ハロウィン最高!
※この作品はフィクションであり、実在の人物、及び団体等とは関係ありません。
ハロウィン。
すっかりクリスマスと同じく日本にも定着し、仮装するイベントとして楽しむ者が多い。
魔女やお化けの恰好をしたり、アニメや映画のキャラに扮したりと人それぞれ。そんな気軽にコスプレを楽しむ者たちが集うイベント会場へ俺は向かっている。
今日はネットで知り合った仲間たちと待ち合わせ、イベントを楽しむ予定だ。
赤黒い色で顔や服を汚し斧まで持っているというのに、待ち合わせ場所に到着するまで一度も警察から職務質問を受けることはなかった。
もちろん斧は偽物。警察も今日のイベントを把握しており、一人一人怪しい恰好だからとチェックしていては時間も人も足りない。コスプレ相手に職質をする時間はもったいないし、馬鹿らしいのだろう。
今年は自然と人が集まって大騒ぎし、近隣に迷惑をかけてはならないと最初から場所を提供してくれるイベントが開催されることになった。それが今日だ。
「おっ、約束通り殺人鬼を思わせる恰好だな! 似合っているぞ!」
到着するなり友人のハヤトに褒められる。
今日の俺は斧で殺人を犯す殺人鬼のモチーフを選び、それで血のりなどを使い顔など、いたる場所を赤黒い色でわざと汚している。
ハヤトも約束通り吸血鬼の恰好をしている。真っ黒いマントをはおり、真っ白に塗った顔で牙を見せ笑う。
「本当、いい感じだね。斧が似合ってるじゃん」
オーソドックスに黒いミニスカ魔女の恰好をしたアヤも笑う。彼女はまたがれば飛べそうな竹ぼうきを持っている。
待ち合わせた人数は俺を含めて十人。その中で特に仲がいいのはこの二人だ。
「全員揃ったし、そろそろ楽しむとするか」
グループのリーダーであるジュンが全員揃ったことを確認すると、俺に向かってそう言う。頷くと斧を振り上げジュンの頭を叩く。
「きゃああああああああ!」
真っ先にアヤが両手で拳を握り、さらに目を強く閉じてわざとらしい悲鳴をあげる。あまりに大根すぎて皆で笑う。
「おいおい、もっと上手に叫んでくれよ」
当てれば赤黒い液体が吹き出す仕掛けを斧に作っており、頭から血のりを垂らしたジュンが笑いながら突っこむ。
「ごめーん。だって私、別に役者じゃないし。それにほら、演技って難しいじゃん? 『ラ・ヨローナ』の女優とは違うのよ」
最近自身がハマっている映画『死霊館』シリーズの作品を例えにアヤは言い返す。
そんな中で、周囲の知らぬ連中もアヤの下手な演技に笑っている。
そう、ここにいる誰もがお祭り気分で楽しんでいる。もちろん俺たちも。
「そんな悲鳴だとせっかくの殺人鬼が台無しだよ。もっと怖がってくれないと。『ラ・ヨローナ』の子役たちに負けてどうする」
それでも文句を言いながら斧を振り回す。
「だってうちらは素人、本物の役者とは違うのよ。それに偽物だって分かっているんだから、ちっとも怖くない。そう考えるとホラー映画の役者はすごいよね。まさに迫真の演技! こっちまでビビらせてくれる演技をしてくれるんだもん!」
仲間の一人であるカナコの言葉に、それもそうかと納得する。
それにしても想像以上に人が訪れている。仲間とはぐれないよう気をつけなくては。
この会場にはコスプレをしていれば誰でも出入り可能。会場内にはお化け屋敷や屋台まで出ており、本当にただのお祭り会場だ。ただ他と違い、会場のスタッフに『トリック・オア・トリート』と声をかければお菓子をもらえる。
年令制限もないので俺たちもスタッフに声をかけ、チョコをもらうと口に放る。
見渡せば知らない者同士で盛り上がり、写真を撮り合ったりしている。SNSにでもアップするのかもしれない。
「いやあ、本当に定着したよなあ」
「本当。今ごろ秋祭りを疎かにされている日本の神様たち、苦笑いの光景だよね」
「神輿を担ぐのは嫌。でもコスプレは大歓迎。そのうち日本人全員、神様の怒りを買うかもな」
売っている缶ビールで乾杯し、俺、ハヤトとアヤとジュンの四人でベンチに腰かけている見知らぬ二人組の後ろに回る。
二人組はゾンビの恰好をしているが、気合いが入っているのは顔の部分だけ。首から下は普通の服装だ。屋台で買った焼きそばを食べながらビールを飲み、談笑している。他に仲間はいないようだ。
