2019年10月13日 スマイルトレーニング
2019年10月13日
世界をニコニコスマイルにするはずだった五人少女……彼女らの中で最も笑顔を持っていた真凛……彼女からスマイルが失われた。
真凛「……(むすっ)」
留音「あれ?真凛に何かあったのか?」
西香「え?何かあったんですの?確かにいつもよりちょっと静かですけど」
真凛「……(むっすー)」
留音の言葉にも西香の言葉にも、真凛は聞こえているにも関わらず反応を見せない。ふむ、と衣玖。
衣玖「すっごいテンション低いわね」
留音「今日ってスマイルトレーニングの日らしいぞ、大丈夫なのかこれは」
真凛「大丈夫ですけど」
真凛が日めくりネタに対して反応を示すが、その声は抑揚が抑えられて感情の籠もらない言葉だった。
衣玖「どうしたの?何かあった?」
真凛「別にありません」
衣玖の気遣いにもやはりどこか冷淡とも取れるような声で返事をする真凛。その言葉だけを聞いた西香は首を傾げている。
西香「ほら、別にないみたいですけど。みなさん考えすぎなのでは?」
留音「いやいや、マジでお前は普段何を感じて生きてるんだよ」
衣玖「感受性の死んでいる西香でもわかるように……ほら、何故か持っていたこのクイックルワイパーを真凛に渡してみて。普段と同じだったら『やったぁ~☆』って喜ぶでしょうけど」
西香「はぁ。じゃあ真凛さんこれをどうぞ」
子供のように掃除道具を手渡そうとした西香のそれを一度はじっと見つめた真凛だったが、ぷいっと視線を逸らして言う。
真凛「今度で」
西香「はっ?!真凛さんの様子がおかしいですわ!」
留音「やっと足並みが揃ったか。でも真凛、話してくれないとわからないぞ?」
真凛「別に……」
いつもなら朗らかな真凛がこうまでして無表情を保っている。それはどうしてなのかという推理を働かせた衣玖が何かを思いついたようだ。
衣玖「……なるほど。ピンと来たわ」
留音「なんだ?」
衣玖「この家で一番のスマイル……あ、あの子の戦争根絶スマイルは別として、一番のナチュラルキュートスマイルを持つ真凛が、このスマイルトレーニングの日に笑顔を失った。……これはつまり、真凛からの挑戦状なのよっ」
ビシ!と推理を疲労した衣玖の言葉の真相を確かめるべく、西香は首を傾げて真凛に尋ねる。
西香「そうなんですか?」
真凛「違います」
西香「ええと、さっきから真凛さんは口で言っていることと反対の事が正しいことになるから……はっ!衣玖さんの読みが当たっているようですわね!」
真凛「……(違う)」
留音「ということは笑顔になれない真凛をあたしたちの100万ドルスマイルで引っ張り上げるってことか?」
衣玖「いいえ、きっと逆よ……スマイルトレーニングの本来の意味は気持ちの良い笑顔を作れるように表情の練習をすることだけど、世界を救う私達はそうじゃない。きっと人をスマイルにするトレーニングをして欲しい、という意味なのよ」
真凛「違」
否定するのも億劫なのか、真凛は最低限の言葉と小さな首振りのみで答えているが、周りには聞こえていないようだ。
留音「なるほど……笑顔を失った真凛を、再び笑顔にさせる……真凛はその試練を課してきたのか」
西香「でも具体的にはどうすれば?わたくしのファンだったら、例え生きることに絶望した方でもわたくしが姿を見せるだけで溶けきったようなだらけた笑顔をみせてくださいますが」
衣玖「具体的にか……うーん、笑顔……あっ、そうだわ、ルー、今こそあの必殺技を再び出す時じゃないの?」
留音「え……あの必殺技か。あたしは全然やりたくない。言っちゃ苦い思い出だし」
衣玖の言葉に思い当たった留音は渋い表情で、本当にやりたくないらしい。
衣玖「でも、普段はかっこよくてスタイリッシュな私達でも誰かを感動させる以外にも、笑顔にだって出来るんだってところを見せられるチャンスよ」
西香「何をやろうとしてるんです?」
真凛「……(なんだろう)」
無表情の真凛を見て、留音ははぁ、とため息を吐くと共に、意を決したように立ち上がった。
留音「……わかった。じゃあやります。えー、FF7のクラウドの最後のリミット技、超究武神覇斬のサウンド再現。ふぅ……んん゛、ん……」
その時点で衣玖と西香は少し視線を逸らして口元を綻ばせている。
留音「『ピキーーーン(高め)!ジャギンジャギンジャギシン(迫真)!ジャギンジャギンジャギシン(迫真)!ジャギンジャギンジャギンジャギシン(迫真)!ジャギンジャギンジャギシン(迫真)!ジャギシン!ジュヴォア!ヴィイイイイイイ(高音)!!ジャギーン!ズドゥアアアアアアア!!(超迫真)』」
衣玖「ぶふっ……やっばぃ、ぷふ、これやば……ぶふふ……」
留音「感想でやばいと小笑いのコンボはやめろ、こっちだって恥ずかしいんだから」
真凛「……ぷふっ」
西香「あっ!笑った!今笑いましたわよ!流石に留音さんが無様すぎて微かに笑ってますわ!」
留音「過去にみんなも同じような事してるんだからな?!」
衣玖「いやこれには誰も勝てないわよ」
真凛「ふふ……ぷふふふ……いっ……ひぐ……」
西香「あらっ。真凛さんが笑っていたと思ったら今度はほっぺを抑えてますけど」
真凛「う、うー……痛いですぅ……」
留音「あたし、スマイルのために頑張ったんだよ?痛いはないんじゃない?泣くよ?」
真凛「うー……そうじゃなくて……実は奥歯が痛くて……気にしないようにしてたんですけど……口の奥動かすと痛くって……留音さんが変なことして笑わせるからぁ……」
衣玖「ちょっと見せてみて。奥歯?」
真凛「はい……あがー」
衣玖「あっ、虫歯じゃないのこれ?痛むの?」
真凛「ちょっとだけ……でも歯医者さん行くのはちょっとやだなって……今日だけなんだかすごく痛くて……ホントは表情も変えたくないし声も出したく無いんですぅ」
西香「それで様子がおかしかったんですのね。じゃあ留音さんの類を見ないほどおバカなアレは披露する必要なんて全く無かったということですわね」
留音「お前だってみょわみょわ言って暗黒盆踊りしてたこと覚えてんだからな!?」
ちなみに、その話は日めくりではなくシリーズ内にあるRPGの必殺技当てゲームをしていた回でされている。
衣玖「まぁ原因もわかったことだし。大丈夫よ真凛、この前虫歯を治す薬を開発したところだったのよ、小さな虫歯なら2秒で治るわ」
真凛「え~っ、はじめから衣玖さんに相談しておけばよかったぁ、いた……ぁぅ……」
おいで、と真凛を引っ張っていく衣玖を見送って、西香はゲームでもやろうかとスマホを取り出しながら言った。
西香「留音さん、いいスマイル作りのためのトレーニングになりましたわね。やっぱりこの家のお笑い担当はあなたしかいませんわ」
留音「くっそぉ……絶対清楚担当になってやるからなー……」