。

 この人氷一つ落としただけのほぼ原酒に近いものをこれだけ飲んだのかと感心して見守りながらもタオルケットを持ってくる。ついでに弱くても日差しがあるうちに布団を干そうかと持ってきたら案の定その上で横になるのを見て枕を贈呈する、夏場よく見られる飯田さんのお昼寝スタイルだ。ガチ寝だけど。

「この古民家で店で出すようなフランス料理じゃなくってもっと田舎料理のフランス料理を採算考えずに店を開けたら夢みたいだと思わないか?」

「たしかに採算考えなければそれこそ夢だよ」

 びっくりするような値段になる料理を街の定食屋のランチメニューぐらいのお手軽さで食べれたらそれこそ破綻するのは一瞬だ。

「それにここは人が多くないのがいい。

 店はできなくても思いっきり料理ができて、完全予約の人伝で広まる程度の小さな店でもいいな」

「消防法と衛生法が許さないから多分無理だよ」

 ここの取り柄は消防法と衛生法が敵の古さなのだ。防火対策が一切ない昔の家の無防備さは火事をが起きる予感しかしない。

「衛生法は問題ないだろうが、もったいない……」

 だんだんろれつが怪しくなった飯田さんの為にレースのカーテンを引けば、ゆっくりと瞼が閉ざされて、少しして静かな寝息がこぼれ落ちた。


「まあ、悪くはない提案だよね」


 開店日時不明の商売気のない店、メニューは気まぐれ、料金は時価、地図を片手でもたどり着けるか微妙な立地、プラスアルファの楽しみのない僻地、冬場は交通不能な雪道……は、俺も飯田さんもガンガン行くけどね。

 究極の隠れ家なレストランってどんな需要だよ?やる気があるのかよ?と問われそうな経営はする気もまったくなく、俺の柄でもないのでいくらここでレストランを開きたいというシェフがいても却下の一点だ。そもそもここは俺の自宅だ。もしそれが本気ならおじの青山さんを見習って自分の城を建てるがいい。たとえオーナーシェフの経営が難しいとよく聞くが夢を叶えるならそう言うものだろう。

 しっかりと寝てしまった飯田さんに

「自分で山と古民家を買って下さいね」

 と言っておいた。








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