それにしてもせっかく変装するのだから、服を破くとか工夫すればいいのにと思いながら、ぐびりとビールを飲む。
そんな二人組の前に残る六人のメンバーが向かい、ビール片手に屋台で買った串を食べている。酒が入りいつもより大声だが、それは周りも一緒。誰も気にしていない。
「今ではこの季節になると、こんな恰好をしても咎められないよねー。不審者扱いもされないし」
「ここに来るまで斧を持って歩いていても、職質を受けなかったよ」
「本物だったらどうするつもりなんだか」
そう言うと白衣を着て顔に包帯を巻いている、本人曰くゾンビ医師に扮したジュンが懐から二本の注射器を取り出した。
俺たちは注射器を目で追いかけながらも会話を続ける。
会話に参加しているよう頷きながらジュンは、にっと口で弧を描くと、やおら、ぷすり。
背中を向けているゾンビ二人に注射を刺し、素早く中身を注入する。
その中身がナニかは聞いていない。どうやって入手したのかも。ただ今日にふさわしいものを選んでいるはずだ。それがジュンや俺たちの願望なのだから。
二人は呻き声を発しながら刺された背中に箸を持っていない手を当てようとしたり、振り向いてくる。なにか言っているが、六人の仲間の大声や周りの騒音にかき消され聞こえない。
二人からの視線を受けながら、アヤはわざと手を叩き大きな声で笑う。今度は大根役者ではない、まるで本物の女優のように。
そして二人の手から箸が落ち、首が垂れるが行き交う誰も気にしない。
六人は空になったビールの缶をさり気なく二人の周りに置く。それを横目に俺たちはビールをあおりながら、その場を後にする。
誰もが成功に興奮していた。その気持ちが抑えられず、斧を振り上げ叫ぶ。
「俺は殺人鬼だぞお‼」
偽物の斧をカナコの腹部に当てる。カナコは灰色のドレスを赤黒い液体で汚しながら、やられたと言いながら倒れるので、それを見て俺たちは笑う。カナコもまた演技が下手だった。でもそれが楽しい。今は面白いホラー映画のようなリアリティなどむしろ必要ない。
俺と似た格好をしているユウイチが自分もと、人目につきにくい場所でやはりビール缶を片手に写真撮影をしている魔女三人に近寄る。
「殺人鬼だぞお!」
斧を振り上げれば俺たちを見ていたのだろう。三人はかわいい悲鳴をわざと上げる。
ユウイチが三人の女性の頭を順番に軽く叩き、その直後。背後に回ったハヤトとアヤと俺で、全国展開している百均で購入した新品のナイフを使い、左胸を深く刺す。
その様子をスマホで撮影している体を装っている老魔女の恰好をしたカナコが、ナイスリアクション! と歓声をあげる。
「いいねぇ、そのガックリした感じ! 本当に殺されたって感じだよ! 三人とも、うちより演技が上手じゃん!」
指先を指示された通り接着剤で塗り、指紋が残らないようにしている全員で、三人を会場の壁際に座らせもたらせる。
それから三人となにか喋っている体を装い、しばらくして物言わぬ彼女たちの足元にビール缶を置いて去る。
俺たちは凝ったコスプレをしていない。だから会場内には似た格好の者が多い。
この仲間は十人だけど、ほとんど全員で行動していない。二つに分かれ、少し距離を開け動いている。
実は総勢二十人で、もう一つグループが来ている。今ごろ同じような恰好をしたもう一つのグループの誰かも、俺らと同じことをしているはず。
あの隅にいる、ぐったりとビール缶を持って横たわっている男は標的にされた奴かもしれないし、本当に酔って寝ているだけかもしれない。ひょっとしたら急性アルコール中毒を起こしたかもしれない。
だが誰も声をかけ、男の状態を確かめようとしない。会場の雰囲気だけを楽しみ素通りする。誰もが人の心配より、己の楽しみを優先させている。
「やべぇ、殴りすぎた。座らせよう」
俺の斧と違い、本物で斬られた男が目の前を運ばれていく。それに気づきながらも俺たちは誰も騒がない。
「内臓とか出る仕組みは上手くできたんだけどなあ。手加減してあげなよ。気絶されたんじゃあ笑えないじゃん」
「そうだぞ、偽物でも強く殴れば痛いに決まっているだろう?」
「悪い悪い」
そんな会話をしつつ男を運んでいる面々と目で会話をする。
そっちも楽しんでいるようだなと。それを横目に……。
「ハロウィン最高‼」
「イエーイ‼」
俺たちは乾杯をする。
死体はいつか見つかり騒ぎとなるだろう。それは一分後か、イベントが終了してからなのか。タイミングは誰にも分からない。
俺たちが殺した奴らの周りには缶ビールを置いているから、酔っ払って寝ている風にも見える。もちろん缶ビールを飲んだ奴らばかり標的として選んだ。そうでなければ、ビール缶が周りにあるのに体内からアルコールが検出されないのは奇妙となるからだ。
しかもこの恰好。
血のりなんて当たり前。例え本物の血が混じっても夜間ということもあり、気づかれにくい。俺の斧を使い、皆のどこかに赤黒い液体がついており、そのせいで本物の血がついても偽物と思われる。
だって今日ここは、そういう偽物の恰好をした奴ばかり集まっているのだから。
この会場も普段はただの公園で、防犯カメラもほとんどないことは確認済み。例えカメラに映っていても、似た格好の奴と紛れ……。しかもこの人の多さ。姿を追いかけるのは一苦労だろう。
殺人を犯してみたい。だけど捕まりたくない。捕まれば人を殺すことが難しくなるから。
もしくは人が死ぬ所を見たい。そんな場所に居合わせたい。
そんな危ない願望を俺たちは抱いている。案外探せば似たような思考の仲間は多かった。ネット社会万歳だ。
……ひょっとしたら俺たち皆、あの世から訪れた死者に憑かれているのかもしれない。
そう、『死神』という死者に。
「五人もやったなんてマジ信じられねえ」
「うち、マジもん見たの初めて! 今もめっちゃ興奮してる‼」
「さっきあっちのグループから電話あったけど、七人やったってよ」
「あちゃー、負けたか」
「こういうのは人数じゃない、満足したかどうかだよ」
それにと、俺は言葉を続ける。
「この後の方が心配だね」
「大丈夫じゃない? ホラー映画や猟奇事件好きが集まるサイトのオフで顔を会わせて以来、この件は全部手紙でやり取りをしていたし」
「もちろん皆、約束通り手紙は燃やして処分済みだろうな?」
会場を出て帰り道、ジュンの言葉に全員頷く。
「証拠を残す馬鹿はいないよ」
「ムショはゴメンだね。今まで通り、自由に楽しく生きたい」
「裏切ればネットに実名、顔写真、住所を流す約束も交わしているし」
ネットに流出した情報を完全に消すことは難しい。いや、皆無だ。
仮に裏切って出頭し刑が軽くなっても、人を殺した。もしくは教唆、協力の事実は永遠とネットの海を漂う。そのせいで刑務所を出ても生き辛い人生しか待っていないと、容易に想像できる。
改名し整形しても、罪が執行された事実は消えない。そしてネットの情報と組み合わせれば……。
そんな人生、誰が送りたいと望むだろう。
「来年はこのイベントやらないだろうなあ、残念」
「ハロウィン自体、自粛する動きになるかもね」
「それはどうかな」
俺と同じ偽物の斧を持つユウイチが言う。
「昔夏祭りで殺人事件があったけれど、翌年他所の地域の夏祭りは、例年通り開催されたじゃないか。それと同じだよ。この辺りは自粛するだろうけれど、来年になれば衝撃が薄れて、またどこかで同じようなイベントが開催されるに決まっている」
同じ国内でも身近でなければ、異国や別世界の出来事。確かに日本全国、国民全員が自粛することはないだろう。面倒や嫌なこととして係わるようになれば、自分には関係ないのに。自分とは関係のなかった話なのにと文句を言う。
俺たちは狂っている自覚はあるが、自覚がない奴らが多く、そういう奴ほど厄介だ。
「最近の警察はどうせ、ネットや防犯カメラ頼りだし。今回の作戦は全て手紙だけでしかやり取りをしていないし。ネットではイベントについては、待ち合わせ日時とかの連絡はしているけれど、どれも普通の会話ばかり。どれだけ調べられても証拠は出ないしね」
「誰にも燃やした手紙を復活させることはできない。そう、人の命と同じで……」
カナコの言葉に一瞬俺たちは静まるが、すぐに大声を挙げハイタッチを交わす。
「ハロウィン最高‼」
「イエーイ‼」
そんな俺たちの横をパトカーと救急車がサイレンを鳴らしながら、猛スピードで会場へ向かって走る。
誰一人焦ることなく、ハイタッチを続け心の底から愉快だと笑い合った。